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606話 いけ好かない男

「えへへ、今のお店も美味しかったね! 次はどこにいこっか?」


 そんなことを口にしながら、クリスティーネがとても良い笑顔を俺へと向けてくる。

 少女と共に王都を巡り始めて早半日、今は三軒目の甘味処から出てきたところだ。


 絶好調といった様子の少女に対して、俺は既にいっぱいいっぱいだった。一軒目のパンケーキ屋の段階で、かなり腹は満たされていたのだ。そこから追加で二軒も回れば、最早余裕など幾ばくも無い。

 だというのに、この半龍の少女は普段と変わらない、いや、ますますの上機嫌を見せていた。それ自体は喜ばしいことなのだが、この子の胃袋に限界というものはないのだろうか。


 甘味は別腹と良く言うが、クリスティーネは別腹が二つも三つもあるのではないか。少なくとも、今のところは苦しそうな様子を見せず、心底食事を楽しんでいるようだ。

 とは言え、ついて行く俺の方は必死である。俺から誘ったことではあるものの、ここらで少し食休みを挟みたい。


「なぁクリス、少し休憩を――」


「あっ、屋台だ!」


 俺の言葉が聞こえていないのか、クリスティーネは明るい声を上げ駆け出してしまった。その行方を目で追ってみれば、そちらには確かに串焼き屋の屋台があった。どうやら少女にはまだまだ余裕があるらしい。

 これは、俺も一緒に食べることになるのだろうな。まぁ、ここまで甘味続きだったところに、塩気が入るだけマシだと考えよう。どうせ、今日は改まって昼食を食べることはないしな。


 そう思い、俺がクリスティーネの後を追おうと、一歩踏み出した時だった。


「おや、ジークハルトくんじゃないか」


 俺の名を呼ぶ声に、その場で足を止め振り返る。そこには二人の男がいた。

 一人は、一応は顔見知りと言っても良いだろう男だ。金髪の美丈夫で、佇まいから只者ではない強者の雰囲気を感じさせる。王都で活躍するSランク冒険者の一人、レオンハルトだ。まさか、二日連続でSランク冒険者に会えるとは。


 もう一人は、俺とレオンハルトの丁度中間くらいの年頃の、少し影のかかった茶髪の男だ。見たところ、この男もおそらく冒険者なのだろう、日頃から鍛えていることがわかる体つきをしている。

 見た目だけでは実力は測れないものの、レオンハルトほどではないがそれなりの強者だということが窺えた。


「レオンハルトか、久しぶりだな」


 そんな風に言葉を返したところ、茶髪の男がクワッと目を見開いた。


「お前! レオンハルトさんに対してその態度はなんだ! 敬語を使えよ、敬語を!」


「……そう言われてもな」


 基本的に、冒険者の間では上下関係のようなものはない。もちろんランクによって実力差がはっきりとしているため、低ランクの者が高ランクの者を敬うようなことはある。とは言え、それは低ランクの者が自主的に行っていることだ。

 粗暴なものが少なくはない冒険者界隈では、殊更喧嘩を売るような口調でさえなければ、少々乱暴な物言いでも許されるのが普通である。俺くらいの言葉使いであれば、むしろ丁寧な方だ。


「そう怒るな、エアハルト。私は何とも思っていない。彼に畏まられては、むしろ私が困ってしまうよ」


「……レオンハルトさんがそう仰るのであれば」


 レオンハルトの言葉に、エアハルトと呼ばれた男が身を引く。

 今のやり取りだけでも、大体の関係性が窺えた。要は舎弟のようなものなのだろう。レオンハルトが進んでそう言う相手を作るようには見えないので、エアハルトが一方的に慕っているのだろうな。


 そう考える俺の前で、レオンハルトが苦笑を見せる。そんな表情も絵になりそうだ。


「すまないな、彼はどうも私のこととなると熱くなってしまうらしいんだ。気を悪くしないでくれ」


「いや、気にしていないさ」


 そう言って、俺は肩を竦めて見せる。

 確かに、初対面の相手から怒鳴られればいい気はしないものの、精々「何だコイツ」程度の感想だ。町でたまたま出会っただけの相手に過ぎず、これから先も深くかかわることも無いだろう。


 そう考える俺の前で、何やらレオンハルトは考え込むようにしながら、じっと俺の事を見つめてきた。その曇りのない瞳は見透かされるような色合いをしており、俺としては少し落ち着かない思いだ。


「……何か用か?」


「いや、以前会った時よりも、随分と腕を上げたようだと思ってね」


「わかるのか?」


「もちろんさ」


 笑顔で言い切るレオンハルトの言葉に、俺は思わず自らの体を見下ろす。ううむ、そんなに変わっただろうか。

 実力は向上している実感があるものの、あまり見た目には変化がないように思うのだが。


「今の君なら、エアハルトともいい勝負になるんじゃないかな?」


「何ですって?! 俺がこの若造と?!」


 驚きの声と共に、エアハルトが俺へと指を突きつける。こいつ、人には礼儀を説いておいて人を指差すとはどういう了見だ。

 それからエアハルトは、ふんとばかりに一つ鼻を鳴らして見せる。


「お前、ランクは?」


「今、Aランクの申請中だ」


「丁度、エアハルトと一緒だね。しかし、もうAランクとは……やはり、私の見込んだ通りの成長性だ」


 どうやらこのエアハルトという男、Aランクの冒険者らしい。レオンハルトほどではないものの、十分に冒険者の上澄みだと言えるだろう。まぁ、俺自身もそんなAランク冒険者の仲間入りを果たす予定なのだが。

 少しの間、エアハルトは何やら悔しげな表情を浮かべていたが、再び俺へと指を突きつけた。


「お前、レオンハルトさんに目をかけられているそうだな。丁度いい、この俺と勝負しろ!」


「……何故そうなる」


「俺の方が強いということを、レオンハルトさんの前で証明するためだ!」


 男の言葉に、俺は思わず片手で頭を抑える。

 何やら勝手に因縁を付けられている様子だが、俺の方にはエアハルトに対して思うところなどないのだ。


 Aランク冒険者との腕試しというのは少し興味があるが、理由が理由だけに進んで応じたくはない。相手がエアハルトでさえなければ、了承しても良いと思えるのだが。


「悪いが、先約があるんでな」


 そう言って、俺は肩を竦めて見せる。

 今は何よりも、クリスティーネとの時間の方が大切だ。初対面の無礼な男に対して、費やすような時間はない。


「先約だと? どういう――」


「ジーク、お待たせ! ……あれ、何かあった?」


 タイミングよく、クリスティーネが戻ってきたようだ。振り返ってみれば、そこには両手に串焼きを二本ずつ手にした半龍の少女の姿があった。

 クリスティーネは不思議そうな顔を、レオンハルトとエアハルトへと向けている。自分が少し離れている間に、見知らぬ男達が俺と一緒にいればそんな顔もするだろう。


「あぁ、少し話をしてただけだ。クリスもレオンハルトのことは知っているだろう? ほら、前に剣術大会で優勝してた」


「剣術大会……あっ、あの時の人かぁ!」


 少女も思い出したようだ。あれも結構前のことになるが、その強さ故に印象には残るからな。

 ちなみに、エアハルトのことは紹介しない。別に知り合いというわけでもないしな。


 クリスティーネの言葉に、レオンハルトは笑顔を見せた。


「これはこれは、可愛らしい彼女さんだね。君も冒険者かな? ふむ……なるほど、実力は申し分なさそうだ」


 今のクリスティーネ装いではどう見ても冒険者には見えないはずだが、レオンハルトは正確にその力を見抜いているらしい。これもまた、Sランク冒険者の心眼ということなのだろうか。

 俺も多少は見た目からその者の強さを測れるつもりではあるが、正直、今のクリスティーネのような少女を見ても正確な実力を見抜けるとは思えなかった。


「もしや、デートの途中だったかな?」


「まぁ、そんなところだ」


「そうかそうか、邪魔したね。それじゃ、我々はここで失礼させてもらうよ。あぁ、うちのギルドに入りたくなったら、いつでも来てくれ」


 そう言って、レオンハルトは俺達に背を向ける。何やらクリスティーネを見つめて少しぼうっとした様子を見せていたエアハルトも、我に返った様子でレオンハルトの後を追いかけた。ただ、去り際に何やらクリスティーネへと熱い視線を向けていたのが気になる。

 そんな様子を眺め、クリスティーネは少し首を傾げて見せた。


「えっと、邪魔しちゃった?」


「そんなことはないさ。さぁ、クリス、次に行こうか」


 それから俺は、クリスティーネと共に再び王都の中を歩き始めた。

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