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617話 王都と巨岩獣3

 巨岩獣には、通常の生き物のような瞳は存在しない。ただ頭部に二か所、通常なら目のある位置に空洞がぽっかりと空いているだけだ。

 だが魔物の専門家によれば、巨岩獣にはしっかりと視界が存在し、それによって物体を判断しているという。空洞が目の役割を果たしているのか、はたまた全く別の方法で見ているのかは未だ謎だ。


 そんな巨岩獣と、俺は目が合ったように感じていた。頭部に空いた空洞が、俺の姿を捉えているように見える。

 先程まで、この岩石の魔物は足元の俺達に構わず歩みを進めていた。しかし、こうして俺の方へと顔を向けるあたり、どうやら俺達の存在に気が付いたらしい。


 さて、ここから巨岩獣はどういった行動に出るだろうか。俺は何時でも動けるよう、剣を握り直し腰を落とす。

 そこへ、巨岩獣が突如として右の拳を俺へと向けて突き出してきた。


 この魔物からはあまり意志のようなものが感じられず、そのせいで俺は若干、反応が遅れた。

 それも一瞬のことで、俺はすぐに回避行動を取る。

 巨岩獣の繰り出す拳はそれなりの速度だ。見た目は遅く見えるものの、その巨体故に見た目以上に速い。


 とは言え、結局のところそれなりの速度にしか過ぎない。

 俺は迫る大質量の岩塊を、余裕を持って躱した。

 巨岩獣の拳はその動きのまま、先程まで俺のいた場所を正確に打ち抜く。

 衝撃音と共に、足裏へと振動が伝わる。それだけで、今の一撃の破壊力が想像できた。


 一拍の後、巨岩獣が拳を引く。その様子を目に、俺は思わず瞳を細めた。

 巨岩獣が拳を打ち付けた箇所は、大きく地面が陥没していたのだ。もしもその場から動かなければ、いくら身体強化があるとはいえ全身の骨が粉々に砕けていただろう。


 まさしく、龍にも匹敵するのではないかと思える膂力だ。それ自体は、明確に脅威だと言えるだろう。

 しかし、その動きは俺からすると実に緩慢なものだ。迫る追撃を躱しながら、俺は魔物の腕へと剣戟を浴びせかける。


 僅かに岩皮を削り、体勢を立て直すべく俺は魔物から距離を取る。そこへ、少女達が並び立った。


「むぅ、攻撃自体は遅いんだけど……」


「いくら何でも硬すぎるわ、足が折れそう」


 アメリアが不貞腐れたような様子で、己の足を撫でる。

 俺が巨岩獣の注意を引きつけている間に、クリスティーネ達も魔物へと攻撃を加えていた。しかし、どちらもあまり効果的ではなさそうな様子だったのだ。


 やはり、剣技や体術で相手をするのはなかなか難しいところがある。幸いなのは、向こうの攻撃もしっかりと注意をしてさえいれば当たらないということだろうか。


「まぁ待て、そろそろシャルロットが――」


「『大氷槌アイス・グロース・ハマー』!」


 俺が言い終わらない内に、後方から鈴を転がすような声が響く。氷精の少女が、魔術を使用する際の掛け声だ。

 それと同時、巨岩獣の頭上に巨大な氷塊が生み出される。俺が両手を広げたくらいの直径になる円柱状の氷塊、その半ばからは持ち手となる氷の棒が細長く伸びる。端的に言えば超巨大なハンマーであった。


 中空で振り被られたような氷の大槌は、見えない巨人に操られているように巨岩獣へと振り下ろされた。

 その大槌の口、要は打撃面が巨岩獣の頭部へと吸い込まれるように打ち付けられる。

 耳を刺すほどの打撃音と共に、衝撃が空気を伝わり俺の体を叩く。


「あっ!」


 クリスティーネが思わずといった様子で声を上げる。

 視界の中、氷槌が粉々に砕け散る様子が見えた。巨岩獣の硬さに、氷塊が負けたのだろう。


 それでも、巨岩獣も無傷というわけではなさそうだ。氷槌の質量には抗えず、バランスを崩した石像はその場に尻餅をつく。ドスンというのも可愛いほどの音と共に、地響きが足元を揺らした。

 その頭部には、多少のひび割れが発生しているように見える。もう何度か今のような打撃を浴びせれば、魔物を粉砕することも出来そうだ。


「クリス、アメリア、陽動を任せてもいいか?」


 巨岩獣の動きはある程度見ることが出来た。あの様子であれば、俺が前線を張らなくとも二人であれば十分に魔物の動きに対応することが可能だろう。

 俺の問いに、二人は揃って頷きを見せた。


「大丈夫!」


「平気よ!」


 二人とも、自信満々といった様子だ。これなら任せても平気だろうと、俺は一つ頷きを返す。

 それから再び巨岩獣へと向かう二人を前に、俺は反対に後ろへと下がった。そうして、シャルロットの隣へと立つ。


「シャル、合わせてくれ!」


「はい!」


 少女へと片手を差し出せば、間を置かずに小さな手に取られた。そうして手をつないだまま、俺は一気に魔力を練り上げる。


「『現界に属する氷の眷属よ 万物悉く凍て尽くす魔の力よ』」


 俺とシャルロット、高低差のある二つの声が調和する。

 前方ではクリスティーネが巨岩獣の周りを飛び回り、その注意を惹いている。巨岩獣は少女を叩き落とそうと岩腕を振り回すが、身軽な半龍の少女はひらりと中空で身を捻り、悠々とそれを躱していた。


「『我がジークハルトと』」


「『シャルロットの名の元に』」


 溢れる魔力が渦となり、漏れだした冷気が肌を撫でる。

 巨岩獣は足元のアメリアへと向けて、その巨腕を振り下ろした。赤毛の少女は跳び上がってそれを回避すると、そのまま巨岩獣の腕を伝って魔物の体を登っていく。


「『唱和せよ 顕現せよ 彼の者を数多なる大槌で叩き潰せ』!」


 魔物の肩まで登り詰めた少女は、その勢いのままに巨岩獣の顔面へと強烈な襲撃を浴びせかけた。しかし、通常の岩石であれば蹴り砕けるほどのそれも、魔物の硬質な体には効果が薄いようだ。

 アメリアを振り落とそうと巨岩獣は腕を上げ、少女はそれを躱して地上へと飛び降りる。


「『|連鎖する大氷槌《ライヒェン=アイス・グロース・ハマー》』」!


 俺と少女の掛け声に合わせ、巨岩獣の頭上にいくつもの氷槌が生み出された。

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