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628話 残された二人と襲撃4

「おい! 今のはお前の仕業か?!」


 腰に吊るした長剣に手をかける冒険者の言葉に、黒衣の少年は馬鹿にするように肩を竦めて見せた。


「あーあー、この期に及んでその程度のことも見てわからないのかよ。あんたらってつくづく無意味に、ただ時間だけを浪費して生きてるよな。そんなんで恥ずかしくならないわけ?」


「なっ、なんだと?!」


 いっそ清々しいほどの物言いをする少年に対し、男は額に青筋を浮かべ吠える。言葉を向けられたのがシャルロットであればびくりと体を震わせていただろうが、同じ年頃の少年は微塵もひるんだ様子を見せない。


「聞けば何でも答えが返ってくるとでも思ってるのかよ? 少しはその足りない頭で考えろよな。ま、あんたの頭じゃ答えなんて出ないかもしれないけど」


「てめぇ、言わせておけば!」


 男の手が腰の剣を引き抜いたかと思えば、そのまま少年へと向けて駆け出した。随分と気の短いものだが、この時ばかりは私も男を止めることなく静観する。

 目の前で起こった事象や少年の言葉を照らし合わせれば、先程の爆発が彼の手によるものであることは想像に難くない。その意図はわからないが、少なくともこちらを攻撃する意思はあるとみて間違いないだろう。


 そうとなれば、彼の身柄を抑えるのは急務だ。さすがに命まで奪うべきだとは思わないが、拘束しなければこちらの身が危ない。

 問題は、彼がどのような手立てを持ち合わせているのかということだが――


「だからさ、何もかも遅すぎるんだよ!」


 少年が両手を広げるのを目にし、私は咄嗟にイルムガルトを抱き寄せた。白翼を広げ、女の体を包み込む。直後、手を打ち鳴らす音と共に巻き起こった爆風が、私達の身を軽々と吹き飛ばした。


「――っ」


 細めた視界を、崩れた建材が、黒ずんだ空が、そして悲鳴を上げる人々が次々と横切る。一塊となった私達は、ぐるぐると回転しながら瓦礫の上を数度跳ねる。

 そうして徐々に回転が弱くなったところで、背中から響く衝撃に息を詰まらせた。咳き込みながら後方を窺い見れば、元は建物を支えていたと思われる、半ばから折れた木の柱があった。どうやらこの柱に背中を打ち付けたことで止まったようだ。


 それを確認した私は、一度目を瞑り息を整える。

 大丈夫だ、痛みはあるけれど体は動く。吹き飛ばされたのは先程と同様なわけだが、今回は少年の動作を見ていたために、身体強化を強めるのが間に合ったのだった。


「イーちゃん、大丈夫?」


「え、えぇ、ありがとう」


 私の白翼の中から、イルムガルトが顔を見せる。彼女に新たな怪我はなさそうなあたり、今度は上手く庇うことが出来たようだ。

 多少鍛えたとは言え、イルムガルトの体力は現役の冒険者にはまだまだ及ばないものである。先程のような爆風を何度も受ければ、怪我だけでは済まなくなるだろう。


 彼女が無事であることに安堵の息を吐き出し、私は目線を移す。向けた先は、先程黒衣の少年へと向かった冒険者の男がいた場所だ。

 先程の爆発によるものだろう、重なっていた瓦礫が半球状に抉れている。そこにいたはずの男は、爆風に吹き飛ばされたのか姿が見えない。


「どうすれば……いえ、そもそも何が起こってるの……」


 腕の中、イルムガルトが微かにその身を震わせる。少し混乱している様子だ。

 彼女は私達と共に旅をする中で、度々魔物と戦う姿は見てきた。けれど、こんな風に自身の身が危険に晒されるような機会はなかったのだ。今みたいに暴力的な魔術をその身に受ければ、恐怖を感じるのも無理はない話である。


「むぅ……」


 私はイルムガルトの背を軽く撫でながら、黒衣の少年の様子を窺う。

 彼はギルドの建物を吹き飛ばした時と、居合わせた冒険者の男を襲撃した時で、既に二度も強力な魔術を使用していたのだ。保有する魔力に限りがある以上は、そう何度も同じような爆発の魔術を使えるはずがない。


 そう考えたからこそ、私は先程の冒険者が少年へと向かうのを静観していたのだ。だというのに、三度目の攻撃は先の魔術と変わらぬ威力を秘めていた。

 さらに、少年の様子を見る限りでは、まだまだ余力があるらしい。もうあと何度か、同じ規模の魔術が使用できると考えておいた方が良さそうだ。


 どうするべきかと周囲を窺い見れば、居合わせた冒険者達が互いに目線を交わし合っていた。冒険者というのは得てして好戦的な者達だ、彼らは一様に逃げるという選択肢を持ち合わせていないらしい。

 各々が武器を手に、黒衣の少年を取り囲むように広がり始める。碌に言葉も交わしていないというのに、彼らの動きに迷いはない。一斉に向かうことで、少年に的を絞らせないようにしようというのだろう。


 建物が吹き飛ばされたことで周囲は開けており、当然ながら彼らの動きは少年にも筒抜けだ。けれど、少年はそれを咎めることなく、ただ余裕を感じさせる佇まいで大仰に両手を広げて見せた。


「ちょっとちょっと、あんた達みたいな大人が、俺みたいな子供相手に何ムキになってるの? それとも何、揃いも揃って加虐趣味でもあるわけ?」


 相も変わらず少年は挑発的な言葉を投げかけるが、既にそれをまともに取り合う冒険者はいなかった。冒険者達は目配せだけで連携を取り合い、黒衣の少年を半円状に取り囲んだ。

 ただ、やはり先程の爆発を警戒しているのだろう、そこから先を踏み出す者がいない。互いを横目で窺い合い、先陣を切る者が現れるのを待っている。


「……イーちゃん、危ないから隠れてて欲しいの」


「フィナ? まさか、あなたも?」


 イルムガルトの問いに小さく頷きを返す。

 あの少年を取り押さえるためには、今は一人でも頭数が多い方がいい。特に、空を飛べる私であれば他の冒険者達よりも少年に近寄るのは容易なはずだ。


「……わかった、気を付けるのよ」


 僅かな逡巡の後、イルムガルトが私へと小さく声を掛け、ゆっくりとこの場から遠ざかり始める。少年の注意が冒険者達に向いている今であれば、真っ先にイルムガルトが狙われるようなことにはならないだろう。

 それを横目に、私は背の白翼を大きく広げた。

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