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641話 騒動の爪痕4

「何だ、これは……」


 目の前に広がる光景に、俺はそれ以上言葉を続けることが出来なかった。


 ここは確かに、冒険者ギルドの建物があるべき場所のはずだ。けれど、そこには飾りっ気のない薄汚れた建造物の姿はなく、あるのは俺の胸あたりの高さまで積み重なった、残骸と評すべきものばかりだった。

 ギルドの建物がないため、その分周囲の様子は良く見える。幸いと言うべきか、他の建物への被害はそこまでではないようだ。


 ただ、冒険者ギルドだけが崩れているというのが気にかかる。それも、瓦礫の広がり方から見て魔物に襲われたのではなく、何か大きな爆発によるものだと思えた。

 そこまで考え至って、ようやく思い出した。


 天塔で邂逅した黒衣の少年は、冒険者ギルドへの襲撃を匂わせていた。それなら、この惨状は彼の仕業だとみて間違いないだろう。

 あの爆発を操る力があれば、目の前の光景を作り出すことなど造作もないはずだ。


「大変! フィナちゃん、イルマちゃん!」


「クリス、待ってくれ」


 顔色を変えたクリスティーネが真っ先に駆けだそうとしたが、俺はどうにかその腕を掴み少女の動きを止めた。

 こちらを振り返ったクリスティーネが、驚いたように金の瞳を見開く。


「ジーク、どうして止めるの?!」


「周りの様子を見てくれ。これだけ人がいるって言うのに、救助に動いてはいないだろう?」


「……そう言えば、そうね」


 俺の言葉に、アメリアが周囲へと目線を振る。

 俺達が辿り着いた時には、既に結構な人数が崩れた建物の周りに集まっていた。その中には野次馬も混ざっているようだが、冒険者風の男やギルド職員の制服を身に着けている者もいる。


 彼らは瓦礫の片づけをしていたり、残骸の山を指差しながら何やら話し合っていたりするのだが、そこに緊張感はあれど、焦燥感のようなものは感じられなかった。

 もしこの場に要救助者が残っているのであれば、もう少し違う雰囲気を感じ取れることだろう。


「建物の下敷きになった人はいなかったんでしょうか?」


「いただろうが、ギルドにいたのは大半が冒険者だろうからな。自力で脱出したんだろう」


 冒険者はもちろんのこと、常日頃から彼らを相手にするギルド職員もまた、身体強化くらいは使えるものだ。崩れた建物から抜け出すことは出来るだろうし、仮に出来なかったとしても周囲の冒険者が助けてくれたことだろう。

 イルムガルトが自身の力のみで脱出できるかは微妙なところだが、そこはフィリーネが傍にいたのだから大丈夫なはずだ。


「それはわかったけど、それならフィナとイルマはどこにいるのかしら?」


「さてな。行き違いになったか、それともどこかで俺達を待っているか……」


 少なくとも、見える範囲に二人の姿はない。

 血に塗れた俺とクリスティーネは結構な注目を集めているので、この場に二人がいれば俺達に気が付いたはずだ。二人がこちらに来ないということは、この場にはいないのだろう。


「お怪我をしていないでしょうか?」


「どうだろうな……詳しくは後で話すが、これを引き起こしたのが俺の知っている奴であれば、残存魔力を考えると冒険者達に直接の被害は出ていないはずだ。ただ、負傷者がいないわけではないだろうからな……どこか別の場所に運んで、まとめて手当をしているんだろう。そこにフィナとイルマがいる可能性はあるな」


「私、聞いてくる!」


 言うが早いか、半龍の少女は何やら話し合っている冒険者風の女性三人組の方へと駆け出した。確かに、こういうことは人に聞いた方が早いし確実だ。

 声は聞こえないが、クリスティーネが女性たちへと話しかけたのがわかる。彼女らは突然話しかけてきた少女の凄惨な姿を目にし、若干引き気味だ。当の本人は気にした様子もなく、身振り手振りをしながら話している。


 しばらくして、クリスティーネがこちらへと足早に戻ってきた。先程よりも、難しい顔をしているのが気にかかる。


「クリス、どうだった?」


「えっとね、怪我人が集められているところはわかったよ? あっち、あの青い屋根の大きな建物、倉庫なんだって。冒険者ギルドで怪我した人以外にも、魔物に襲われた人とかも纏めてあそこに集められてるみたい。ただ……」


「何かあったの?」


「……ここでの怪我人、かなりいるみたい」


 少女は少し俯きがちに言葉を溢した。周囲の様子を見る限りではそこまで深刻な雰囲気ではなかったが、どうやら状況はそうでもないらしい。

 ひとまずその倉庫とやらを除いてみようと、俺達は建物の方へと歩き出した。歩きながら、クリスティーネから詳しい話を聞き取る。


「何が起こったのか、正確なことはわからないらしいの。ただ、ここから離れたところまで、何度も爆発音が届いてたんだって」


「何度も? 一度だけじゃなかったのか?」


 俺の問いに頷きが帰る。

 聞けば、クリスティーネと先程話した冒険者は、こことは別の場所で魔物と交戦していたらしい。その最中、突如として爆発音が鳴り響いたそうだ。それも、何度も。


 立て続けに聞こえる爆音に何事かと思ってはいたが、さりとて目の前の魔物を放っておくことなど出来ない。一息つく頃には、既に音は鳴り止んでいたそうだ。

 それでも事態を確かめようと音の聞こえた方向へと向かったところ、ギルドの建物があの有様だったというわけだ。


「ここにいる人達は後から来た人ばっかりだから、何が起こったのかはわからないんだって。ただ、爆発音がした時にこの場所にいた人のほとんどは、この先の倉庫に集まってるらしいから、そっちなら詳しい話が聞けるかもって」


「そういうことか……」


「クリスさん、怪我人がたくさん出たというのは……」


「そっちも人伝の話しみたいだけど、爆発に巻き込まれた人がたくさんいたんだって。それで、その……」


 クリスティーネは一度言葉を切り、こちらを伺うように目だけを動かした続きを促すように一つ頷きを返せば、少女は目線を地面へと落とす。その手に、少し力がこもったのが分かった。


「……亡くなった人、少なくないみたい」


 その言葉に、シャルロットが小さく息を呑んだのがわかった。

 王都内に魔物が現れるという異常事態だ、死者が出ること自体は何も不思議ではない。だが、魔物の亡骸がほとんどないギルドで、死者が大勢出ることは想定していなかった。


 先程少女達にも話した通り、あの黒衣の少年が元凶だとすれば、ギルドの建物を破壊しただけだと思っていた。その狙いは、冒険者間の連携を阻害するものだろうと。

 確かに、エアハルトを躊躇なく攻撃していたことを思い返せば、冒険者達に直接危害を加えていても不思議ではない。だが、そうだとすると彼はここにいた冒険者達を薙ぎ倒したうえで、俺達の元にやって来たということになる。


 しかも彼はその後、あの陽と見紛うほどの巨大な爆裂球を生み出しているのだ。そんなことが本当に可能なのだろうか。

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