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607話 半龍の少女と天の塔

「ん~、風が気持ちいいね!」


「景色もいいしな」


 陽がその高度を徐々に下げる中、俺はクリスティーネと隣り合って座り、眼下の景色を見下ろしていた。俺達の目の前には今、王都の広大な景色が広がっている。

 俺達が今いるのは、天塔と呼ばれる王都でも随一の観光名所だ。


 天塔と言うのは、端的に行ってしまえばものすごく高い塔である。王都のほぼ中心、噴水広場のすぐ近くに聳え立つ、通常の家屋を何軒も積み重ねたほどにもなる高さの塔だ。

 今よりもずっと昔、権力の象徴として建てられたという話だ。一方で、一説によると王都が出来るよりも前に存在したというが、前後関係から言って、王都の発展に合わせて作られたというのが正しいだろう。


 出来た当初は限られた者しか入れなかったと聞くが、今では入場料を払えば誰でも入れるようになっている。天塔の最上階は半個室状に区切られており、人目を気にせず景色を楽しむことが出来る。

 そんな場所だからこそ、恋人同士や家族で足を運ぶ者が絶えず、人気の観光名所となっているわけだ。デートの最後に訪れるには、打って付けという事である。


 備え付けのベンチに腰を下ろし、俺はクリスティーネと肩を寄せ合う。春らしい温かな風が、少女の輝く銀髪を柔らかに持ち上げた。


「ふぅ……今日は楽しかったね、ジーク!」


「あぁ、本当にな。クリスとこうやって二人で出掛けるのなんて、いつ振りだろうな?」


 普段は、少なくとも三人以上で行動することが多いからな。ここ数日のように、意図的に二人で出掛けるような状況を作らなければ、なかなか二人きりという状況は実現しないのだ。

 半龍の少女は、どこかリラックスしたように俺の肩へと体を預けた。


「あ~あ、もう今日が終わっちゃうのかぁ……折角、ジークと二人でお出掛けだったのになぁ」


 クリスティーネが至極残念といった様子で、溜息を吐き出す。そんな少女の肩へと俺は腕を回し、そのまま軽く銀の髪へと手を置いた。


「なぁに、また王都に戻ってきたときにでも、時間を作ればいいだろ?」


「そっか、そうだよね!」


 俺の言葉に、半龍の少女は笑顔を作る。別に、今日が最後というわけではないのだ。

 イルムガルトの故郷に向かう旅に出る以上、しばらくは無理だろうが、王都に帰って来ればまたこうやって二人で出掛ける機会も作れることだろう。


 それからクリスティーネは再び正面へと目線を戻し、王都の光景を眺める。風に銀髪が揺られ、少女は片手で髪を軽く押さえた。


「イルマちゃんの故郷……えっと、メーアベルクだっけ? どんなところなんだろうねぇ?」


「そうだな……俺も海の傍の町には行ったことがないからな」


 そもそも俺の行動範囲というのは、クリスティーネ達と出会うまでは王都からほど近い町や村にしか過ぎなかったのだ。フィリーネの出身村や帝国みたいな遠出をしたのも初めてで、海の近くなど通りかかったこともない。

 実際、どのようなところなのだろうか。家屋なども王都とは異なるだろうし、気候も違うだろう。川魚はそれなりに食べたことはあるが、海の魚はまた別なのか。


「海って、普通の水じゃなくって塩水なんだっけ?」


「そうらしいな」


「それが、見渡す限り広がってるんだよね?」


 そう言って、少女は片手を広げて見せる。眼前の景色に、海を思い浮かべているのだろう。

 俺も、海というものの見た目は絵でしか見たことがない。見渡す限りが水というのは、どんな景色なのだろうか。地平線……いや、海の場合は水平線というのだったな。それもまた、陸とはまた違う光景なのだろう。


「楽しみだなぁ……泳げたりするのかな?」


「川みたいに泳げるとは聞くな。火の属性の強い土地だし、海に入っても寒いということもないと思うぞ。魔物は心配だが」


 陸と同じように、海にだって魔物は存在するだろう。攻撃性の強い魔物がいれば、呑気に海でなど泳げないだろうな。さすがに、海の中では剣もほとんどの魔術もあてにはできない。

 もっとも、そう言った魔物はそれなりの大きさであるものだ。あまり小さな魔物は、人を襲うこともないからな。


 そんな大型の水棲魔物が、陸の近くに出るとも思えない。水深の問題があるからな。船で沖にでも出なければ、浅瀬で泳ぐ分には問題ないだろう。


「クリスは泳げるんだったか?」


「うん、川でよく遊んでたから! ジークは?」


「俺も人並みには泳げるつもりだ」


 故郷の村のすぐ傍には、そこそこ大きな川が流れていたのだ。夏場の暑い日なんかは、いつも川で水遊びをするものだった。何度か流され溺れかけたことがあるというのは秘密だが。

 そんな経験のおかげで、一応それなりに泳げるようにはなったのだった。クリスティーネも、似たような経験をしたのだろう。


「えへへ、それじゃ海に行ったら競争しようね!」


「おっ、勝負か? いいぞ」


 競争を挑まれれば、受けないわけにはいかない。もっとも、俺は泳ぎにはそこまで自信があるわけではないので、普通に負ける可能性もあるのだが。まぁ、別に泳ぐ速さを誇っているわけでもないから、別に構わない。

 それから少女は、一つ深呼吸をする。少女との間に沈黙が流れるが、気まずい物ではなく、むしろ心地いいほどだ。


「……こんな日が、ずっと続くといいね」


「そうだな」


 小さな声に、言葉を返す。

 腕に伝わる温もりに、何とも言えない安心感を感じる。何と言うか、ちょっといい雰囲気だ。


「……ねぇ、ジーク」


 俺を呼ぶ声に顔を向ければ、金の瞳と目が合った。光を受け輝く瞳には、どこか期待するような色が見える。

 どちらからともなく、俺達は顔を近づける。


 やがて、その距離が零へと近付き――


 ――突如として、天塔全体が大きく揺れた。

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