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645話 療養2

「それは……随分と迷惑をかけたな……」


 二人の話に自然と冷や汗が流れる。結局のところ、俺は皆に苦労を掛けただけではないか。

 魔力切れで治癒術も使えず、皆に気を使わせて肩を借り、最終的には気を失って宿まで運ばれるという体たらく。情けなくて涙が出そうだ。


「別に、迷惑だなんて思ってないわよ。アメリア達と違って、私なんていつも助けてもらってる立場なんだし。あれほどのことがあったことを思えば、気を失うだけで済んだのなら上出来なんじゃない?」


「まぁ、な」


 俺はもちろん、フィリーネを始めとして誰一人欠けることはなかったのだから、結果だけで言えば上々だろう。同じようなことが起きては欲しくないが、似たようなことが起こった際はもう少し冷静に行動できるよう、自身を戒めるのみである。


「そうして宿に帰ってきたんだけど、みんな疲れてたでしょう? クリスは着くなりすぐに寝ちゃったし、シャルとイルマも軽く体を拭いたら、同じように眠ったわ」


「なるほどな……ん? アメリアはどうしたんだ?」


 アメリアの言葉に納得しかけて、疑問が浮かぶ。

 俺とフィリーネは気を失っていたし、疲労の濃いクリスティーネがすぐに眠りに落ちたのもわかる。宿に風呂はあるが、あの騒動後に体を拭くだけで済ませたのも納得のいく話しだ。


 しかし、当の本人はどうしたのだろうか。今の口振りからすると、ともに眠ったわけではなさそうに聞こえたが。


「私? 私は起きてたわ」


「……一晩中か?」


「えぇ。いくら町中と言ったって、あれからすぐだと何が起こっても不思議じゃないでしょう? それなのに、全員眠ってるわけにもいかないじゃない」


「それはまぁ、その通りなんだが……」


 普段であれば、宿を借りた上で寝ずの番など立てる必要はない。しかし、あんな騒動があって無警戒というわけにはいかないから、アメリアの判断は正しいと言えるだろう。

 確かに誰かは起きておく必要があるのだが、あれから一人休めないとは、アメリアには随分と苦労を掛けたようだ。


「悪いな、交代できれば……いや、難しいか」


「今のジークじゃ無理に決まってるじゃない。皆も疲れてたし、起こすのも可哀想だったからね。私は平気よ、ただ起きてるだけだったし、イルマとシャルが目を覚ましてから、ちゃんと代わってもらったわ」


 そう言って、赤毛の少女は肩を竦めて見せた。

 どうやら、あれから一睡もしていないというわけではないようだ。それでも仮眠程度しか取れていないのだろう、よく見れば目が少し赤く……いや、もともと赤い瞳ではあるのだが。


 旅の間、野営の際は予め見張りの順番を決めて交代するのだが、昨夜は全員が疲弊していた。その中でも、比較的体力の余っていたアメリアが寝ずの番をする名乗りを挙げたそうだ。


「……それくらいしか、私は力になれないし」


「そんなことはないだろう? シャルと一緒に魔物の対応をしてくれて助かったよ」


「それは……ううん、今は私のことはいいのよ。それより、えぇと……そう、お昼前くらいになって、クリスが目を覚ましたところで、私も起きたのよね」


「クリスとシャルは、どんな様子だった?」


 アメリアが話を逸らしたのは分かったが、本人が言いたくないのであれば無理に追及するつもりはない。それに、この場にいない二人のことも気になった。


「特に、普段と変わった様子はなかったけど?」


「クリスもか?」


 アメリアの答えに問いを重ねる。

 シャルロットが普段通りというのは、まだわかる。あの娘は俺とクリスティーネが見つけた際には気を失っていたものの、その後の振る舞いを見る限りでは体調は良好な様子だった。


 しかし、クリスティーネは連戦の後、魔力を限界まで使い果たしていたのだ。それが一晩休むだけでケロッとしているとは、流石という他にない。

 それに引き換え、動けない我が身を思うとますます情けなく思えてくる。


「魔力も回復したみたいで、ジークとフィナに治癒術をかけてたわ。その後、軽く食事をしながら今日はどうしようかって話したんだけど……」


「クリスが昨日の倉庫に行くって言って、シャルもそれについて行ったのよね」


 俺とフィリーネは目を覚まさないが、クリスティーネの治癒術によって体自体は問題ない。それなら、ここで俺達が目を覚ますのを全員で待つよりは、情報収集も兼ねて治療の手助けに倉庫へ向かうとクリスティーネが主張したようだ。


『ジークが起きてたら、きっとそう言うだろうから』


 半龍の少女はそんなことを言っていたらしい。実際、この場に全員で止まるよりは、その方が遥かに建設的だ。

 とは言え、クリスティーネ一人を向かわせるというのは考え物だ。彼女の実力を疑うわけではないが、昨日の騒動は余りにも規模が大きすぎた。


 そこで、シャルロットが一緒に向かうことになった。もう少し睡眠が必要なアメリアと、簡単な護身術しか教えていないイルムガルトを向かわせるよりは、あの娘と一緒の方が安心だ。


「なるほどな……それで、二人は――」


 さらに問いを重ねようとしたところで、遮るように俺の腹が音を鳴らした。それを聞き、そう言えば最後に食事を摂ったのは昨日の昼だったことを思い出す。その後あれだけ動き回って魔力を消費したのだ、空腹になるに決まっている。

 俺の腹の音を聞き、二人が小さく笑みを溢す。それから、イルムガルトが徐に腰を上げた。


「ちょっと待ってて。軽く食べられるもの、貰ってくるから」


「悪いな」


 俺は部屋の外へと向かうイルムガルトを見送った。おそらく厨房から食事を分けてもらうのだろう。

 騒動を受けて宿屋が機能しているのかは若干疑問だが、こうして俺達が泊まれていることを思えば問題ないのだろう。最悪、手持ちの旅食を食べてもいい。


「ジーク、さっき何か言い掛けてたわよね?」


 部屋に残ったアメリアから声を掛けられ、俺は扉から少女の方へと顔を向ける。


「あぁ、二人は出掛けてから一度も戻って来てないのか?」


「そうね。と言っても魔力に限りはあるし、ジークとフィナのことも心配してたから、そんなに遅くはならないと思うんだけど……」


 そう言って、窓の方へと顔を向ける少女につられ、俺も外へと目を向ける。昨日の暗さが嘘のような青空の中、悠々と翼を広げた鳥が東へと羽ばたいていた。

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