表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

660/685

660話 巨大樹の森3

「えっ?!」


 そう声を漏らしたのは、三人のうちの誰だったのか。いや、或いは全員かもしれない。

 クリスティーネ達の攻撃によって弾けた魔物は、その巨体から深緑の体液を勢いよく射出させた。少女達は僅かに身を捻った様子だが、隙間なく寄せる緑色の奔流に容易く呑み込まれる。


 それだけには留まらず、緑色の液体は俺達の元へと迫る。


「『水壁(ヴァッシュ・ヴァント)!』」


 俺は辛うじて練り上げた魔力により、半球状の水壁を生み出した。純粋な盾として使用するなら他の魔術の方が効果的だろうが、今回はこれが最適だろう。

 そんな俺の目論見通り、水壁は飛来する深緑の体液を絡め捕り、その信仰を阻む。透き通った透明な水が、一瞬でまだら色に染まった。


 咄嗟に俺のしがみつき目を瞑っていたイルムガルトが、そろそろとその顔を上げる。それから周囲を囲む水壁を見て、ほっと息を吐きだす。


「さすがね、助かったわ」


「うぅ、反応できませんでした……」


 心底安堵した様子のイルムガルトに対し、俺の後ろに半身を隠しながらも片手を前方へと突き出していたシャルロットが、落ち込んだ様子で肩を落とした。彼女も俺と同じように魔術で防ごうとしたようだが、どうやら間に合わなかったらしい。

 俺と同じように魔術を扱えるのに、咄嗟に行動できなかったことを悔やんでいるようだ。


「前情報なしなら仕方ないさ。防げるに越したことはないけどな」


 そう言って、俺は慰めるように少女の頭へと片手を乗せた。

 初めからどうなるかわかっていれば、シャルロットだって俺と同じように反応できただろう。しかし、今回の相手は傍目からは胸囲に見えす、クリスティーネ達だって余裕を見せていた。


 何より、俺自身が危険はないと言ってしまったからな。この子をこんな風に落ち込ませたのは、俺のせいでもあるだろう。


「シャル、すまなかったな。魔物の姿が見せた時点で、盾を張るように言うべきだった」


「いえ、ジークさんはしっかりと私達を守ってくれたので、単に遅れた私の実力不足です……次は、私も動けるように頑張ります!」


 そう言って、少女はその小さな拳を握った。


「それで、さっきのは結局なんだったの? まぁ、貴方が落ち着いてるんだから、それに害はないんでしょうけど……」


 それ、と言いながらイルムガルトが指差したのは、向こうが見通せないほどに酷く濁った水壁だ。俺が魔術を解除すれば、混ざり合った液体はべちゃりとその場で汚い飛沫を上げた。

 そうして視界に広がったのは、一面まだらに染まった森の景色だ。未だ枝葉から滴り落ちる緑の液体に、両脇の二人は引いている。


「あの魔物は『見掛け倒しの芋虫(ベトリュートレーガー)』って名前でな。一番の特徴はさっき見た通り、刺激を与えると破裂して体液を派手にぶちまけるんだよ……」


 俺は溜息を吐きながら、先程現れた魔物の説明をする。

 あまり数の多い魔物ではないらしく、俺も本で読んだことはあるが直に見たのはこれが初めてだった。図体はでかいが戦闘能力は低いどころか皆無と言っていいほどで、危険性はない。そのため、注意すべき魔物として皆に話した中には含めていなかったものだ。


破裂したのは魔物の背袋で、本体はそれを背負う下部分だけである。外敵に襲われた際には、飛び散った体液で相手が怯んでいる隙に逃げ出すそうだ。

 実際、俺達の前から本体は逃げおおせているからな。高く売れる素材になるわけでもなく、今から探す意味もない。まぁ、仕留めれば腹いせくらいにはなるが、精々その程度だ。


「うぅ、危険はないってわかってても、こんなにべとべとしてるのは……」


「その上なによ、この臭いは」


 二人は当たりを漂う腐敗したような臭いに、顔を顰めている。

 そう、この魔物の体液はただ汚いだけでなく、酷く臭いのだ。それもまた、魔物がその身を守るために身に着けた術なのだろう。


 さて、そんなものを思い切り浴びてしまった三人はというと。


「うぅ、じーくぅ……」


「もう、なんなのよこれぇ……」


「最悪の気分なの……」


 よろよろと、亡者のような足取りで三人がこちらへと歩いて来る。その姿は一様に、頭からつま先まで深緑の粘液に塗れていた。

 普段なら擦れ違った十人のうち九人が振り返るであろう容姿が、今では十人が振り返るほどである。むしろ、今の方が注目度は高いだろうな。


 などと下らないことを思い浮かべる俺の方へと、クリスティーネが助けを求めるように手を伸ばした。当然ながら、その手も粘液塗れである。

 俺は反射的に、一歩後ろへと下がった。両隣のシャルロットとイルムガルトも同じだ。それを目にしたクリスティーネは、酷く傷ついた表情を見せる。


 罪悪感が俺の胸を締め付けるが、仕方がないではないか。これが、毒液などであれば汚れることなど欠片も厭わず、すぐさまその手を取って対処するのだが。

 実際には、ただ汚くて臭いだけの液体である。触れたところで被害が拡大するだけとあれば、誰だって好き好んで触りたくないだろう。

 そんなことを考えていると、クリスティーネの目尻に涙が滲んだ。流石にこれはマズイ。


「す、すぐに洗い流しますね!」


「しゃるちゃん、おねがい……」


 慌てた様子で、シャルロットが一歩前へと出た。魔術で三人を丸洗いしようというのだろう。それでも伸ばされた手を取れないあたり、いくら心根の優しい少女と言えど抵抗はあるようだ。


「ちょっと待て、シャル。あいつの体液はなかなか落ちないって話だ。地図によると近くに川があるはずだから、そっちで落とそう」


 三人は今も何とか粘液を落とそうと四苦八苦しているが、粘り気を含んだ体液は彼女達の体に纏わりつき、その身を放さない。もちろん大量の魔力で水を生み出せば流しきれるだろうが、川があるのならそれを利用しない手はない。

 そんな俺の言葉に、三人は愕然とした顔を見せた。


「えっ、そこにいくまで、このままなの……?」


「鼻が曲がりそうなんだけど……」


「少しだけ辛抱してくれ」


 俺の言葉に、少女達はがっくりと肩を落とす。それを少し可哀相に思いながらも、俺は皆を先導するために森の中を歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング
上記リンクをクリックするとランキングサイトに投票されます。
是非投票をお願いします。

ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ