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652話 宿屋での情報交換3

「はいはい、そろそろ話を戻すわよ」


 そう言ってイルムガルトが手を打ち鳴らしたのは、少女達の会話がいよいよ俺達と騎士団との全面戦争というところまで飛躍したころだった。勝てるわけがないだろう。

 もちろん彼女達にしても、何も本気で国と事を構えようなどと思っているわけではない。ようやく一息ついたことで、他愛のない会話に夢中になってしまっただけだ。


 イルムガルトの声掛けに、少女達はハッとしたように顔を向ける。それからクリスティーネは少しバツが悪そうに眉尻を下げ、軽く頬を掻く。


「ごめんね、ちょっと脱線しちゃった。えっと、どこまで話したんだっけ?」


「俺達がシャルとアメリアと別れたところまでだな」


「そこからね。とは言っても、そんなに話すこともないんだけど」


 そう言って、時折シャルロットの補足を挟みつつ、アメリアがその後の話を聞かせてくれた。


 巨岩獣の討伐に残った二人はデボラとも協力し、アメリアが注意を惹いている間にデボラの大槌による攻撃とシャルロットの魔術という安定した布陣で、どんどんとその数を減らしていった。湧き出る魔物は多くそれなりに時間は要したものの、無事にそのすべてを討伐し終えた三人は、その後の行動を話し合おうと集まった。


「そこで、植物のような魔術に襲われたんです」


「んん、植物みたいな魔術、なの?」


 いまいちよくわからないといった様子で、フィリーネが首を傾げる。


「ほら、茨ってあるじゃない? あの、とげとげしてるやつ。あんな感じの魔術に襲われたのよ」


「黒いのと赤いのと、色が二種類ありました」


 言いながら、シャルロットが指を二本立てて見せる。

 二人の話を聞き、俺はクリスティーネへと目を向けた。彼女も俺と同じことを考えたのだろう、俺と目を合わせると一つ頷きを見せる。


「私達が天塔で見たのと同じだね」


「クリスとジークも、あれと戦ったの?」


「あぁ、少しだけな」


 驚きの表情を見せたアメリアへと、俺は首肯を返す。時系列から考えると、俺達が戦ったのはアメリア達の後と見て間違いなさそうだ。

 赤毛の少女は話を聞きたそうな素振りを見せていたが、俺は続きを促した。先に彼女達の話を一通り聞いてからの方が、状況を整理しやすいだろう。


「その茨みたいな魔術がね……少し触れただけでも、ものすごく痛いのよ」


 そう言って、アメリアは少し俯きがちに自身の足を軽く撫でた。当時の事を思い出しているのだろう。


「触れると痛みを感じる魔術か……その痛みって言うのは、具体的にはどんな感じだった?」


 詳しく聞こうと、俺は二人へと問いを投げかける。天塔で対峙した際、俺はあの茨のような魔術に接近することがなかったため、その感覚がわからないのだ。

 俺の言葉に、アメリアとシャルロットは顔を見合わせる。


「なんて言ったらいいのかしら……ナイフで斬られるとかそういう表面的な感じじゃなくて、体の中に直接針を刺されたみたいな? それも、一本じゃなくて何本も」


「私は骨が砕けたのかと思いました。痛みを感じたのは触れた瞬間だけのはずなのに、ずっと続いてるような気もして……」


 そう言って、シャルロットは身を守るように自らの体を抱きしめた。その時受けた苦痛は余程のものだったのだろう、その表情には今も僅かに恐怖の色が見えた。

 その様子を目にすれば、昨日意識を失った二人と合流し、目覚めたシャルロットが見せた姿が思い起こされた。あの時も、この少女は怯えた様子を見せていた。


「その上厄介なのが、その茨みたいな魔術、触れられないだけじゃなくて魔術も効かないみたいなのよ。シャルが防ごうとしたんだけど……」


「簡単に突破されちゃいました……」


 そう言って、氷精の少女が肩を落とす。聞けば、シャルロットが迫りくる茨を押し止めようと魔術で大氷壁を展開したらしいが、あっけなく砕け散ったらしい。その後も氷槍で迎撃を試みたものの、あまり効果はなかったそうだ。

 触れることが出来ない以上、アメリアの体術では対処が出来ない。デボラの様子を見る限りでは、その痛みは武器に触れただけでも感じるらしい。実力では間違いなく二人に勝るはずの彼女が、真っ先に倒れた。


 そうして二人は茨に取り囲まれ――


「そこから先は覚えてないわ」


「……たぶん、激痛に耐えられなかったんだと思います」


 二人の言葉に、俺は思わず唸り声を漏らす。

 掠っただけでも思わず膝をつくほどの痛みを感じるのだ。全身に巻きつかれるようなことになれば、意識を保っていられなくとも無理はない。


 しかし、二人は気を失うほどの痛みを経験したということだ。俺も昨日は気を失ったが、それは疲労が蓄積したことによるものなので、それとはまた別だろう。二人の精神状態が心配になる。

 そう考えたのは俺だけではないようで、皆の気遣わしげな目線が向けられた。


「シーちゃんもアーちゃんも、大丈夫なの?」


「私は平気よ。何もできなかった自分に腹は立つけど」


「私も……あの時はちょっとびっくりしちゃいましたけど、今は大丈夫、です」


 フィリーネの問いにアメリアが肩を竦め、シャルロットは眉尻を下げ控えめな笑顔を見せた。少し取り繕っているところはあるようだが、少なくとも今は落ち着いているようだ。

 それでも、どこかクリスティーネには思うところがあったのだろう。不意に立ち上がると、シャルロットの後ろへと腰を下ろし、その小柄な体躯を抱き締めた。そのまま、労わるように艶やかな水色の髪を撫でる。


 半龍の少女の行動に、シャルロットは戸惑った様子で見上げた。


「あの、クリスさん?」


「シャルちゃん、いっぱい頑張ったんだね! ジークはあんまり動けないから、その分私が褒めてあげる!」


「え、と、ありがとう、ございます……えへへ」


 クリスティーネの言葉に、シャルロットは嬉しそうに目を細めた。

 その様子を眺めていたイルムガルトが、ふとアメリアの方を見てどこか意味ありげな笑みを見せる。アメリアはその視線に気が付いたようで、訝し気に眉を顰めた。


「……何よ、イルマ?」


「いえ、私もアメリアを褒めてあげたほうがいいのかと思って」


 そう言って、赤毛の少女の方へと片手を伸ばした。アメリアはそれを受け、少し恥ずかし気に頬を赤く染め、その手から距離を取る。


「べ、別にいらないわよ。それよりジーク、こっちの話は終わったんだから、今度はそっちの話を聞かせてよね」

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