63話 貴族令嬢の護衛依頼2
「ここか」
俺は目の前に聳え立つ大きな屋敷を見上げながら、小さく溢した。
俺達の前には、一見しただけで住んでいる者の身分が想像できるほどに立派な屋敷が建っていた。白を基調とした三階建ての建物は陽の光を受けてキラキラと輝き、その真新しさを主張している。
屋敷の土地への入口には大きな鉄柵の扉が設けられており、その両脇には私兵が配置されている。鉄柵の隙間からは、よく刈り揃えられた芝生が覗いていた。
冒険者ギルドで護衛依頼を受注し、依頼者の居場所を聞いてやって来たのがここである。着いた時には、屋敷のあまりの大きさに思わず地図を二度見してしまったほどだ。どうやら、聞いていた場所に間違いはないらしい。
両隣にいるクリスティーネとシャルロットも、屋敷の大きさに驚いているようだ。上を見上げて、大きく口を開けている。
「わぁ~、随分大きいねぇ。ジーク、依頼者ってここで間違いないの?」
「あぁ、どうやらそうらしい」
屋敷の大きさに尻込みしていても仕方がない。俺は意を決すると、門の脇に立つ私兵へと近寄る。
「すまない、護衛依頼を受けた冒険者だが、取り次いで貰えるだろうか?」
「冒険者の方ですね、少々お待ちください」
私兵の男はそう言うと、もう一人の私兵をその場に残して屋敷へと入っていく。残された俺達は、やることもないためぼんやりとその場で待つのみだ。
屋敷は大きく、中もさぞ広いのだろう。それなりの時間待たされたところで、ようやく屋敷の扉が開いた。
屋敷から出てきたのは先程の私兵と、一人の男性だった。白いひげを生やした白髪の男性は執事服を着こなし、いかにも執事ですといった雰囲気の老紳士だった。俺達へと近づく足取りは確かで年齢を感じさせず、背筋もしっかりと伸び姿勢はお手本のように綺麗である。
その老紳士は俺達の前で足を止めると、己の胸に軽く手を当てて見せた。
「お待たせしました、冒険者の方ですね。どうぞこちらへ、御案内致します」
そう言うと、老紳士は俺達に背を向け屋敷へと歩き出す。俺はクリスティーネとシャルロットに小さく頷くと、老紳士の後を追って屋敷の敷地へと入っていった。
豪奢な扉を開けて建物へと入れば、中も外観と同じく整えられた様相だった。正面には長い廊下が続いており、専門の手の者により作り上げられたのだろう、凝った造りの魔術具の照明が煌々と道行く先を照らしていた。
老紳士の案内で廊下を進み、いくつもの扉を通り過ぎる。やがて、一つの部屋へと案内された。
その部屋は応接室なのだろうか、部屋の真ん中には大きなテーブルが設えられており、それを挟むように長いソファーが置かれている。天井には豪奢なシャンデリア型の魔術具の明かりが設置されており、その存在をこれでもかと主張していた。
壁にはいくつもの絵画が掛けられており、他にも壺などの調度品が飾られている。俺に美術品の審美眼など備わっていないが、おそらくはかなりの高額なのだろう。さして興味もないことだし、近寄らないに限る。
てっきり部屋の中に依頼主がいるのかと思っていたが、俺の予想と反して部屋は無人だった。どうやらこれから呼びに行くらしい。老紳士は俺達にソファーに腰掛けて待つように告げると、部屋を出ていった。
俺達に待つ以外にすることはないため、言われた通りに大人しく待つことにする。依頼主とは主に俺が話すことになるため、俺がソファーの真ん中に座り、左右にクリスティーネとシャルロットがそれぞれ腰掛ける。
部屋の様子が珍しいのか、二人はきょろきょろと部屋の中を見渡し始めた。
「ねぇジーク、なんていうか、高そうな部屋だね?」
「高そうというか、間違いなく高いだろうな。こういう時は、下手に動き回らないほうがいい」
下手に絵画などに傷など付けようものなら、弁償額は一体いくらになるというのか。オーク肉に換算したとしても、少なくとも百匹などでは足りないだろう。
今俺達が腰掛けているソファーもふかふかで、随分と座り心地が良い。俺が今までに座ったどの椅子よりも高級なのは間違いない。高級すぎて、体重を預けるのに躊躇するほどである。さすがに空気椅子状態には耐えられないので、素直に腰掛けてはいるが。
そうして待つことしばらく、再び部屋の扉が開けられる。自然と、俺達の視線はそちらへと向けられることとなった。
部屋へと入ってきたのは先程の老紳士と、中年くらいの男性である。仕立ての良いスーツに身を包み、卸したてのようなピカピカの革靴を履いている。
髪は整髪料でオールバックに固められ、その顔付きは自身に満ち溢れている。強者と言うわけではないが、権力者といった雰囲気を感じさせた。
「すまない、待たせたようだな」
男はそう言うと、俺達の向かいのソファーへと腰掛ける。その斜め後ろには、老紳士が男の背中を守るように立った。慣れている様子が伺える、実に自然な動作だった。
俺はその様子を眺めながら口を開く。
「いや……あなたが、護衛依頼の依頼主と言うことで間違いないだろうか?」
俺がそう問いかければ、男からは首肯が返った。
「そうだ、今回冒険者ギルドに依頼を出したユリウスという。君達が依頼を受けた冒険者で間違いないだろうか?」
「あぁ、冒険者のジークハルトだ。こちらは同じく冒険者のクリスティーネ、それからシャルロットだ」
俺の紹介に、二人は揃って頭を下げる。それを見たユリウスは、検分するように顎に左手を添えた。
俺はユリウスが口を開くより先に、一つ確認すべく続いて口を開いた。
「少しいいだろうか? ユリウスさんは貴族、だよな?」
「そうだ、今回の依頼の行先であるオストベルクの街を含んだ領地を治める貴族であり領主だ。今はこうして、王都にいるがな」
やはりか、と俺は思い返す。屋敷が建っていたのは王都でも貴族達が多く住むという高級住宅街だったし、その中でも取り分け大きな屋敷だった。さすがに領主という立場までは想定していなかったが、俺にとっては領主であろうがなかろうが、どちらも身分が上の存在である。
当然ながら、俺は日常的に貴族と接するような生活は送っていない。AランクやSランク冒険者ともなれば貴族からの依頼も来るのだろうが、俺にとってはまだまだ先の話だ。そのため、貴族と接するような振る舞いは身に付けていない。
「申し訳ないが、貴族の方に対するような言葉遣いに慣れていなくてな。不快にさせたらすまない」
ユリウスが何かを言う前に、俺は前以て断りを入れる。残念ながら、貴族特有の言い回しだけでなく、敬語すら普段使わないために怪しいのだ。クリスティーネやシャルロットにしても、おそらくは似たようなものだろう。後から相手に嫌な思いをさせるよりは、事前に白状してしまった方がいい。
そんな思いと共に口にしたのだが、返ってきたのは苦笑だった。
「構わないとも。冒険者がそう言ったことに慣れていないのは承知の上だ。こちらとしては、話の通じそうな冒険者が来て安心しているところさ。護衛依頼を全うしてくれるのであれば、多少の言葉遣い程度は目を瞑ろう」
「助かる」
俺は小さく息を吐く。場合によっては、このまま帰る可能性まであったのだ。俺は貴族と接するのは初めてだが、貴族と言うのは権力を笠に着て偉そうな物言いをするイメージを持っていた。これは、少々考えを改める必要があるらしい。少なくとも、ユリウスは随分と話の通じる貴族のようだ。
もっとも、単に俺達にそこまで興味がないということも考えられる。ユリウスが口にしたように、護衛をしてくれる冒険者なら誰でもよかったのだろう。それでも、多少の無礼くらいなら不問にする程度の懐はあるようだ。
「それでは、早速仕事の話を――」
ユリウスが言い終わらないうちに、俺達が来た廊下の方からバタバタとした音が聞こえてくる。必然的に、俺達の目は入口である扉の方へと向けられることとなった。
そうして幾ばくも無いうちに、勢いよく扉が開かれる。さらに、一人の少女が勢いよく部屋へと飛び込んできた。
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