66話 貴族令嬢の護衛依頼5
護衛依頼中というのは、その大半が暇な時間である。特に今回は、馬車に揺られて移動する以外に、出来ることが何もないのだ。常日頃から空いた時間を剣の素振りなどに費やす俺としては、何とも手持無沙汰な時間である。
一応、馬車の後ろに腰掛け後方を見渡してはいるものの、ずっと緊張感を維持することなど土台無理な話である。故に、俺はただ漫然と通り過ぎていく景色を眺めるのだった。
王都を発ってしばらく、今のところは至って順調な足取りだ。平坦な草原がどこまでも続き、その上を筆でなぞったように土の見える街道が延びている。遠い山々を背景に、時折遠くの方を鳥が飛んでいくのが視界に移った。
幸いなことに天気にも恵まれ、視界は至って良好である。これなら、万に一つも俺達に迫る脅威を見落とすことなどありはしないだろう。
俺はぼんやりと左手を見やった。そちらでは馬車の車体の影から、隣を歩く馬の尾が左右に揺られている様子が見られた。ユリウスの私兵が繰る黒毛の馬は、並足の速度で一定のリズムを刻んでいる。
馬車と馬での移動とは言っても、そこまで速いわけでもない。常に全力疾走などしていては、いくら馬達も身体強化が使えると言ってもすぐに体力が尽きてしまう。そのため、移動速度は精々ジョギング程度の速さである。それでも、ほぼ休みなく移動できるため、一日で結構な距離を移動できるのだ。
俺は小さく溜息を吐くと、背中を馬車へと預ける。予定では、三日目の夕方にはオストベルクへと辿り着くはずである。今の内からあまりに気を張っていては、最後まで持たないだろう。
背中側からは、車内の女性陣の笑い声が漏れ聞こえていた。どうやら話に花が咲いているらしい。クリスティーネとシャルロットには、存分にアンネマリーの話し相手になってもらうのがいいだろう。
俺は欠伸を噛み殺すと、身じろぎをして体勢を整えるのだった。
「なるほど、そうしてクリスさんはジークさんと出会ったんですね」
私の眼前で、ウェーブのかかった豪奢な金髪を持つ少女は瞳を輝かせていた。
私は今、ジークハルトとシャルロットと共にオストベルクへの護衛依頼の真っ最中だ。護衛依頼とは言っても、私とシャルロットはのんびりと馬車の車内で椅子に座っての移動である。外の警戒はジークハルトと、セバスチャン達ユリウス家の者が請け負ってくれている。
もちろん、護衛対象であるアンネマリーを守るために、最も近くに私達がいるのは意味のあることである。そうして、ただ移動するだけではやることなどもないため、車内で会話が生まれるのは自然なことだった。
どうやらアンネマリーは、冒険者と行動をするのは初めての事らしい。普段冒険者とはどういう生活をしているのかを聞かれた後、冒険者になった経緯を質問された。私は素直に、里を飛び出して迷った末、オーク達に追われた先でジークハルトと出会ったことを話していた。
「そうなの。思えば、あそこでジークに会えたのは本当に幸運だったなぁ」
あの時、もしジークハルトに出会わなければどうなっていただろうか。なんとかオークを退け、街へと辿り着いていたとしても、今のようにはいかなかっただろう。金を稼ぐために冒険者にはなっていたかもしれないが、勝手もわからず上手くいっていたとは思えない。
そして何より、兄のヴィクトールに半龍族の里へと連れ帰られていたことだろう。自分一人では、あの頑固な兄を説得できたとは思えない。今こうして冒険者を続けていられるのは、ジークハルトの尽力のおかげである。
「お兄ちゃんが私を連れ戻しに来た時も、ジークは私の意思を尊重してくれてね。たくさん話して、一緒に悩んで。まぁ、結局最後は力尽くだったんだけどね」
その時のことを思い出すと、どうしても顔がにやけてしまう。そこまで昔の話でもないのだが、忘れられない思い出だ。
私の話に、シャルロットはアンネマリーと一緒になって聞き入っていた。
「私と出会う前に、そんなことがあったんですね。なんというか、ジークさんらしいです」
「ジーク、面倒見いいからなぁ」
私の時と言いシャルロットの時と言い、ジークハルトは例え自分の利にならなくとも他人のために動ける人だと思う。本人の意思を聞き、その思いを尊重して、自身はそれに助力をする人だ。そう言う姿勢は、私も見習いたいと思っている。
私の話がひと段落したところで、アンネマリーは私の隣に座るシャルロットへと視線を向けた。
「シャルロットさんは、どうして冒険者になったんですか?」
「私ですか? えぇと……」
問われたシャルロットは、少し昔を思い出すように視線を上方へと向けた。それから、ぽつりぽつりと語り始める。
「私の場合は、両親を亡くして、人買いに捕まってしまって。それから王都に運ばれている途中で魔物に襲われているところを、ジークさんとクリスさんに助けていただいたんです」
改めて聞いても、壮絶な経験をしていると思う。そんな経験をしても、今こうして前を向いているのは、シャルロットの心の強さ故だろう。自分の身に同じようなことが起きたとしたら、私は同じように立ち上がれただろうか。
話を聞いていたアンネマリーは、少々居心地悪そうにそわそわとし始めた。そうして少し躊躇いがちに口を開く。
「えっと、その、ごめんなさい。聞いてはいけない話だったかしら」
「いえ、もう過去の話ですから……えぇと、それで、たまたま魔術の素質があった私は、ジークさんとクリスさんと一緒に冒険者をすることになったんです」
シャルロットは自身が氷精族だという事実は隠しつつ、アンネマリーへと簡潔に経緯を説明した。私が半龍族だという事実は打ち明け、今も翼と尻尾は出しているが、シャルロットは胸の精霊石さえ見せなければ普通の人族と変わりのない外見だ。
氷精族であるシャルロットの身が狙われた過去がある以上、出来るだけ正体は隠しておいた方がいいだろう。ジークハルトも隠しておいたそのことを、私から言うつもりなどはなかった。
それからは、気を取り直したアンネマリーから冒険者としての活動について、様々な質問を受けた。逆に、私からも貴族の生活についていろいろと聞かせてもらった。話題が尽きることはなく、私たちは馬車に揺られながら夕方まで話し続けるのだった。
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