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634話 黒染めの塔7

 虹色の閃きと共に、切断されたヴォルフの両腕が宙を舞う。男の握りしめていた漆黒の大剣もまた、くるくると回りながら宙を舞い、広間の天井に当たり硬質な音を立てた。

 黒い双腕は胴体から切り離されても尚、漆黒の大剣を握りしめたままだ。その断面からは血の一滴すら流れ出ておらず、まるで作り物のように見えた。


 ヴォルフは俺の龍圧に抗えず、半分ほどの長さになった黒の両腕を掲げた体勢から動かない。今ならその首を撥ね飛ばすことも、心臓に剣を突き立てることも容易だ。

 俺は反射的に止めを刺さんと剣を引き戻し、振り切る寸前でその手を止めた。


 両腕を失ったヴォルフは、既に脅威ではない。

 特段生かしておく理由はないし、これまでのことを思えばここで殺しておく方が、後々の問題にはならないだろう。だが、こいつらの目的もまだわかってはいないのだ。

 殺すことはいつでもできるが、情報を引き出すほうが先だ。それに、あの魔族の女のこともある。短絡的に殺すよりは、少しでも利を見出したい。


 しかし、両腕を失ったにもかかわらず、ヴォルフは苦痛を感じている様子がない。切断面から血が流れないことからも、あの腕はただ色が異なるだけではなく、根本から普通のものとは違うのだろう。

 それならば、もう少し戦意を奪っておくべきだ。


 俺は片手を剣から離して握り込むと、ヴォルフの顔面へと思い切り叩き付けた。

 大男はその場から一歩も動けず、無抵抗のまま俺の拳を受ける。


「ぶはっ!」


 男の体が勢いよく吹き飛び、石床に叩き付けられ跳ねる。鼻の骨が折れたようで、潰れたそれから鮮血が勢いよく飛び出した。

 俺は内心すっきりとした思いを感じつつも、龍鱗を解除し倒れ込んだ男へと素早く駆け寄る。そうして男の厚い胸板を踏みつけ、その首筋へと剣を当てた。


「ぐっ」


「今すぐ魔人を大人しくさせろ」


 最初に要求するのは、魔人への命令だ。あの二体の魔人が、魔族の女に従っていたのは明らかだ。

 それならば、動きを止めることだって可能だろう。もっとも、ヴォルフにも命令が可能なのかは不明だが。


 しかし、そんな俺の考えは杞憂に終わった。


「その必要はない。魔人は仕留めた」


「こっちも終わったよ、ジーク!」


 その声に顔を上げてみれば、俺達から少し離れた左右からこちらへと歩み寄るクリスティーネとエアハルトの姿があった。それぞれの後方には、石床に倒れて動かない魔人達の姿がある。どうやら二人とも、魔人を仕留めたらしい。

 ひとまず、クリスティーネに目立った外傷はなさそうだ。彼女は自身で治癒術も使えるし、怪我があったとしてもその場で治癒を済ませたのだろう。


 ついでに言うと、エアハルトも外傷はないらしい。やはり口先だけではなく、それなりの実力を有しているようだ。さすがにこの状況では怪我人を放っておけないので、治癒の手間がかからないのは助かる。

 二人の無事を確認した俺は、再び目線をヴォルフへと戻す。


「おい、さっきの女を呼べ」


 魔人が片付いたのであれば、後は魔族の女を止めるだけだ。どこに向かったのかは知れないが、ヴォルフがあの女と通じている以上、連絡手段の一つくらいは存在するだろう。


「ふん、誰が貴様なんぞの言う事を……」


 俺の言葉に、ヴォルフは憎々しげな表情を浮かべこちらを睨みつける。どうやら先程の一撃だけでは折れないくらいに、その鼻っ柱は強いらしい。もっとも、その鼻自体は折れているのだが。


「悪いが、時間も余裕もないんだ。こいつは脅しじゃない、お前に答える気がないなら容赦なく殺す」


「ぐぅっ!」


 ヴォルフの片脚へと剣を突き立てれば、男の口から苦悶の声が漏れる。

 いつまでもこいつの相手をしているような時間はない。ヴォルフが口を割らないのであれば、すぐにでも魔族の女を探しに行かなければならないのだ。無論、その場合はきっちりと止めを刺してからだが。


「もう一度だけ聞く。さっきの女の居場所を――」


「その必要はありませんよ」


 被せるようにして聞こえた声に、俺はすぐさま臨戦態勢を取った。声の方向へと目を向ければ、先程女が消えた闇色の空間から、当の本人が現れるところだった。

 さらに、現れたのはその女だけではない。女と同じような黒色のフードを被った、小柄な子供のような者が二人、女の両脇に立つ。


 小柄な者のうち、向かって右側の子供が頭の後ろで両腕を組んだ。


「あーあー、いいところだったのに、もう終わりかよ。って……」


 声色を聞く限りでは、少年のようだ。つまらなそうな口調で声を上げていた子供が、ふいに言葉を切りこちらを指差す。


「ぶっははははは! おっさんやられてんじゃん! 俺達にあれだけでかい口叩いてたくせに、そのざまかよ!」


 少年が言及しているのは、どうやら俺の足元に転がるヴォルフのようだ。魔族の女が連れてきた以上、両者に面識があるのは当然だと言える。もっとも、彼の言葉を聞く限りでは良好な関係ではなさそうだが。

 何やらゲラゲラと爆笑している少年はひとまず置いておくとして、俺は女の方へと目線を戻す。


「わざわざ戻ってきてくれるとはな」


「えぇ、仕込みは終わりましたから」


 そう言って、女は両手を広げて見せる。その手には、先程手にしていたはずの黒い水晶玉がなかった。


「仕込みだと?」


 俺は女へと問いを投げかけながら、密かに魔力を練り上げる。

 俺自身がこの女と剣を交えたことはないが、以前クリスティーネとシャルロットの二人を退けたことを思えば、油断など出来るはずがない。


「えぇ、こちらももう不要ですね」


 そう言って、女は指を鳴らす。それと同時、周囲が明るくなった。

 思わず目を見開きながら周囲の様子を確認すれば、塔の周囲を覆っていた闇の結界が晴れている。ここからだと良く見えないが、どうやら空を覆っていた膜もなくなっているようだ。


「ほら、これで全て元通りです。もう私達に争う理由はないでしょう? ヴォルフ殿を回収したら、帰りますから」


 そう言うと、女はこちらへと片手を向けた。その狙いに検討を付け足元を見れば、ヴォルフの体が闇に覆われている。この男を移動させようというのだろう。


 俺は舌打ちを一つ漏らすと同時、ヴォルフの胸へと剣を突き立てた。

 男の瞳が大きく見開かれる。

 それも一瞬のことで、瞬きの後にはヴォルフの姿は掻き消え、俺の剣は石床に突き立っていた。


「あら、あら。顔見知り相手に、容赦のないこと」


 さも意外といった声に顔を上げれば、口元を袖で覆った魔族の女の姿がある。その足元には、たった今までここにいたはずのヴォルフが転がっていた。

 男は転がったまま、ぴくりとも動かない。おそらく、止めを刺すのは間に合ったはずだ。


 だというのに、女が焦った様子を見せないのが気になる。


「まぁ、これはこれで使い道はあるので良いでしょう。では皆様、いつかまた会える日を――」


「みすみす見逃すわけがないだろう!」


 先程姿を消した時と同じように、再び闇の回廊を女が開ける。ヴォルフの回収を済ませた以上、最早用はないというのだろう。

 その逃走を阻まんと、右手側へと回り込んだエアハルトが駆け出した。その手に握った剣は光を纏っており、既に十分な魔力が溜まっていることがわかる。


 その動きに合わせようと、俺は練り上げた魔力で瞬時に魔術を構築する。

 だが、俺が動くよりも少年の方が先に動いた。


「はいはい、お疲れさんっと」


 そんな軽い口調と共に、両の掌を打ち鳴らした。

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