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647話 療養4

 何かしら感づかれている気もするけれど、ひとまずレオンハルトにはそれ以上追及するつもりはないようだ。そのことに、こっそりと一息ついたのも束の間。


「残念だ、ではありませんよ、レオンハルトさん!」


 少し苛立った様子で、エアハルトが声をあげた。


「ジークハルトにはいろいろと聞きたいことが――」


「まぁまぁ、この場にいないのでは仕方がないだろう? それに、聞きたいことならこのお嬢さん……クリスティーネさんに聞けばいいじゃないか。彼女も一緒だったんだろう?」


「それはまぁ、そう、ですが……」


 レオンハルトの言葉に、エアハルトはどこか歯切れ悪く返す。何やら私の方をちらちらと横目で見てくるが、何か気になることでもあるのだろうか。

 エアハルトはしばらく視線を彷徨わせていたが、一つ咳払いをすると再び私へと向き直った。


「その、昨日のことを聞いてもいいだろうか? どうにも、途中から記憶が無くてな……」


「んっと……どこまで覚えてるの?」


 エアハルトの問いに対し、私は即答を避けた。昨日のことについてジークハルト達とまだ話し合っていないのに、迂闊なことを言うべきではない。

 まずは、エアハルトの認識を確かめるところからだ。


 私の問いに対し、エアハルトは考え込むように片手を己の顎へと当てた。


「そうだな……君達と共に天塔へと入ったところまでははっきりと覚えている。それから魔人を打ち倒して……そう、怪しげな三人組と相対したんだったな」


 そう言って、エアハルトは私の目を真っ直ぐに見返した。


「そこから記憶が曖昧なんだが……俺はそのうちの一人に攻撃されて意識を失ったと思うんだが、どうだろうか?」


「大丈夫、合ってるよ!」


 どうやらエアハルトは、昨日のことをほぼ正確に覚えているようだ。私が頷きを返すと、ほっとしたように表情を緩めた。

 それから男は、不思議そうに自身の両手を見下ろした。


「しかし、目覚めた時には思ったよりも負傷がなかったんだ。気を失うほどの衝撃で、あの程度なはずがないんだが……」


 そう言ったエアハルトは、何かに気が付いたように周囲を見渡すと、真剣な眼差しを私へと向けた。


「もしや、貴方が治療を?」


 私がこの場にいる意味に気が付いたのだろう。確かに、私は負傷者の治療のために、この倉庫へと足を運んでいた。

 エアハルトには昨日、戦うところを見られているのだから、私が治癒術を使えることに気が付くのも不思議ではない。


「え、えーっと……そう、だね」


 答えながらも私は思わず目を泳がせた。

 確かに、負傷したエアハルトを治療したのは私だ。あのまま放置していては危ない状態だったのだから、それ自体には何ら後悔はない。


 しかし、あの時は後々の事を考え、エアハルトの治療は途中で打ち切り魔力を温存したのだ。

 その後、重傷のフィリーネを治療することになったのだから、あの時の選択は正しかったと思っている。しかし、その代わりエアハルトには相応の傷が残されることとなったのだった。


 ……手を抜いたって、怒られるかなぁ。


 彼のジークハルトに対する態度を見れば、私達にあまり良い感情を持っていないのは明らかだ。中途半端な治療で塔に置き去りにされたことについて、彼に思うところがあっても何もおかしくはない。

 そう思ったのだが、私の予想に反してエアハルトはすぐさま頭を下げた。


「感謝するよ。おかげで助かった」


「えっ、あっ、ううん、助かってよかったね? えっと、その後は大丈夫だった?」


「あぁ、騎士と一緒に調査に来たレオンハルトさんに起こされてな。治療してもらって、この通りだ」


 拍子抜けした私の様子に気が付いた様子もなく、エアハルトは無事を主張するように笑顔で腕を曲げて見せた。かと思えば、すぐに力なく肩を落とす。


「助かったのはもちろん嬉しいんだが……」


「エアハルトは気を失っていたからね、あの場で何が起こったのかわからないんだ」


 レオンハルトはそう言って、困ったように眉尻を下げた。

 騎士達と共に天塔へと足を運んだレオンハルトは、そこで倒れているエアハルトを発見した。彼を治療し、事態を把握すべくその場で起こったことを聞いてみたものの、エアハルトからは先程述べたことしかわからなかったというわけだ。


 そこで彼の口から、ジークハルトと私もその場にいたことが伝えられた。私達であれば何か知っていることがあるのではないかと、レオンハルト達は付近を捜したそうだが、生憎と私達は昨夜この倉庫へと足を運んでいたために見つけられなかったそうだ。

 そうしてその日は騎士達と別れ、明けた今日にレオンハルトとエアハルトは情報収集も兼ねて私達を探していたそうだ。


「それで、昨日のことを教えてもらってもいいかい?」


「えーっと、その、実は私も気を失ってたから、あんまりよくわかってないんだよね」


 どこまで話していいのかわからないため、私はレオンハルトの問いに明確な答えを避けた。それが隠していると思われたのだろう、エアハルトは眉根を寄せる。

 しかし、実のところ私の言葉に嘘はない。エアハルトの少し後に私も気を失ったのは本当のことだし、目を覚ました時にはすべてが終わった後だった。あれからジークハルトと腰を落ち着かせて話は出来ていないため、知っているのは彼から聞いた簡単な話だけだ。


 追求しようとしたのか、エアハルトが口を開きかける。それを、レオンハルトが片手で制した。


「生憎、私が直接見たわけではないが、聞いた話では天塔の上空に出現した魔術を、虹色に光る龍が迎撃したらしいんだ。てっきり、君のことだと思ったんだが……」


 どうやら、その時のことは結構な数の目撃者がいるらしい。天塔の上空ということもあり、かなり目立っていたようだ。

 もっとも、広く知られているのは上空に出現した魔術だけで、虹色の龍については強化した視力で注視した一部の者達だけらしい。


「私じゃないよ? ほらほら、虹色じゃなくて銀色だし」


 レオンハルトの問いに対し、私は己の銀翼を軽く広げて見せる。実際、魔術を防いだのは私ではなくジークハルトなのだから、嘘を吐いているわけではない。

 とは言え、それを成したのがジークハルトだとは迂闊に言えない。それを聞けば、彼の口から事情を聞こうとする者が増えるだろう。治療は終わっているが、未だ意識のない彼の近くに見知らぬ者を近づけたくはなかった。

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