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639話 騒動の爪痕2

「それじゃ、シャルちゃんとアメリアちゃんのところに戻ろっか?」


「そうだな、早いところ二人と合流してギルドに……しまった、エアハルトのことを忘れていたな」


「……あっ!」


 周囲を見回す俺の言葉に、少女が思い出したように金の瞳を見開き口元を抑えた。


 こことは別の戦場に残してきた少女達の安否の方が余程気にかかるが、さりとて曲がりなりにも共闘した相手を放置していい道理もない。

 目の敵にされている感は否めないが、それだって害意があるというわけではないし、彼の協力がなければ結果が変わっていたことは想像に難くないのだ。


 俺は重い体を起こし、クリスティーネと共に半壊した塔の中を捜索し始めた。幸いにも、エアハルトの体は完全に瓦礫に埋まっているようなこともなく、あっさりと発見された。

 男は半身を瓦礫に埋めたまま、身動ぎ一つ見せてはいない。その全身には、爆発による火傷がいくつも確認できた。


「どうだ、クリス?」


「……大丈夫、まだ生きてるよ! でも、急がないと危ないかも!」


 エアハルトの状態を確認したクリスティーネが、すぐさま治癒術を行使する。エアハルトも手練れの冒険者ということだろう、一命は取り留めたらしい。

 治療には今しばらく時間が必要だろうと、俺は瓦礫の上へと腰を下ろす。クリスティーネのおかげで大体の傷は癒えたものの、失った体力まで戻ったわけではないのだ。正直、立っているのも億劫なほどである。


「クリス、治療は死なない程度で十分だ」


「う~ん、可哀想だけど、仕方ないよね?」


 俺の言葉に、半龍の少女が眉尻を下げる。まだまだ魔力は温存しなければならないのだ。それに、エアハルトを完璧に治療するくらいなら、それよりも俺を優先してほしい。

 もちろん、強魔水を使用した俺と違って、クリスティーネはマナポーションによる魔力回復も可能なわけだが、それだって一度だけだ。薬を使わないに越したことはない。


 それから程なくして、応急処置程度の治療が完了した。今の俺以上に負傷は残ったままではあるが、これで命に別状はない。

 エアハルトの表情は、見つけた時よりは心なしか血色がよくなったように見える。それでも、一向に意識を取り戻す気配がない。


「う~ん、起きないね? ジーク、どうしよっか?」


「放っておいていいだろう。目を覚ますまで待つ時間が惜しい」


「そうだよね、そのうち誰かが見つけてくれるはず……だよね?」


 困ったように小首を傾げる少女へと、俺は頷きを一つ返す。

 偶然、人が通りかかるような可能性は皆無だが、この天塔は帝都を襲った異変の中心部とも言える場所だ。そう時を置かず、調査のために騎士団が足を運ぶことだろう。


 彼らへの説明は、エアハルトに丸投げしてしまえばいい。気を失っていたエアハルトにどこまで説明できるかはわからないが、ここに留まっていては足止めを食うことは確実だ。

 むしろ、誰かが来るより先に俺達はこの場を後にしなければ、自由に動けなくなる。エアハルトには悪いが、彼よりも皆の安否確認の方が、遥かに重要である。


「それじゃ、シャルちゃんとアメリアちゃんのところに……ジーク、歩けそう?」


「あぁ、歩くだけなら余裕だ」


 こちらを覗き込む少女へと、俺は出来るだけ明るく振舞う。心配してくれること自体は嬉しいが、あまり情けない姿は見せたくない。

 実際のところ、魔力切れで役立たずの俺がクリスティーネと共に向かう意味はないだろう。治癒術の使える彼女を向かわせて、俺はここで休んでいても結果は変わらないに違いない。


 そうは言っても、やはり皆の無事をこの目で確かめておきたい。そのためなら、多少の無理くらい何と言う事はないものだ。

 そう思い表情を取り繕ってみたが、クリスティーネは俺へと訝しむような目を向けた。

「ん~……ねぇジーク、私が抱えて飛ぼうか? その方が、早く着くし」


「そう、だな……悪い、頼めるか?」


「任せてよ!」


 俺の返答に、半龍の少女は誇示するように背の銀翼を大きく広げて見せた。


 昇降機の使えない今、天塔の長い階段を歩いて下りるよりも、ここから空を飛ぶ方が余程早く二人の元へと辿り着く。

 足手纏いとして少女に運ばれるという状況に、男としての矜持が傷つかないと言えば嘘になるが、効率を考えるとそれが最善だ。俺のちっぽけな自尊心は、己の胸に秘めておくことにしよう。


「よい、しょっと……どうかな、ジーク? 苦しくない?」


「……いや、問題ない」


 俺を抱き抱えたクリスティーネが、小首を傾げて見せる。


 背負うと翼の動きを阻害するため、こうして抱き抱えられるのは必然だ。しかし、いつも以上に近い距離感に、こんな時だというのに少し落ち着かない。

 ついでに密着感も割り増しだ。俺の全身は未だ血に塗れているわけで、こんな状態の俺を抱き抱えることになる少女には、流石に申し訳なくなる。


もっとも、当のクリスティーネは血で汚れることも全く厭わない様子なのだが。


「それじゃ、行くよ!」


 声掛けと同時に、クリスティーネが天塔から空へと飛び出した。宙に浮く独特の浮遊感と、体を撫でる風の感覚を覚える。

 俺を抱き締めて飛ぶクリスティーネに対する不安はない。俺は少女に体を預けたまま、首だけを動かして王都の様子を眺めた。


 まず目に入ったのは、立ち並ぶ建物への被害だ。幾つもの家屋が、まるで巨大な魔物に薙ぎ倒されたように転がっているのがわかる。俺達が天塔へ向かう際に通った時よりも、遥かに被害が拡大していた。

 しかし、それが魔物の仕業でないことは明らかだ。それだけの大型の魔物がいれば一目でわかるはずだが、暴れているものはもちろん、死体すら見当たらない。


 つまり、眼下に広がる街の被害は、俺が迎撃した爆発によるものだということだ。これだけの被害に抑えられたことを喜ぶべきか、それともこれほどの被害を防げなかったことを悲しむべきか。

 何にせよ、余波だけでここまでの惨状になると言うのに、直撃を受けた俺がよくぞ無事であったものだ。龍鱗の防御力に感謝する他にない。


 更に目を凝らしてみれば、散乱した瓦礫に混ざって人の姿があった。騎士を始めとした者達が救助に当たっているようだが、全く手が足りていないのは明らかだ。

 その光景に眉を顰めていると、俺を抱える腕に少し力が入った。振り向いてみれば、揺れる金の瞳と目が合う。


「ジーク……」


 懇願するような声に、それでも俺は小さく首を横に振る。


「気持ちはわかるが、今はダメだ。クリスの魔力も、そう多くは残っていないだろう?」


「……うん、わかってる」


 俺の言葉に、少女は唇を引き結んで頷きを返す。

 俺の魔力は枯渇し、クリスティーネも相次ぐ連戦によって残存する魔力は僅かなはずだ。例え薬を服用したところで、目に付く人々をすべて救うことなど出来はしない。

 何よりも、俺達には優先するべき大切な者達がいるのだ。


 そのまましばらく飛行を続けると、少しずつ倒壊した建物が少なくなってきた。どうやらここまでは、爆発の影響は及ばなかったようだ。


 やがて、視界の中に見覚えのある岩塊を捉えた。ゴロゴロと転がる無骨な黒い塊の間に、冒険者らしき者達が倒れている。

 その中に、俺の良く知る二人の少女の姿もあった。

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