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635話 黒染めの塔8

 突如として空間が爆ぜる。

 爆音とともに襲い掛かった衝撃に、俺は反応しきれず足を浮かせる。


「ぐっ?!」


「きゃっ!」


 鼓膜が破裂するのではないかと思うほどの轟音の中、小さくクリスティーネの悲鳴が聞こえた。無事を確かめたいが、俺の意思に反して視界は回る。

 爆風に煽られる体を制御しながら、俺は考えを巡らせる。


 この爆発は、衝撃の方向から考えるとおそらくはエアハルトを中心として発生させたものだ。そう考えれば、俺よりも離れた場所にいたクリスティーネに対する影響は、比較的少ないはずである。

 もちろん只人が吹き飛ばされたのであれば軽傷で済むはずもないが、クリスティーネであれば対処も十分に可能だろう。


 思考を止めないままに、俺は横倒しになった視界を目にしながら壁を床とする。そのまま足裏へと衝撃を逃がせば、悲鳴を上げるように壁に亀裂が入った。

 そうして壁が砕けるころには、どうにか爆発の衝撃をやり過ごせたようだ。そこから身を捻り、天塔の石床へと降り立つ。


 前方へと顔を向ければ、瓦礫の舞い上がる中、視界の端で銀色の光が反射する。注視してみれば、背の銀翼でくるりと身を翻らせたクリスティーネの姿があった。その手には、光を纏わせた剣が抜かれている。

 少女は地に足を付けると同時、すぐさま駆け出した。向かう先は魔族の女達の元だ。


 爆発の直撃を受けたエアハルトの行方は気になるが、それよりも優先すべきは驚異の排除だろう。俺は練り上げた魔力の矛先を、黒衣の女達へと向けた。


「『降り注ぐ氷嵐シュトゥルム・レーゲン』! 『万象貫く炎の一矢アングリッフ・ヴェルマ!」


 瞬時に二つの魔術を顕現させる。


 まず現れたのは無数の氷弾だ。一つ一つが拳ほどの大きさで、それらが周囲の空間を埋め尽くすほどに姿を現した。

 数多の氷弾は僅かにタイミングをずらしながら、黒衣の連中へと殺到する。しかしながら、それらすべてが奴等を狙ったものではない。むしろ、狙いを外したものの方が圧倒的に多かった。


 その理由は、奴等の動きを封じるためだ。俺の放った魔弾は面を制圧するのに十二分な数で、回避するのはまず不可能だ。そもそも人間一人分の隙間がないため、物理的に避けられない。

 そうなれば奴等が取れる手段は、魔術による防御だろう。氷弾の一撃は、身体強化した俺の拳よりは威力の低いものだ。数が多いとはいえ、盾の魔術で防げないこともない。


 それを見越して放ったのが、もう一つの本命の魔術だ。

 多量の魔力が凝縮された炎の矢が、氷弾の嵐に赤い線を描く。貫通力と威力を兼ね備えた炎の魔術であれば、生半可な防御手段も打ち破れるだろう。


 これら二種の魔術を凌げるとすれば、先程女の見せた闇の回廊のような魔術くらいだろうか。

 あれは盾の魔術のように攻撃を受け止めるのではなく、対象を呑み込み別の場所へと移動させるものだ。俺の放った魔術の数が多くとも、その威力が高くとも、あれの前では意味をなさない。


 しかし、女一人分の大きさであればともかく、奴等全員を覆うほどの魔術を瞬時に展開するのは難しいだろう。

 それに、仮にそれが出来たとしても、こちらにはもう一つの手段がある。


「『光龍鱗』! 『聖光剣』! うりゃぁぁぁぁぁ!」


 氷弾幕の中、クリスティーネの体が光る。その身は一瞬にして龍鱗に包まれ、長剣からは白光が溢れ出した。

 当然のことだが、俺の魔術はクリスティーネに当たらないよう、彼女の周りを避けて放っている。その空間は唯一、俺の魔術を避けられるため、奴等にとっても安全地帯になるわけだが、そこに逃げ込めばクリスティーネに叩き伏せられるというわけだ。


 絶対不可避の攻撃が迫る中、魔族の女は動かない。

 代わりに動きを見せたのは、先程手を打ち鳴らしたのとはまた別の、残ったもう一人の子供だった。


「――無駄」


 極めて小さな声だったが、不思議と俺の元へと届いた。

 同時、その小さな両掌から赤い茨のようなものが幾本も這い出した。

 茨は瞬く間にその密度を濃くし、俺達との間を隔てるように、格子状の障壁を形成する。


 そうして出来上がった茨の壁へと、俺の放った無数の魔術が殺到した。

 茨の一本一本は、精々指二本分ほどの太さといったところだろうか。幾重にも重なれば話は別だが、それ単体の強度はそれほどのものとは思えない。

 俺の魔術はその脆弱な壁を難なく突破するだろうと、半ば確信を持っていた。


 しかし、どういうわけか氷弾は赤い茨に触れた途端、溶けるように消えていく。僅かに遅れて着弾した本命の炎弾すら、茨の一つも貫けない始末だ。

 あの茨の強度が俺の予想を上回った、などという単純な話ではないだろう。ただ硬いだけであれば弾かれるはずが、魔弾は茨に吸い込まれるように消えていったのだから。


 茨を操る小柄な、恐らくは少女が、その腕を軽く動かせば、赤い茨は壁を形成したままに、一部の姿を変えて迫るクリスティーネへと襲い掛かった。

 対して半龍の少女は勢いを緩めることなく、輝く長剣を振り切る。そのたった一振りで、その身に迫る茨は易々と断ち切られた。


「えっ――」


 しかし、クリスティーネは驚いたような声を漏らし、勢いを鈍らせる。その手に握る長剣は健在だが、その輝きは失われている。さらに、茨の残滓が掠めた部分の龍麟が、削り取られていたのだ。

 それでも、クリスティーネ自身に負傷はなかったらしい。半龍の少女はぐっと剣を握り直すと、その身を屈めて前へと踏み込む。


 そうして駆ける半龍の少女へと向けられたのは、先程とは異なる黒い茨の群れだ。闇色の茨が深紅の網壁の隙間を潜り抜け、猛然とクリスティーネへと襲い掛かる。

 半龍の少女は小さく顎を引き、先程と同様に長剣を振り被る。その剣は再び輝きを取り戻しているが、魔力を練り直す時間が足りなかったのだろう、少し小さな光だ。


「やぁぁぁぁぁ!」


 少女が剣を鋭く一閃させれば、赤い茨と同様、黒い茨も軽々と断ち切られた。色は異なるものの、強度にはそう違いはないらしい。

 魔術は防がれたが、どうやら剣は有効らしい。それならば俺も接近しようと、剣を握り直したのも束の間。


「あっ?!」


 茨を斬り払うと同時、クリスティーネが剣を取り落とし足を止めた。その左手は、剣を握っていた右の手首を押さえている。

 動きの止まった少女へと、二色の茨が襲い掛かる。


「クリス! 『光の盾(リヒト・シルト)』! 『土壁(エルド・ヴァント)』」


 クリスティーネへと掌を向け、遠隔で魔術を行使する。距離が開けばその分魔力消費も大きくなり、さらには強度も下がる。その為の二重の盾だ。

 だが、俺の生み出した魔術の壁は、黒衣の少女の操る二色の茨によりあっさりと崩壊した。その光景に俺が息を呑む中、魔術の残滓を抜けて茨がクリスティーネへと迫る。少女が大きく目を見開いたのが分かった。


「――」


 茨に呑まれた少女が、声にならない悲鳴を上げる。

 赤と黒の波が去った後には、倒れ伏した少女の姿があった。

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