605話 半龍の少女と甘味処
「えへへ、ジーク、今日はよろしくね!」
「あぁ、よろしくな」
いつも通りの宿の前、はにかんだ表情のクリスティーネと向かい合う。今日は連日の少女達とのデート、その最終日だ。
俺の前に立つクリスティーネは、シャルロットやアメリアのように緊張した様子は見せず、至って普段通りである。俺としても、クリスティーネとは一番長い付き合いなので、変に気負う必要がないところが嬉しい。
「それ、新しい服だよな?」
「そうだよ! えへへ、似合うかな?」
俺の言葉に、少女はその場で両手を広げてくるりと回って見せる。動きに合わせ、ふわりとスカートが翻った。
「あぁ、良く似合ってる。普段の服もいいが、こういう服も似合うんだな」
俺の言葉に、クリスティーネは満面の笑みを浮かべて見せた。
今日のクリスティーネの服装は、黒のブラウスに白のプリーツスカート、それに踵のある黒い靴だ。主張しすぎない控えめな装いで、普段よりも少し大人びて見えた。
それから二人して町へと出かけようと足を踏み出した。自然と、クリスティーネが俺の腕へと腕を絡める。
フィリーネと同じで、香水も付けているらしい。果物に近い甘い香りだが、何の匂いなのかまではわからなかった。
「それでジーク、今日はどこにいこっか?」
「あぁ、いつもみたいに食べ物屋巡りでもしようかと思ってるんだが……」
クリスティーネの興味あるものと言えば、やはり食事を置いて他にないだろう。王都には様々な食事処や屋台などがあり、多種多様な料理を味わうことが出来る。きっとクリスティーネは喜んでくれることだろう。
そう思ったのだが。
何故だか少女は、俺の方へと珍しくジト目を向けてきた。
「ねぇ、ジーク……ジークは私の事、食べ物を与えておけば喜ぶような、扱いやすい女の子とか思ってないよね?」
「……そんなことはないぞ?」
少女の問いへと否定の言葉を返す。
一瞬、言い淀んでしまったものの、俺がクリスティーネに食べ歩きを提案するのは、それが喜んでもらえるからこそだ。決して、適当に言っているわけではない。
「それなら、今日は王都を回ってみるか? 一応、いろいろと甘味処を調べておいたんだが……」
クリスティーネが興味を示しそうな場所なんかにも、いくつか心当たりはある。食べ歩きではなく、普通に町を巡るというのも悪くはないだろう。
事前に甘味処を調べていた努力が無駄になるのは、ちょっと残念だけどな。何せ一日しかなかったものだから、王都を駆けまわって調べるのは、結構苦労したものだが。まぁ、そのうち行く機会もあるだろう。
そう思ったのだが、俺の言葉に少女は俄かに金の瞳を輝かせた。
「甘味処?! 甘いもの食べたい!」
先程までの様子はどこへやら、少女が華やいだ声を上げる。やはり食事、取り分け甘い物には目がないらしい。そんな少女の様子に、俺は思わず苦笑を漏らした。
「それなら、今日は甘味処巡りにするか?」
「うん!」
俺の問いに、クリスティーネは大きな声で返した。結局、いつも通りな感じだが、クリスティーネが喜んでいるようなのでこれでいいのだろう。
それから俺はクリスティーネを伴い、王都にある店の一つへとやって来た。レンガ造りの暖かみのある建物で、なかなか小洒落た外観だ。
「へぇ、こんなお店あったんだ?」
「どうも、最近できたみたいだぞ」
軽く言葉を交わしながら、店の中へと足を踏み入れる。
店内は照明の光に明るく照らされ、なかなか落ち着いた雰囲気を感じさせた。カウンターの奥からは、どこかで聞いたことのある音楽が聞こえてくる。客の入りもそこそこと言ったところで、様々な話声が聞こえていた。
店員の案内により、俺達はテーブルのひとつへと案内される。紙のメニュー表が置かれており、ここから注文したい料理を頼むようだ。
俺達はそれぞれメニュー表を手に取り、そこに並ぶ文字へと目を落とした。
「えへへ、どんなのがあるかなぁ……ふんふん、パンケーキが多いね?」
少女の言う通り、メニュー表の半分はパンケーキの類が占めていた。俺の事前調査でも、この店はパンケーキが人気だと聞き及んでいる。
その他にもいくつかメニューはあるものの、折角お勧めのメニューがあるのだ。わざわざそれを避けて別のメニューを頼む必要もないだろう。
それから俺とクリスティーネは、別々のパンケーキと紅茶を注文することにした。こうして注文したパンケーキを分け合えば、一度に二つの味が楽しめるというわけだ。
会話しながら待つことしばらく、料理と紅茶が運ばれてくる。ほかほかと湯気が立っていることから、焼きたてであることがよく分かった。
俺が注文したのは、果物のソースが掛かったパンケーキだ。甘いものは嫌いではないものの、しつこすぎる甘さは少し苦手だからな。その点、柑橘系の味付けであれば、俺も美味しく頂けることだろう。
一方で、クリスティーネが注文したのは如何にも甘そうな、クリームと果物がたっぷりと乗ったパンケーキである。俺のものよりも、かなりボリュームがある。これだけで腹がいっぱいになりそうだ。
早速とばかりに、半龍の少女がパンケーキを取り口元へと運ぶ。その途端、少女は頬を片手で押さえ表情を綻ぼさせた。
「ん~! 美味しい!」
「あぁ、想像以上だな」
俺も少女に続いて口に運びながら、素直な感想を口にする。パンケーキはしっとりとした食感で、なかなかに上品な味わいだ。旅の間では、絶対に口にすることのできない味わいである。
「紅茶もいい香りだね!」
「そうだな。折角だし、茶葉でも買って帰るか?」
「そうだね、それがいいと思う!」
俺の言葉に、クリスティーネが即座に同意を返す。パンケーキを持ち帰るのは無理だが、茶葉を購入すれば旅の間でも紅茶を楽しむことが出来る。どうやらカウンターで茶葉を買うことが出来るようだったからな、折角なので買い込んでおこう。
それからしばらく、俺達はパンケーキと紅茶を頂きながら、他愛のない話に花を咲かせるのだった。




