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67話 貴族令嬢の護衛依頼6

 俺は土魔術で作った岩の椅子に腰かけ、同じく魔術で作り上げた石造のかまどに乗せた鍋の様子を眺めていた。椅子代わりの岩は少々硬いが、足を休めるには十分にその役目を担ってくれている。

 今は昼間よりも少し気温が落ち込み、陽が赤く染まる夕方頃だ。オストベルクへの護衛任務一日目はトラブルもなく、至って順調な行程で進んでいる。日も傾いてきたため、本日の移動はここまでとし、街道から少し外れた場所で夕餉の支度中だ。


 初めはセバスチャン達、ユリウス家の者が用意しようとしていたのだが、俺から手伝いを申し出た。最近は日帰りばかりだったために随分とご無沙汰だったが、これでも料理は得意な方だと自負している。

 それに、何と言っても俺には全属性の魔術がある。水は出せるし、火も起こせる、必要な道具は土魔術で生成だってできる。あまりにも凝った意匠の物は作り出せないが、石造りのかまどを用意するくらいは訳がないのだった。それでも結局は基本的な準備をセバスチャンがしてくれたため、俺は水やかまどの用意を手伝ったのみである。


 そうして、今はまさにスープの火加減を見ているところだ。一口大に切ったいくつかの野菜と肉を入れ、塩で味付けをしただけの簡単なスープだが、野営であればこれだけでも結構なご馳走である。

 ちらりと隣へと目を向ければ、セバスチャンがもう一つ起こした火の上に置いた鉄板で、何やら炒め物を作っていた。その手つきと言い、先程見た野菜や肉を切る手捌きと言い、一流の料理人と見紛うほどの腕前だった。多少料理に自身のあった俺よりも、遥かに腕は良いだろう。なんとなく出来る老紳士といったイメージだったが、少なくとも料理の腕前は最高級のようである。


 そうして出来上がった料理を、俺達は焚火の周りに車座になって頂くことになった。今日はたいして運動らしい運動などしていないが、それでも時間の経過によって自然と腹は減るものである。俺は早速、目の前に置かれた料理へと手を伸ばした。


「……美味いな」


 一口食べ、咀嚼したうえで素直に口にする。思わず、野営中だということを忘れるほどの美味しさだった。特別な手順など踏んでいない、有り合わせの料理だったのだが、こうまで美味しく感じるのは食材のバランスの良さだろうか。


「本当ね、美味しいわ!」


「お店の料理みたいです」


 クリスティーネとシャルロットも料理を口へと運び、口々に賛辞を述べた。それを聞いたセバスチャンは、まんざらでもない様子である。食事の手を止め、こちらへと柔らかな笑みを見せた。


「お口にあったようで何よりです」


 口に合うどころか、これなら今すぐにでも王都で料理屋を開けそうなほどである。文句のつけようなど、ありはしなかった。

 しかし、それは冒険者である俺達の意見である。日頃は狩ったオーク肉などをその場で焼いて食するようなこともある俺達にとっては、今回の野営でこのような御馳走が出てくるなら文句など一切ない。


 だが、貴族であるアンネマリーは違うだろう。普段食べているものとこれとでは、雲泥の差があるはずである。そう思って目を向けたのだが、食事をしながらも楽しそうにクリスティーネやシャルロットと会話をしている。一日で随分と打ち解けたようだが、少なくとも食事に忌避感を持ってはいないらしい。


「お嬢様、意外と逞しいんだな……」


 気付いた時には、心中を口に出していた。貴族と言うのは、もっと我が儘で横暴だというイメージを持っていた。食事一つとっても、庶民と同じものなど食えないというものかと思っていたので、俺としては少々意外である。

 アンネマリーは俺の呟きを聞き取ったようで、こちらへと顔を向けてきた。


「アンナと呼んで頂戴。私もジークさんと呼ばせてもらうから」


 そうして、手元にある料理へと視線を落とす。


「料理の事なら、もちろん普段は料理人が作ったものを食べています。ですが、今は旅の途中です。このような時は、何が出てきてもあれこれと文句を言うものではありません。お父様にも、言い含められておりますし」


 最後に小さく付け加えたのは、ユリウスと別れ際に交わした「あまり我が儘を言わないように」という言葉のことだろうか。父親の言い付けを、しっかりと覚えているらしい。

 護衛対象が貴族のお嬢様と知った時はどうなることかと思っていたが、この分なら無闇に振り回されることもなさそうだ。しっかりと自分の置かれた状況を理解している、賢い少女のようである。護衛をする身からすると、とても有難いことだ。

 俺がそんな風に思っていると、隣に座るセバスチャンが小さくその身を震わせた。


「お嬢様、立派になられましたな……セバスは嬉しく思います」


「セバスはいつも大袈裟なのよ」


 対して、アンネマリーは小さく溜息を吐いた。その様子から、セバスチャンはアンネマリーに対して常にこのような接し方なのだと窺えた。


「とは言え、明日からはもう少し食事が簡単なものになりますが、どうかお嬢様はご理解ください」


 そう言って、セバスチャンは軽く頭を下げた。実際、食材の保存を考えると致し方ないことだろう。今日の昼食は事前に街で購入したものを移動中に頂いたが、明日からは朝や昼も移動を優先するため、簡単に食べられ保存の効く堅パンなどが主食となることだろう。

 それを聞いて、アンネマリーは素直に頷きを返した。


「そんなに何度も念を押さなくても、ちゃんとわかっています。何が出されても、文句など言いませんから」


 アンネマリーはそう言って頬を膨らませて見せる。そう言った仕草を見れば、年相応の少女なのだと思えた。

 セバスチャンはアンネマリーへと礼を返すと、続いて俺の方へと向き直った。


「ジークハルト殿達も、ご了承いただけますようお願い致します」


「俺達は何でも構わないさ。最悪、干し肉でもいい」


 そう言って、俺は視線をクリスティーネへと移した。すでに自分の分の食事を早々と平らげたクリスティーネは、どこから取り出したのか干し肉を幸せそうに齧っていた。

 用意されていた食事は、普通の一人前の量である。クリスティーネにとっては少し物足りなかったのだろう。俺自身、携帯用の食料はいくらか持っているが、日中にほとんど動いていないために、追加で食べるほどではない。


「それより、夜の間の見張りについて確認しよう。俺が最初でいいんだよな?」


「えぇ、その後は私共が担当しますので、頃合いを見て起こしてください」


 屋外で一夜を明かす場合、万が一にも魔物などに襲われないよう、見張りを立てることになる。今回の旅では俺とセバスチャン、それに二名の私兵の合計四人で当たることとなった。

 俺達男衆は馬車の外で毛布に包まって寝ることになるが、クリスティーネ達女性陣は馬車の中で寝ることとなる。シャルロットはともかく、クリスティーネも初めは見張りに回ろうとしたのだが、セバスチャンから遠慮されたのである。


 一応、俺達は護衛として雇われているので、頂いた報酬分の仕事はするべきだと思っていたのだが、男四人で回せば十分ではある。そのため、クリスティーネには車内で休んでもらうこととなったのだ。

 そうして食事が終わり、俺が初めの見張りをする中、一日目の夜が更けていった。

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