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661話 巨大樹の森4

「うえぇ、全然落ちないぃ……」


 私は自らの長い銀髪……今はすっかり緑色に染まってしまったそれを梳きながら、情けない声を漏らす。


 今から少し前、あの大きな魔物の体液を頭から思いっきり浴びてしまった私達は、ジークハルトの案内で近くの川へと辿り着いた。この川もまた、巨大樹の森にあるためだろうか、向こう岸まで泳いで渡ろうとするなら一苦労するであろう大きさだった。

 しかし幸いにも流れはかなり緩やかで、奥に行かなければ足がつかないということもない。なので、こうやって私が腰まで浸かったところで、流されてしまうような心配はないというわけだ。


 そんなわけで、私は今フィリーネとアメリアと共に、盛大な水浴びに興じているというわけである。西に向かうに連れて暖かくなってきたおかげで、冷たい水も素肌にはむしろ心地良いくらいだ。


 そう、素肌には。何が言いたいかというと、つまるところ全裸である。全身くまなく洗わなければならないのだから、服を脱ぐのは当然だ。

 こんな巨大昆虫の蔓延る森に人目などあるはずがなく、いるのは身内だけとなれば裸になるのは何の問題もない。


 なんてことはもちろんない。

 いくら親しい間柄、好きな人とは言え己の裸体を見られるなんて、恥ずかしすぎて死んでしまう。それは二人も同じ気持ちだろう。なのでジークハルトには私達が体を洗う間、せめて見えないところに居てもらう必要があった。

 それを伝えるよりも先に、彼は私達を残して早々にこの場を離れてくれた。大声を出せばすぐに駆け付けられるくらいの距離で、私達を待っていてくれるそうだ。


 ジークハルトは一人になってしまうけれど、この森に出る魔物くらい彼なら一人で対処できるだろう。ただ、離れる際にはもう少しくらい、私達を意識した素振りくらい見せて欲しかった。

 いくら裸を見られるのが恥ずかしいと言ったって、全く異性として意識されていないというのもそれはそれで悲しいものだ。彼からすると、私達はただの仲間に過ぎないという事か。


 もしくは、今の私達の姿があまりにも見るに堪えないものだったか。

 何せ、全身緑色の粘液塗れである。今の自分の姿は確認できないが、他の二人と似たり寄ったりなものだろう。どう考えても、年頃の女の子が異性に見せていい姿ではない。

 そのうえ臭いと来たものだ。いくらジークハルトが優しいと言ったって、あまりの酷さに幻滅したのではないだろうか。どうしよう、泣きたくなってきた。


 とは言え泣いていても仕方がない。今はとにかく迅速に、そしてきれいさっぱりと汚れを落としてしまわなければ。


「むぅ、フィーの翼もべとべとなの……」


「私も耳に入っちゃってるわ。最悪ね……」


 二人とも、なかなか落ちない粘液に苦労しているようだ。

 フィリーネの綿のようにふわふわな白髪は、今は緑の粘液に塗れてべっちょりとしてしまっているし、アメリアはその大きな耳に粘液が入り込んでしまったらしい。特に嗅覚の優れたアメリアにとっては、この臭いも耐え難いものだろう。


「こっちもなかなか落ちないわ」


「でも、少しだけ綺麗になりましたよ」


 その声の方向へと目を向ければ、シャルロットとイルムガルトが並んで腰を下ろしていた。二人は袖と裾を捲り上げ、手足だけを川の中へと入れている。

 その手にあるのは私達と同じように粘液に塗れてしまった、先程まで着ていた服である。二人は私達が体を洗っている間、洗濯をしてくれているのである。


「ごめんね、シャルちゃん、イルマちゃん。こんなことさせちゃって」


「いえ、むしろこのくらいはさせてください」


「あなた達には前で戦ってもらってるからね。洗濯くらいはするわよ」


 そう言って、イルムガルトが肩を竦めて見せた。

 二人とも、こんな緑のべとべとなど触りたくないだろうに、進んで服を洗うと言ってくれた。思わず自分の状態も忘れてシャルロットに抱きついこうとした時の、あの子の初めて見た表情はしばらく忘れられそうにない。


「むぅ、こんなところにも」


 私は己の胸にべっとりと付着した粘液を手で拭う。どうやら胸と胸の間にまで入り込んでしまったらしい。


「ちょっとクリス、あなたまた大きくなってない?」


 その声に顔を上げてみれば、こちらへと半目を向けるアメリアと目が合った。その表情に首を捻りながらも、私はう~んと小さく唸る。


「そうかなぁ? あんまり変わってないと思うんだけど……」


 私は自身の胸に両手を添えて持ち上げてみる。動きの邪魔にならないように普段はぎゅぎゅっと押し付けているけど、こうして改めて見ると無駄に大きいのがよくわかる。ただ、前と大きさが変わったようには思えない。

 しかし、そう思ったのは私だけのようで、アメリアの声にこちらを向いたフィリーネが、むむっと私の胸を注視した。


「ホントなの、クーちゃんまたおっきくなってるの! 少しくらい分けて欲しいの!」


「あなただって十分あるでしょうが!」


 アメリアの言う通り、私ほどではないがフィリーネも結構大きい方だと思う。というか私からすると、無駄に大きい私のよりもフィリーネの方が形も整っていて綺麗だと思う。

 フィリーネは若干怒気を含んだアメリアの声に、少女の胸元へと視線を注ぐ。


「アーちゃんは……んん、とっても洗いやすそうなの!」


「喧嘩売ってるの?!」


 しゅっと言う音と共に振られたアメリアの腕を、フィリーネは軽々と受け止める。

 アメリアの胸は私やフィリーネと比べると、とっても小さい。ないわけじゃないが、小さい。なんなら年下であるはずのシャルロットと比較しても……といったくらいだ。


 それはそれで綺麗だし、動き易くていいと思うが、本人は前々から気にしているようだ。以前、どうやったら私みたいに大きくなるのか聞かれたことがある。

 もちろん、私自身何で大きくなったのかなんてわからない。特別なことなんてしてないと思うのだけど。


「やっぱり、クリスさんみたいにたくさん食べればいいんでしょうか?」


「栄養が全部胸に行ってるのは確実よね。ただ、真似しても太るだけだと思うけど」


 アメリアほどではないが、シャルロットも少し気にしているらしい。出会った頃よりも大きくなっているし、あの子はまだまだ成長期なので気にしなくていいと思うけれど。

 ちなみにイルムガルトは、大体フィリーネと同じくらいだ。お腹周りのお肉なんかは気にしているが、胸の大きさで悩んでいるところは見たことがない。


 それからしばらく、私達は軽くふざけ合いながら粘液を落としていく。髪に絡みついた緑の液体も、念入りに梳けばなんとか流れてくれた。

 そうして洗濯も終わり、最後に尻尾に付いた粘液を布で拭い取ったころ。


「はぁ、ようやく落ちたわ。体を拭いたら、ジークのところに……」


 すっかり疲れた様子のアメリアが、川辺へと目を向けて動きを止める。どうしたのだろうか。魔物が現れたのなら気配でわかるし、先にシャルロットとイルムガルトが気付いて教えてくれるだろう。

 首を傾げながら、私は少女の目線を追う。


 その先に、一人の男がいた。

 ジークハルトではない、見知らぬ男だ。冒険者だろうか、動き易そうな軽鎧を身に着け、傍らには男の荷物と思しき鞄が転がっている。


 男は巨大樹の一本に背を預け、腰を下ろした状態だ。完全にだらけきった態勢で、その糸のような細めをこちらへと向けている。

 自分を見る私達の視線に気が付いたのか、男はこちらへひらひらと片手を振って見せた。


 私達は互いに顔を見合わせ、次いで自身の姿を見下ろした。依然としてこの身は川の中、未だ服を着ていないのだから、三人とも一糸纏わぬ姿である。

 周囲に遮るものはなく、男の姿は私達から良く見える。必然、男からもばっちり見えているということだ。


 それを認識した瞬間。

 私達は三者三様の悲鳴を上げると同時、攻撃魔術を男へと放った。

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