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663話 巨大樹の森6

 男の元へと駆けながらも、俺は頭に疑問符を浮かべていた。

 もちろん、裸を見られたアメリア達が激怒するのはわかる。彼女達も冒険者である前に、一人の女の子なのだ。


 そもそもの話、この国では覗き行為、要は性別で区切られた領域を侵して裸体を見るようなことは、犯罪とされている。見つかれば当然、騎士によって捕らえられるし、その前に被害者たちによって袋叩きにされる。

 俺だって、そう言う場でクリスティーネ達が標的になったのであれば、そうだな、相手を半殺しくらいにはするだろう。


 しかし、と俺は敵意なく立つ男を見ながら考える。

 果たしてこれは、覗き行為と言えるのだろうか。


 これが町中であれば、判断に迷うようなことはなかった。だが生憎とここは魔物の領域である深い森の中、視界を遮るのは反り立つ大樹のみという大自然の光景だ。

 そんな中、呑気に水浴びに興じている女たちがいるなどと、予想することが出来るだろうか。いや、無理だろう。


 つまりこれは、不幸な事故だったというわけだ。男に悪気がない以上は、力尽くで拘束するというのは如何なものか。俺自身、意図せず彼女達の肌を見てしまっているからな。

 とは言え、と俺は横目で少女達の様子を窺う。


「ジーくん、絶対逃がしちゃダメなの!」


「骨の数本折るくらいの勢いでいきなさい!」


 クリスティーネはそうでもないようだが、フィリーネとアメリアはすっかり興奮してしまっている。これは、話し合いで終わらせた日には、彼女達の怒りの矛先が俺に向かうだろう。

 仕方ない、こいつは手荒に捕えよう。とは言え、さすがに剣はなしだ。男が獲物を抜くなら話は別だが、無手の相手には過剰だろう。


 剣を納めながらも勢いを緩めない俺を見てか、男は慌てた様子で両手を振って見せた。


「ちょっとちょっとお兄サン、俺は怪しい者じゃないヨ! どこにでもいル、普通の冒険者だヨ!」


「いや、多分そうなんだろうが、そうですかと見逃しちゃ俺の仲間が納得しないんでな。悪いが、拘束させてもらう、ぞ!」


 言い切ると同時、俺は右手を男へと伸ばす。襟元を掴むと同時、左の手も利用し男を組み伏せようと力を込めた。しかし、次の瞬間両の手が空を切った。


 男は蛇のようにするりと俺の手から抜け出すと、握り込んだ拳を俺の顎先へと目掛けて突き出す。僅かに顔を動かせば、男の手が頬を掠める。男の糸のような細めが、驚いたように僅かに開かれた。


 伸ばしきられた手を捉えた俺は、力任せに男の体を振り上げた。そのまま地面に叩き付けようとしたところで、再び手の中の感触が消える。抜け出した男は中空でくるりと体を回すと、軽やかに地へと降り立った。

 そこへ、俺は渾身の蹴りを浴びせかけた。男は両の腕を胸の前で交差させ、防御の体勢を取る。


「――っ」


 鈍い音と共に、男が小さく声を漏らした。後ろに飛んで衝撃を減らしたようだが、結構力を込めていたため衝撃を殺しきれなかったようだ。

 休むことなく、俺は男へと追撃を駆ける。拳打の嵐を繰り出してみれば、男は的確に捌いて見せた。


「やるネ、お兄サン。見たところ剣士みたいだケド、剣は使わないのカ?」


「別に、本気でやり合いたいわけじゃないからな。安心しろ、組み手も得意だ」


 毎朝の訓練では、剣術だけではなく無手での格闘戦も行っている。少女達の中でも最も体術に秀でているアメリアを相手にしても、まだまだ負けるつもりはない。


「これで苦手だなんテ言われた日にハ、自信失くしちゃうところだった、ネ!」


 打撃の応酬の最中、男は隙とも呼べない間隔を見逃さず、鋭い反撃を繰り出してくる。少しでも気を抜こうものなら、一気にあちらへと天秤が傾くだろう。

 そのくらい、この男の腕前は優れている。少なくとも、僅かながらアメリアよりも上だろう。これほどの実力者を相手にすることなど滅多になく、段々と楽しくなってくる。


 それでも実力は俺の方が勝っているようで、徐々に男を追い詰めていった。仮に男が何か隠し札を披露したところで、こちらにだって取れる手立てが無数にある。心の余裕も十分だ。

 対する男からは、徐々に焦りが見えてきた。ちらちらと俺の後方を窺うあたり、少女達の動向が気になるのだろう。俺の相手だけでも手一杯なのに、彼女達が合流すれば彼に打つ手はない。


 俺は男へと、何度目かになる蹴りを放った。男は飛び退ると、少し腰を屈めて何やら片手を後ろへと隠した。何かするつもりだと、俺は距離を詰めずに警戒する。

 男は微かに笑みを浮かべたかと思うと、隠していた手を勢いよく振り下ろした。何かが叩き付けられたのが見えたが、直後爆ぜるように灰色の煙が溢れ出た。所謂、煙幕という奴だろう。


 瞬時に視界が遮られる中、微かに男の影が揺らいだ。


「悪いネお兄サン。十分ニいいもの見られたシ、ここらで帰らせてもらブッ――」


 言い終わらないうちに、鈍い衝突音が響く。どうやら上手くいったようだ。

 軽く片手を振って風を起こせば、立ち込めていた煙があっという間に空へと運ばれる。そうして見えたのは、岩の檻の中に転がり鼻を抑える男の姿だ。


 男が煙幕で姿を隠すと同時に魔術を使用したのだが、無事捕らえられたらしい。突然現れた壁に顔を打ち付けた男は不運だが、そちらが煙幕という手を使うのであれば、こちらが次の手を切る理由には十分である。

 男の実力であればこの檻を破壊することも出来るだろうが、その間に俺は更に男の拘束を強めればいい。背後からは少女達がこちらに駆ける足音と、ついでに怒気も近付いている。最早、男に逃げ場はない。


 俺は岩の檻へと近寄り、眉尻を下げてこちらを見上げる男を見下ろした。


「さて、話を聞かせてもらおうか」

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