657話 捜索と出立3
「確かに、そう聞くと私達ってこの上なく怪しいわね」
「でも、ジークが解決したのは本当のことなのに……」
「たとえそれが真実でも、証明する手立てがないとな」
騒動を引き起こした主犯を捕らえたり、俺が爆発を抑え込んだところを目撃した者でもいれば、話は違ったのだが。
爆発の瞬間を遠目で見た者は多くても、それが俺だとわかるほど近くにいた者はいない。奴等の痕跡と言えば、天塔の戦闘跡くらいなものだ。まさか、奴等はそれを見越してヴォルフの遺体を回収したのだろうか。
そう考える俺の前で、おずおずといった様子でシャルロットが片手を上げた。
「あの、ジークさんがもう一度、龍鱗を身に纏った姿を見せるんじゃダメなんですか?」
「そうだよ! あれを見れば爆発を抑えたのがジークだって、すぐにわかるじゃない!」
「それは俺も考えたんだが……」
いい考えだと笑顔を見せるクリスティーネには悪いが、それには幾つか問題点があった。
確かに龍鱗を身に纏った姿を見せれば、ある程度の証拠にはなるだろう。しかし、強魔水を服用しなければ、あの時ほどの力を発揮するのは不可能だ。下手をすれば、ただ姿だけを模倣しているのだと捉えられかねない。
かと言って証明のためだけに貴重な薬を消費し、再び数日間身動きが取れなくなるような手段を取るのは気が進まない。そもそもあの薬は劇薬なのだ、この短期間に二度も服用しては、体への負担は相当なものだろう。
そもそもの話、そう言った証明の場が設けられるかすらわからないのだ。
「王都でこれほどの被害が出たんだ。あれからまだ数日じゃ、前みたいな平和な状態には戻ってないだろう?」
俺の問いに、街の様子を見て回ったクリスティーネとシャルロットが揃って首肯を返す。
「はい、全体的にピリピリした雰囲気で、出歩いている人も少なかったです」
「お店はほとんど閉まってたよ! 開いてるところもあったけど、食べ物とかそんなに多くはなかったし、値段も高かったなぁ」
王都全体に被害が出たのだ、物流への影響も大きいことだろう。幸いにも俺達の懐にはかなり余裕があるため金銭的な心配はそれほどないが、ここで暮らす普通の人々は大変な思いをしているはずだ。
彼らの不満の矛先は、少しずつ国へと向かうことだろう。しかし、上に立つ者達は正確な情報を得られず、首謀者を捕らえることも出来ない。
そこへ、怪しげな冒険者である俺が姿を見せればどうなるだろうか。
「んん、ジーくんが止めたって言っても、信じてもらえないと思うの。それどころか、王都の混乱状態を治めるのに都合がいいって、主犯格として処分されかねないの」
「あくまで可能性の一つではあるけどな。ただ、エアハルトがあの時天塔で死んでいたなら、確実にそうなってただろうが」
そう言って、俺は肩を竦めて見せた。
俺とクリスティーネがエアハルトと共に天塔へ突入したところは、その場にいた他の冒険者の知るところだ。その後、天塔でエアハルトの遺体が発見され、俺達が事態を解決したなどと言い出せば、俺達が殺したのだと半ば確信を持って疑われていたことだろう。
俺に随分と突っかかってくるところは気に入らないが、それでも生きていてくれて助かった。いや、それならエアハルトを治療したクリスティーネに感謝するべきだな。
ともかく、エアハルトが生きていることで俺達への疑いは多少マシなはずだ。即座に処刑される可能性は多少薄まっただろうが、それでも全くないわけではない。
首謀者を処刑した、もう安心だと公表されれば、国民の不安も収まり王都は落ち着きを取り戻すことだろう。仮に奴等がもう一度事件を起こしたとしても、処刑した奴に仲間がいたと逃げることが出来る。ただの冒険者一人の命で混乱が収まるのなら、軽いものだ。
処刑したと公表して、実際には軟禁で済まされる可能性もあるが、それだって自由に動くことが出来なくなる。それに今回の規模を考えれば、主犯は公開処刑になるだろうから、その場合死は免れられない。
「まぁ、処刑はさすがに悪く考えすぎだとは思うが、最悪のケースは考えておく必要があるからな」
もちろん王国を統治する彼らが何の調査もしていないはずがなく、俺達が握っているよりも多くの情報を持っている可能性も十分にある。その場合は、俺の懸念は杞憂で終わるだろう。
しかし、そう楽観的に構えていては、いざ事態が悪化した時に慌てふためく破目になるからな。そうならないためにも、今のうちに打てる手は打っておきたい。
「そうね……わざわざこっちから名乗り出て、命を狙われるようなことになったらたまらないわ」
アメリアが溜息と共に目を鋭く細めた。
元々、他者に対する警戒心が高い娘だ。別に脅すつもりはなかったのだが、また一段と気を張ったことがわかる。
彼女だけではない、他の少女達もどうするべきかと、難しい顔で頭を傾げていた。
「う~ん、それならどうしたらいいのかなぁ? こっちから名乗り出なくても、そのうち見つかっちゃうよね?」
いくら外出を控えたところで、全く外に出ないというわけにはいかない。そもそも、体が動くようになってきたことで、冒険者稼業もそろそろ再開しようと考えていたところだ。
ギルドに出入りするために街を歩いていれば、騎士に呼び留められるのは時間の問題だろう。
「そうだな。だから、明日にでも王都を出ようと思うんだ。元々、イルムガルトの故郷に向かう予定だったしな」
王都に帰ってきてからしばらく休養を取った後は、イルムガルトを送るために西へと向かうと決めていた。少々足止めを余儀なくされたものの、それもひとまず解決したのであれば予定通り行動するのでいいだろう。王都を離れるという意味でもな。
俺の説明に納得を見せる少女達の中、シャルロットは少し不安そうに眉尻を下げた。
「あの、また旅に出るのはいいんですが、悪いことをしたから逃げたんだって思われないでしょうか?」
「その恐れはあるが、そう思われる時点で疑われてるからな。王都に残っても一緒なら、俺達の好きなように行動すればいいだろう」
王都の情報が手に入りにくくなるのは痛いが、それよりも身の安全が第一だ。
遠方であっても、王都で大きな出来事でもあれば話は伝わってくるだろう。基本的には西へと向かいつつ、状況によってどうするのかをその都度考えればいい。後は、俺達の人相書きみたいなものが出回るようなことがないよう祈るのみだ。
「ジーク、体は大丈夫そう?」
「まだ本調子じゃないが、旅に出るくらいなら問題ないさ。もう数日もあれば、完全に回復すると思うぞ。それよりも、帰ってきたばかりで悪いが、もう一度買い出しを頼めるか?」
「旅の準備だね? 任せてよ!」
俺の言葉に、クリスティーネは胸を張って応えてくれた。
その後、荷物の確認と買い出しを終えて旅の準備を整えた俺達は、翌日の夜明けと共に王都を後にしたのだった。




