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659話 巨大樹の森2

「アーちゃん、右から来てるの!」


「見えてるわ!」


 フィリーネの声に鋭く返すと、赤毛の少女が後方へとその身を翻す。直後、たった今まで少女が立っていた空間を、黒い奔流が駆け抜けた。

 その巨体は黒々とした甲殻に覆われ、木漏れ日の中で鈍く光る。音を立てて土を跳ね上げる無数の足は、それ一つ取ってもアメリアの背丈を越えるほどだ。


 少し目を離してしまえば、どこが頭なのか分からなくなるほどに長く伸びた胴体。だがその巨体に似合わぬ俊敏さを見せるのは、大地を踏みしめる足の多さ故か。


「は、早く倒しちゃいなさいよ!」


 俺の片腕にしがみつき大声をあげているのは、普段の落ち着きようが嘘のように取り乱した様子を見せるイルムガルトだった。俺達と旅をする中でそれなりに魔物を見慣れたはずの彼女だが、こういった手合いは苦手らしい。

 ちなみに、俺のもう片方の手はシャルロットによって塞がれていた。こちらの少女は最早声も出ないようで、涙目で俺の後ろに隠れている。


 二人の護衛役としては近くにいてくれるのはありがたいが、両手が塞がっていては剣を取ることすら出来ない。まぁ、それも仕方がないか。

 見上げるほどの大ムカデが相手じゃあな。それも複数。


「アメリアちゃん、そいつで最後だよ!」


 中空で一匹の大ムカデを切り伏せたクリスティーネが、眼下のアメリアを見下ろし声を挙げる。これで、まだ動いているのは一匹だけだ。


「えぇ! フィナ、打ち上げるわよ!」


「いつでもいいの!」


 通り過ぎた大ムカデの頭を追って、アメリアが駆け出す。大ムカデも頭上を飛ぶ二人よりもアメリアの方が御しやすいと見たか、反転して赤毛の少女へと再び向かう。いや、これは単に近い獲物を狙っただけか。

 地を駆ける少女の足が炎を纏い、地に赤い線を描く。大ムカデはそれを正面から迎え撃つように、その大顎を広げた。その勢いのままに衝突すれば、少女の軽い体など落ち葉のように吹き飛ばされることは火を見るよりも明らかだ。


 しかしアメリアは臆すことなく、その身を低く沈める。その赤毛を大ムカデの頭部が掠めると同時、少女はその赤脚を振り上げた。


「――ふっ!」


 爆炎と共に、大ムカデの巨体が跳ね上がる。

 天を仰ぎ腹を晒すそれに、白翼の少女が己の双剣、その片方を手に構えた。


「んっ!」


 一閃。

 擦れ違い様の一振り、それだけで大ムカデの頭と胴が分かたれた。断面からどす黒い体液を吹きだしながら、力を失った巨体が倒れ込む。

 これで、襲い掛かってきた魔物はすべてだ。俺の出番は全くなかったな。


 昨日のうちに、この巨大樹の森に生息する魔物、特に今の大ムカデを始めとした危険な魔物についての情報は共有している。その甲斐もあってか、ここまで現れる魔物を危なげなく返り討ちにしていた。

 もっとも、彼女達であれば事前情報なしでも、このくらいはやってのけるが。


「ほら、二人とも、終わったぞ」


 そう声を掛け、俺はアメリアの方へと一歩踏み出す。しかし、両側から引かれる力により、俺の歩みはそこで止まった。

 どうしたのかとシャルロットを見下ろせば、氷精の少女は少し青褪めた顔で、ふるふると顔を横に振っている。どうやら近付きたくないらしい。


 まぁ、気持ちはわからないでもない。俺だって、好き好んであんなばかでかい害虫に近付きたくはないからな。


「ジークー!」


 ぶんぶんと、クリスティーネが大きく手を振っている。残念ながら、俺の両手は塞がっているため手を振り返してあげられない。

 そのまま三人ともこちらへと来るのかと思ったが、ふとアメリアが、その大きな耳をぴくりと揺らした。そうして、森の奥へと目線を向ける。


「ちょっと、また何か来たわよ」


 その言葉に、クリスティーネとフィリーネが再び剣を構える。しかし、二人は剣を構えながらもすぐに肩の力を抜いた。


「んん、でっかい割には弱っちそうなの!」


 どうやら三人は新たな魔物を視認したようだが、生憎と俺達のところからは木々が遮りそれを見ることは叶わない。

 ここは巨大樹の森という名の通り、俺が両手を広げるよりも余程太い幹を持つ木々が乱立しているのだ。密集しているわけではないものの、一本一本が巨大なために見通しは悪い。


 巨大樹の森に生息する魔物の種類は多く、俺自身もそのすべてを把握しているわけではない。しかし、三人の反応を見る限りでは危険な魔物ではないのだろう。

 少なくとも、ここまで姿を見せてきた大ムカデや大蜘蛛といった、毒を持つ厄介な魔物の類ではなさそうだ。


「さくっと倒しちゃお!」


「フィーの獲物なの!」


「負けられないわ!」


 三者は競い合うように、新たな魔物の元へと駆け出した。既に誰がその手で倒すかという点に焦点が当たっている当たり、彼女達の余裕が窺える。

 これなら俺が手を出す必要はなさそうだと、俺はその場で彼女達の行く末を見守った。


 そうしてクリスティーネ達の向かう先、一本の大樹の影からその魔物がのっそりと姿を見せた。


「あいつは……!」


 現れた魔物の正体に、俺は思わず声をあげた。

 二階建ての家屋を超えるほどの、深緑色をした巨大な体。のそのそと地面を這い進む度に、そのぶよぶよとした巨体が不規則に揺れる。

 全体的に丸みを帯び、凹凸のないその姿はさながらバカでかいイモムシと言ったところか。


「危険なんですか?!」


 俺の反応に危機感を抱いたのか、シャルロットがすぐさま前方へと片手を向けた。


「いや、そうじゃない、そうじゃないが……」


 クリスティーネ達が判断した通り、決して危険な魔物ではない。

 図体こそでかいものの、あの魔物には獲物に突き立てる爪も牙もなく、その身を守る強固な甲殻もなく、有害な毒を持っているわけでもない。人を積極的に襲うようなこともなく、ランクで言えばEにも満たないほどで、何なら今のイルムガルトですら容易に討伐は可能だろう。


 ただ一点、非常に厄介な……いや、迷惑な性質を持っているのだ。

 しかし、それをシャルロットに説明する時間も、ましてや三人を制止する暇もない。既に地上のアメリアはその脚に炎を纏い、中空のクリスティーネとフィリーネは剣を振り上げている。


「てーいっ!」


「待っ――」


 間に合わないと知りつつも、俺は思わず声を挙げる。

 当然、その声は彼女達には届かず、三者の攻撃が魔物へと叩き込まれた。


 直後。

 緑色の巨体が、ぱちんと弾けた。

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