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662話 巨大樹の森5

「はぁ……」


 巨大樹の森の中で一人、俺は荷物から取り出した折り畳み椅子に腰を下ろし、深いため息を吐いた。


 今頃、クリスティーネ達は川で汚れを落とし始めた頃だろうか。そんなことを考えると、自然と先程の少女達の姿が思い出される。

 魔物の体液を頭から被った少女達の姿は、あまりにも可哀想なものだった。しかしそれだけでなく、どこか扇情的と言えばいいのだろうか、とにかく目のやり場に困る有様だった。


 これで彼女達が怪我の一つでもしていたのなら、そんな考えなど毛ほども思い浮かばなかっただろう。普段の魔物との戦闘と同じように、彼女達の体を気遣うことしか考えられなかったはずだ。

 だが今回は彼女達に外傷がないことは明らかで、そうして改めてその姿を眺めてみるとだ。戦闘中の勇ましい姿は鳴りを潜め、緑色の粘液を涙目で拭う弱々しい様子は、一言で言えば庇護欲を掻き立てられた。


「……何を考えているんだ、俺は」


 ごつんと、自らの額に握りこぶしを当てる。

 彼女達は頼れる仲間だ。イルムガルトはともかくとして、シャルロットも含めて彼女達は俺が守る対象ではなく、肩を並べる存在である。そんな彼女達に対して、庇護欲を感じるなど、彼女達に対する侮辱でしかないだろう。


 とはいえ、先程のあれはクリスティーネ達にも悪いところがある。いくら体の汚れを早く落としたいからと言って、川を目にした途端に、仮にも異性である俺の前で内服姿になるのは如何なものか。

 粘液に塗れていたせいで、布が透けてかなり際どい恰好だった。普段は極力意識しないように気を付けているのだが、こんな風に見せられてはどうしたって視線が胸だとか足だとかに引き寄せられる。


 その場では内心の動揺を悟らせないよう、何とか平静を装って離れたわけだが、気取られてはいないだろうか。彼女達に悟られ、あまつさえ軽蔑なんてされた日には、ちょっと立ち直る自信がない。


「……ダメだな、切り替えよう」


 俺は両手でぱしりと頬を挟んだ。

 終わったことを嘆いても仕方がない。それよりも、これからの事を考える方が遥かに建設的だ。

 ひとまず周囲の警戒でもしておこうと、俺は風の魔術を使用し音を拾う。クリスティーネ達の様子も聞いておこうと、川の方角へと魔術を向けた。


『ちょっとクリス、あなたまた大きくなってない?』

『そうかなぁ? あんまり変わってないと思うんだけど……』

『ホントなの、クーちゃんまたおっきくなってるの! 少しくらい分けて欲しいの!』


 聞こえてきた少女達の声に、俺は無言で魔術を切る。

 具体名は出ていなかったが、何についての話しなのかは容易に察せられた。そうだよな、俺が聞き耳を立てているなどと考えないよな。その場に親しい同性だけで、その上服を脱いでいるのであれば、そう言う話題の一つも出ることだろう。


 決して聞き耳を立てるつもりはなかったが、これ以上彼女達の話を聞くのはやめておこう。あの場には俺以外の全員がいるのだし、ここに現れる魔物は軒並み巨体だがその強さ自体はそれほどでもない。

 わざわざ俺が警戒をせずとも、彼女達ならここの魔物くらい十分に対処できる。


 そんな風に考えて、しばらく沸かした茶に口を付けていたのだが。

 突如として聞こえた少女達の悲鳴に、俺は弾かれたように立ち上がった。軽く紡いだ魔術で焚火に土を被せ、川へと向けて一歩踏み出す。

 それと同時に、前方から聞こえる破砕音。


 自身の見通しの甘さに舌打ちを漏らし、長剣を引き抜き駆ける。もともとそれほど離れているわけではない、数歩も走れば目的地だ。

 巨大樹の一本を回り込めば、視界が広がる。


 そうして目に入ってくるのは、広大な川の中に佇む一糸纏わぬ姿の、三人の少女だ。


「無事か?!」


 声をかけながら、少女達の周囲へと目を向ける。先程の悲鳴の原因が、近くにあるはずだ。

 しかし、どれだけ目を凝らしてみても、魔物の姿は見受けられない。この巨大樹の森に棲む魔物は例外なく大きな体で、身を隠すようなことは出来ないはずなのだが。


 内心で首を傾げていると、少女達が俺に気が付いたらしい。こちらに顔を向けたクリスティーネが、ぱっと笑顔を見せた。そうして、片手を大きく振って見せる。


「あっ、ジーク!」


「クーちゃんダメ、隠すの!」


 クリスティーネの体を隠すように、大きく白翼を広げたフィリーネが少女へと抱き着く。勢いあまった二人はそのまま川の中へと倒れ込み、派手に水飛沫を上げた。


「ジーク、変態よ!」


「――っ、悪い!」


 肩まで水に浸かったアメリアの言葉に、俺は反射的に目を逸らす。

 周囲に危険が見て取れないというのに、いつまでも少女達の裸体を眺めていては変態の誹りを受けるのも仕方がない。三人とも体は洗い終わっていたようで、割とばっちり見てしまった気もするが、不可抗力ということで許して貰いたい。


「そうじゃくて、あっちよ!」


「あっち?」


 アメリアの言葉に再度顔を上げてみれば、赤毛の少女は何やら左側、川下の方を指差している。その指し示す方向へと顔を向けてみれば、そこに俺達以外の第三者がいることに気が付いた。

 軽鎧を身に着けた、俺より少し年上に見える男だ。冒険者だろうか、肩に小さめの背負い袋を担いでいる。糸のような目をこちらへと向け、何やら俺に対して空いた手をひらひらと振っている。


 その友好的な雰囲気に反して、男の周りには攻撃を受けた後があった。男の隣の地面は少し抉れ、後方の巨大樹が傷を作っている。

 その数と様子から推察するに、あれはクリスティーネ達の手によるものではないだろうか。悲鳴の直後に聞こえた破砕音は、あの男への攻撃だったと考えられる。三人から攻撃された男が無傷でいるあたり、かなりの実力者だと見ていいだろう。


 しかし、クリスティーネ達が理由もなく人を攻撃するなど考えられず、ならば男から手を出したのだと思うのだが、どうもそういう雰囲気でもない。事実、先程ばっちり見てしまった少女達に怪我はなく、男の方からも敵対心のようなものを一切感じない。

 いくら裸とは言え、男から攻撃されたのであれば少女達は全力で反撃しているだろう。彼女達は無手でも十分に強い。何より、川辺のシャルロットは俺へと困ったような目を向けているからな。


 一応警戒はするにしても、まずは何があったのかをシャルロットとイルムガルトから聞くべきだろうと、俺は彼女達へと一歩踏み出した。

 そこへ、重ねるようにアメリアの声が届く。


「ジーク、覗き魔よ! 捕まえて!」


 それを受け、俺は反射的に男へと向けて走り出した。

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