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627話 残された二人と襲撃3

 言葉に釣られ、私は声の聞こえた方向へと顔を向ける。そちらには、先程の声の持ち主であろう、小柄な人影が一つあった。

 背丈はシャルロットとそう変わらなさそうで、あの子よりも掌半分くらい高い印象だ。その身に纏っているのは、なんだかどこかで見た覚えのあるような真っ黒のローブである。


 フードを被っているため顔を見ることは出来ないけれど、体格や先程の声からすると、年齢もシャルロットと同じ頃の、おそらく少年だと思う。

 傍には連れのような者はおらず、どうやら一人の様子だ。魔物が町中に姿を見せている今、少年が一人で歩き回るのは危険だと言えるだろう。冒険者ギルドの中にいれば安全だっただろうが、建物はたった今壊れたばかりだ。


 建物に埋まった人の救助を優先するか、それともあの少年を保護しに動くべきか。一瞬判断を迷う私の視界の中、黒衣の少年がつまらなそうな様子で頭の後ろで腕を組んだ。


「あーあー、どうすっかなー。ギルドとか言うのを潰せとか言われたけど、こんな簡単でいいもんかなー。あれってこいつらが俺達の邪魔をしないようにしろってことだろ? そう言う意味だと、この状況って微妙だよな? まだこいつら、結構な人数ぴんぴんしてるし。やっぱ掃除って言うのはさ、中途半端にするもんじゃないって俺は思うんだよな。な、おっさん、あんたもそう思うだろ?」


 何やら長々と独り言を話していたかと思えば、少年は私から少し離れたところにいた、体格の良い強面の冒険者へと話しかけていた。

 いきなり同意を求められた男は、少年の声に怪訝な顔を見せる。その様子を見る限りでは、どうやら二人に面識があるというわけではなさそうだ。


「あん? 何だ、お前? 見ての通り俺は忙しいんだ!」


 中腰で瓦礫に手をかけたまま、少し苛ついた様子で男が返す。対する少年は苛立ちを隠さない男の声に微塵も怯んだ様子もなく、フードの陰から僅かに口元を持ち上げて見せた。


「あーあー、俺にそんな口利いていいわけ? 誰がここを潰したか、わかってないみたいじゃん」


「わけのわからないことを……ガキは引っ込んでろ!」


 それだけ言うと、男は少年から目を逸らして足元へと目を落とす。

 そんな冒険者の様子に、少年はつまらなそうに腕を下ろした。それから、他の冒険者へと目を移す。周囲の冒険者達はそんな少年の様子に気が付いた様子もなく、救助作業を続けていた。


「何してるの、フィナ? 私達も手伝いましょう」


「あ……うん、そうするの」


 イルムガルトの声に、私は少年から目を放して建物の残骸へと向き直った。目を凝らしてみれば、建材の隙間からこちらへと手を伸ばす女性のギルド職員の姿が目に入る。まずは彼女から助け出そう。

 女性の方へと歩み寄り、腰を落として状態を見る。女性の意識ははっきりしているものの、どうやら体が瓦礫の間に挟まり抜け出せないそうだ。


 女性に安心するよう声を掛けながら、私は大きめの瓦礫へと手をかける。普通には持ち上がらないような瓦礫だって、身体強化があれば楽々、とまではいかないけれど、動かすことは出来るのだ。

 そうして大きな瓦礫を一つ、脇へと除けた私の耳へと、再び少年の声が届く。


「まったく、どいつもこいつも、まるでわかっちゃいないな。折角、俺が親切にも対話をしてやろうってのに……いいぜ、どうせまだ時間はあるんだ。お前ら全員、ゴミと一緒に掃除してやるよ!」


 その声に、私は思わず目線だけを少年の方へと向ける。少年は何やら、その場で大きく両手を広げていた。

 何の遊びを始めたのかはわからないけれど、構う必要はないだろう。そう判断し、私はすぐに目線を女性の方へと戻した。


 そして次の瞬間。


「ばん!」


 少年が大きく声を上げると同時に、視界の端で勢いよく両手を打ち鳴らしたのがわかる。


 それと同時、天と地が逆転した。


「――っ?!」


 何が起きたのか、全く理解が出来ない。

 一瞬で真っ白になった思考が、突然の痛みによって覚醒する。


「――うっ、やっ、あぅ」


 衝撃を受ける度、無意識に声が漏れた。二度、三度と体を打たれ、私は何とか受け身を取る。そうなってようやく、私は自身が突然生じた爆発に吹き飛ばされたのだと理解した。

 ふらつく頭に片手を添えながら、どうにか上体を起こす。そうして揺れる視界の中、自身の体を見下ろした。


 今の私の服装はギルドに来る前に宿で着替えた旅装だが、結構丈夫な作りのはずのそれは、先程の衝撃であちこち破れてしまっている。ひりひりとした痛みを感じることから、体にはいくつもの擦り傷がありそうだ。

 けれど芯に響くような痛みはないことから、幸いにも骨が折れるようなことはなかったらしい。羽が幾らか抜けてしまったが、自慢の白翼も健在だ。それを確認し、ほっと胸を撫で下ろす。


「……そうだ、イーちゃん!」


 私は弾かれたように顔を上げた。

 イルムガルトは私のすぐ傍に居たのだ。先程の爆発に私が巻き込まれたのだから、当然彼女も私と同じように吹き飛ばされていることだろう。


 イルムガルトの姿は、探すまでもなくすぐに見つかった。私から少し離れた瓦礫の上に、仰向けに横たわっている。長い青髪が、大きく乱れ広がっていた。

 私はすぐさま立ち上がり、直後に一瞬ふらつきながらも彼女の元へと急いだ。


「イーちゃん、大丈夫?!」


 腰を落とし、イルムガルトへと声を掛ける。女はその身を震わせるように身動ぎをしており、少なくとも生きているという事実に私は安堵した。


「う……フィナ? ……何が、起こったの?」


 イルムガルトも体を打ち付けたのだろう、先程の衝撃で上手く体が動かないようだ。瓦礫で切ったのか、額からは血が流れている。それでも意識ははっきりしているようで、覗き込む私と目線を合わせてくれた。

 私は倒れ込んだイルムガルトへと手を差し伸べ、彼女を瓦礫の上へと座らせてあげる。


「フィーもよくわかってないの。ただ……」


 イルムガルトの背を支えながら、私は漆黒のローブを身に纏う少年へと目線を移した。

 先程の爆発が生じたのは、彼が手を打ち鳴らすのと同時だった。魔力を練り上げるような様子はなかったが、彼の使用した魔術だと考えていいだろう。


 狙われたのは、少年が話しかけていた冒険者だろう。そこまで見立てに自信はないが、先程彼がいた場所を起点に爆発が生じたように思う。

 少し離れた場所にいた私達が大きく吹き飛ばされたのだ、彼の受けた衝撃はどれほどのものか。姿は見えないが、彼はどうなったのだろう。


「あの子がやったの? でも……」


 イルムガルトが訝しむような表情を見せた。

 彼女の言いたいことはわかる。少年の意図がわからないのだ。彼はいったい、何のためにこちらを攻撃してきたのか。


 町中での攻撃魔術は原則として禁止されている。そんなことは子供でも知っていることだ。

 もちろん、町に魔物が現れるような異常事態とあってはそんなことも言っていられないと、私達はもちろん周りの冒険者達だって今は魔術を使用している。


 しかし、それは相手が魔物であるからだ。その矛先を人に向けることなど、あってはならない。

 だというのに、あの少年は明確にこちらを攻撃する意思を持って、魔術を行使した。それはどういう目的があってのことだろうか。


 先程のような爆発の魔術を使うとあっては、下手に刺激するのは危険だろう。軽率な行動は取れないと、私はイルムガルトを支えたまま、この場から動かず少年の様子を注視する。

 そんな中、先程少年に話しかけられたのとは別の冒険者が、少年へと鋭い目を向けた。

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