618話 王都と巨岩獣4
俺達が魔術を発動すると同時、それを予め予想していたクリスティーネ達は、すぐさまその場から距離を取った。その場には、巨岩獣がただ一匹だけ残される。
魔物も突如として頭上に現れた氷塊に気が付いたのか、その頭部を空へと向ける。しかし、気付いた時には既に回避は不可能だ。
「行けっ!」
腕を振り下ろせば、応じるように氷塊が動き出す。
勢いよく落下した氷の大槌が、巨岩獣の頭部を打ち抜く。大槌はその一撃で役目を終え砕け散るが、それと引き換えに魔物に膝をつかせた。
その一撃だけでは終わらない。
二つ目、三つ目の大槌が間髪置かずに振り下ろされる。
そこから先は殴打の乱舞だ。
無数の氷槌が、豪雨のように巨岩獣へと降り注いだ。
打撃音が連続し、振動が断続的に響く。
砕けた氷塊と砂塵が混ざり合い、ただでさえ暗い視界がますます奪われた。
粉塵のヴェールに覆われた中、ただ衝撃音だけが響き渡る。氷槌はその数を次々と減らしていき、最後の一つが一際大きな音を立てて砕け散った。
先程まで響いていた轟音が、嘘のように消え去る。視界は悪く、標的の状態を確かめることは出来そうにない。このまま無闇に魔物へと近寄るのは愚策だろう。
俺は魔力を練り上げ、軽く腕を一振りする。その動きに合わせるように、緩やかに風が巻き起こった。
魔術によって起こされた旋風により、立ち込めていた砂塵が上空へと巻き上げられる。晴れた視界の中、俺とシャルロットによって行使された魔術の成果が広がっていた。
黒い水溜まりの上に、魔物だった岩塊がゴロゴロと転がっている。大小いくつもの瓦礫と化したそれらは今ではただの岩にしか見えず、ぴくりとも動く様子はない。
「やっつけたかな?」
銀の翼を動かしながら、俺の側へとクリスティーネが舞い降りる。その言葉に、俺は小さく顎を引いて見せた。
「……そうみたいだな」
言葉を返しながら、俺は剣を手に持ったままゆっくりと地に転がる岩塊の方へと歩み寄る。おそらくは仕留めたと思うのだが、油断は禁物だ。
岩塊の一つ、両手で抱えるほどの大きさのそれの前で立ち止まり、軽くつま先で小突く。返るのは硬い感触のみだ。
どうやら俺達が相対していた巨岩獣は、完全に事切れているらしい。まぁ、これだけ粉々に砕けばそれも当たり前の話か。
その事を確認した俺は、岩塊に背を向け少女達の方へと振り向いた。
「二人とも、怪我はないか?」
魔物から距離を取って魔術を行使していたシャルロットは問題ないが、至近距離で囮となっていたクリスティーネとアメリアの二人は、怪我をしていたとしてもおかしくはない。
そんな俺の問いに対し、二人は揃って頷きを返した。
「大丈夫、何ともないよ!」
「えぇ、平気よ」
クリスティーネは笑顔で両手をぐっと握って見せ、アメリアは両腕を組んで片足へと体重を預ける。二人の表情は明るく、その姿を見ても負傷らしい負傷は見当たらない。どうやら上手い事、魔物の攻撃をすべて躱しきっていたようだ。
それらを確認した俺は一つ頷きを返すと、少女達から周囲へと目線を移した。
俺達は無事に巨岩獣を倒すことが出来たのだが、それは複数いた魔物の一匹に過ぎない少し離れた通りの向こうでは、未だ暴れ回る二匹の巨岩獣の姿があった。
それぞれの巨岩獣には、既に複数人の冒険者達が相対している。しかし、その様子を遠目から見る限りでは、未だ討伐は敵わないようだ。
とは言え、冒険者達だってただ手をこまねいていたわけではない。比較的優勢に事を進められているのは、向かって右側だろうか。
土の魔術によってその場に四肢を縫い留められた巨岩獣へと、二人の冒険者が無骨なハンマーを叩きつけている。魔術による援護も加わり、既に魔物は半壊といったところだろうか。あの様子であれば、時間はかかるものの討伐は可能だろう。
問題は、もう一匹の巨岩獣だった。損傷らしい損傷もなく、その巨体を存分に生かして暴れ回っている。
相対するのは六人の冒険者だ。魔物から若干の距離を置いて、主に魔術による足止めを試みている。しかし、巨岩獣に対してはあまり有効打がないのだろうか、あまり効果はないようで苦戦しているらしい。
手助けをするのであれば、あちらがいいだろう。
「皆、次はあっちだ!」
「うん!」
少女達へと振り向き声を掛ければ、応じるように言葉が返る。それを受け、巨体の魔物の方へと一歩踏み出した時だった。
耳をつんざくような轟音と共に、俺達が今まさに相手取ろうとしていた巨岩獣が爆ぜた。




