654話 宿屋での情報交換5
「まず、さっきも話した通り、俺とフィナはしばらく回復に努めようと思う」
俺は皆の顔を見渡しながらそう口にした。
薬の副作用は大体三日ほど続くと言う話で、以前シャルロットが服用した際も、動けるようになるまではそのくらいの日数が必要だった。それと同程度の期間は、俺も体を休める必要があるだろう。
俺の言葉に、クリスティーネは力強く頷きを返した。
「うん、それがいいと思う! 私も、毎日治癒術かけたりして協力するからね!」
「そうだな、短期間で過剰にかけるのも良くないらしいから、継続的かつ軽めに頼む。フィナも、それでいいな?」
「んん、フィーは動けなくもないけど……でも、ジーくんと一緒ならそれでいいの」
少女はうつ伏せの体勢からころりと体を半回転させると、小さく笑みを浮かべた。
外傷自体は治癒術によってほとんど癒えているが、先程浴場へと向かった際の姿を見れば、まだ本調子でないのは明らかだ。しばらくはこのまま安静にさせておくほうがいい。
「他の皆は、自由に過ごしてくれて構わない。ただ、外に出る時は必ず二人以上で行動して欲しい」
「それは、その……ジークさんは、すぐにまた昨日みたいなことが起きるって、予想してるんですか?」
「別に、そこまで確信があるわけじゃないぞ? ただ、用心するに越したことはないからな」
不安気な表情を見せるシャルロットへと、俺は苦笑を返す。
現時点では判断材料が少なすぎて、再び同じような事件が引き起こされるか否かは全く予想が付かない。常に気を貼り続けていては精神が磨り減る一方だが、さりとて何事も起きないだろうなどと高を括るなど愚の骨頂だ。
それでなくとも、あんな事件が起きた直後である。騎士団の巡回などは増えると思うが、それでも治安の悪化は避けられないだろう。
そんな町中を、この少女達に一人きりで歩かせることなど出来るわけがない。もし何か起こったとしても、せめて二人で一緒にいれば、取れる手立ても増えることだろう。
そうした俺の説明を聞き、少女達は揃って頷きを見せる。
「そうね、私が一番足を引っ張りそうだし、あまり外に出ないようにするわ」
「う~ん、私は一応、街の様子とかは見ておきたいかなぁ。シャルちゃん、外に出る時は今日みたいに、一緒に行ってくれる?」
「はい、もちろんです! えっと、アメリアさんもご一緒にどうですか?」
「私は人の多いところは嫌いだし、あまりここを空けたくもないから遠慮しておくわ。シャル一人なら、クリスが抱えて動けるしね」
確かに小柄なシャルロットであれば、クリスティーネが抱き抱えて空を飛ぶことも容易だ。仮に何か起こったとしても、すぐにここへと戻ってくることが出来る。もっとも、身軽なアメリアであれば屋根伝いに移動することだって出来るわけで、その点で足手纏いになるようなことはない。
ただ、アメリアまで二人と一緒に外出するとなると、ここに残るのは本調子ではないフィリーネと非戦闘員のイルムガルト、そして役立たずの俺だ。安全性を考えるなら、アメリアにはここにいてもらう方が良いだろう。
「基本的にはそれでいいと思うんだけど……もし昨日と同じようなことが起こったら、どうしたらいいかなぁ?」
そう言って、クリスティーネが長い銀髪を揺らす。
これから先、今回とまるきり同じことが起きるとは限らないが、あの黒衣の者達が生きている以上は、また大規模な事態が巻き起こされる恐れは大いにある。最悪の事態を想定し、せめてどう行動するのか、方向性だけでも今のうちに決めておきたいところだ。
「んん、難しい問題なの。全員で集まって動くのが、一番安全だとは思うけど……」
「でも、今回みたいに別行動を取った方が、早く解決することもあるかもしれませんよね?」
そう言って、クリスティーネに抱き抱えられたまま、シャルロットは小さく首を傾げて見せた。
シャルロットの言う事にも一理ある。騎士団や他の冒険者達が何もしていなかったというわけではないが、今回の事件が収束したのは俺達の働きが大きいのは間違いない。
決め手となったのは俺とクリスティーネ、付け加えるならそこにエアハルトもだが、この三人が天塔であの黒衣の者達を相手取ったことだろう。だがそれも、イルムガルトの護衛兼情報収集としてギルドに残ったフィリーネ、道中の魔物を引き受けたシャルロットとアメリア、皆の尽力あってのものだ。
もし、俺達が動かずギルド周辺の魔物の掃討に当たっていれば、確かに見える範囲の怪我人は減ったかもしれない。ギルドを襲った黒衣の少年にだって、対処できていたかもしれない。
だが、その分事態が収束するまでには時間を要したことだろう。そうなった時、王都全体での負傷者がどれほどのものになっていたのか、想像もつかない。
そう考えれば、別行動を取ったのは正解だったと言えるだろう。そのこと自体は、俺もよくわかっているつもりだ。
それでも、俺は少女の言葉に否定の仕草を返した。
「いや、もし次に同じようなことがあれば、出来る限り纏まって動こうと思う」
「そうだよね、今回はホントに危なかったし」
そう言ってクリスティーネは眉尻を下げ、腕の中の少女をぎゅっと抱き締めた。彼女の言う通り、昨日の襲撃では誰が命を落としていてもおかしくはなかったのだ。
実際に重傷を負った俺とフィリーネはもちろん、クリスティーネもシャルロットもアメリアも、結果的に無事だったのはただ運が良かっただけだ。
それは王都に魔物が現れるという異常事態で、見える範囲から脅威を低く見積もった俺の落ち度である。
先程少女達から言われたように、うじうじと後悔ばかりはしていられない。それでも、いや、だからこそ、同じような失敗をしないように、考えることが大切だ。
俺の言葉に、少女達は納得の頷きを見せる。ただ、シャルロットは少し心配気な表情を見せていた。
「シャル、何か気になるか?」
「その、上手く言えるかわからないんですが……助けられる力を持っていて、自分を優先することに罪悪感というか、何と言うか……」
そう言って、少女は少し顔を俯かせた。
彼女の気持ちも、全くわからないわけではない。俺達は一般人は元より、普通の冒険者と比較してもかなりの力を持つ部類だ。そう言った力を持つ者は、他者を守るためにその力を振るうべきだという考えは、俺自身少なからず持ってはいる。
しかし、自身の命を危険に晒してでも、となると話は別だ。
王都を襲う巨大な爆発を、身を呈して防いだ俺が言えたことではないかもしれないが、あれもどちらかと言えば地上にいるクリスティーネ達を守るために行ったものだ。もちろん王都に住まう人々を守る意思もあったが、彼女達と比較すれば優先度は遥かに下がる。
薄情かもしれないが、俺にとって大切なのは見ず知らずの人々より、自身と彼女達の命なのだ。
「だからと言って、別に見捨てろって言ってるわけじゃないぞ?」
合流を優先するというのは、あくまで方針でしかない。目の前で魔物に襲われている人がいたとして、それを見て見ぬ振りをしろと言っているわけではないのだ。
この少女達であれば、目の前で襲われている人がいれば動かずにはいられないだろう。未だ人族を苦手とするアメリアだって、個人的な感情よりも人命を優先できる娘だ。俺自身、そんな状況であれば考えるよりも先に体が動くだろうしな。
「シャルちゃんが助けられる範囲で、シャルちゃんに危険がないなら、いくらでも助けてあげていいんだよ? でも、一番はシャルちゃんの安全だからね? 少しくらいの怪我なら私とジークで治してあげられるけど、シャルちゃんが怪我してるところ見たくないからね?」
「怪我をしない範囲で、人を助ける……えっと、頑張ります!」
顔を上げた少女の言葉に、クリスティーネが満足そうな笑みを見せる。
これでひとまず方針は決まったかと考えた矢先、きゅるきゅると気の抜けた音が耳に届いた。音の方向へと目を向ければ、最早恥ずかしがる素振りも見せないクリスティーネと目が合う。
「えへへ、たくさん話してたらお腹空いちゃった!」
「そうね、そろそろ夕食をとりましょうか。いつもなら食堂に行くところだけど……ジークハルトもフィナもあまり動けないし、食事は運んできた方が良さそうね」
「それなら私も手伝うわ。シャルは、ここで二人の事見ててくれる?」
「わかりました、任せてください!」
そうしてシャルロットを残し、部屋を後にする少女達の姿を見送った。




