6話 半龍族の少女3
「見えて来たぞ。あれがネーベンベルクの町だ」
陽が傾き空が赤く染まるころになって、俺達はようやく目的の街へと辿り着いた。
途中、クリスティーネをオークから救出し、その肉を使って料理をしていたために、当初の想定よりは遅い時間だ。
それでも、暗くなる前に辿り着けたのは僥倖だった。
ここから見える街並みは、話に聞いていた通り王都グロースベルクよりは小さいものの、冒険者として生活するには十分に大きいようだった。
ぐるりと壁に囲まれた町の中には、いくつか背の高い建物が立ち並んでいる様子も見て取れた。
「すごいすごい! 半龍族の里とは全然違うわ! ここが人の住む街なんだね!」
隣を歩くクリスティーネが、興奮したように声を弾ませ目を輝かせる。その様子は、今にも走り出しそうなほどだ。
「そうだ。だが……」
一度言葉を切り、俺はクリスティーネへと視線を向け、その全身を眺めた。
クリスティーネの背からは光り輝く銀の翼が、臀部からはしなやかな銀の尾が伸びている。どちらも半龍族の大きな特徴だ。
人族以外の種族というのは街中に多くいるものの、半龍族は滅多に見かけることがない。この状態で街中を歩くと、少々目立つのではないだろうか。
「どうかした?」
クリスティーネが不思議そうに首を傾げる。
「いや、クリスはちょっと目立つんじゃないかと思ってな」
どうしようもないことではあるが、告げずにはいられなかった。
そう伝えれば、クリスティーネが首を後ろへと回し、己の翼へと目を向けた。
「そっか、翼と尻尾だね? ん~、隠した方がいいかな?」
「隠せるのか?」
「うん、龍族由来の魔術でね。隠している間は、なんていうのかな? 体がぎゅっとされてる感じで、ちょっと窮屈なんだけど」
「そうか。それなら、ちょっと隠してみてくれないか?」
滅多にないことだが、世の中には希少種族を狙うハンターなどもいるという。
そう言った存在の事を考えれば、半龍族の姿でいるよりも可能であれば人族として振る舞った方が安全だろう。
そのようなことを考えていると、目の前でクリスティーネが指をパチンと鳴らした。それと同時に、クリスティーネの翼と尾が光となって消えていく。
後にはどう見てもただの人族に見える、銀髪の少女が残されていた。
「これでどうかな?」
そう言うと、クリスティーネはその場でくるりと回って見せる。動きに合わせて、銀の長い髪がキラキラと輝いた。
「そうだな……」
その姿を眼にし、俺は頭を悩ませる。
翼と尻尾という目立つ特徴がなくなったことで、今度はその容姿に目が行くようになってしまったように思えた。
クリスティーネの容姿は、非常に整ったものである。この整った容姿は、これはこれで人族の中でも目立ってしまうだろう。
「まぁ、翼と尻尾が見えてるよりは、今の方が目立たないだろう」
少し悩んだが、クリスティーネには翼と尻尾を隠した状態を維持してもらうことにした。
どの道容姿が目立ってしまうのは避けられないことだし、せめて半龍族だとバレないように気を付けるとしよう。
俺はクリスティーネを連れて町へと入っていく。俺には至って普通の街並みに見えるが、どうやらクリスティーネにとっては珍しいようで、きょろきょろと忙しなく周囲を見渡している。
「それでジーク、この後はどうするの?」
クリスティーネから、興奮が抑えきれないといった様子で声が掛けられる。
「もう時間も遅いからな。今日のところは宿を探そうと思ってる。クリスも宿に泊まるだろう?」
「そうだね、野宿って大変だから」
クリスティーネからしみじみとした答えが返る。
しばらくすれば日没の時間だ。この時期は宿屋が混雑するということもないだろうが、早めに決めてしまう方がいいだろう。
二人で大通りを歩いて周り、目に入った一軒の宿屋に足を踏み入れる。
中を見渡せば、一階が食堂になっており、二階から上が宿泊部屋のようだ。一般的な宿屋と同じ作りだな。
それぞれ一人部屋へ泊まる手続きを済ませ、部屋の鍵を受け取る。
そう言えばクリスティーネは金を持っているのかと疑問に思ったが、潤沢というわけではないものの当面の資金はあるようだった。
そのままの流れで、夕食を共に取ることとなった。
クリスティーネはあれだけオークの肉を食べていたというのに、夕食もしっかり食べるようだ。俺には真似できそうにないな。
夕食のシチューを口に運びながら、自然と会話を交わしていた。主な話題は明日からの行動についてだ。
「それじゃ、ジークは明日も朝から冒険者として働くの?」
「あぁ、朝一で冒険者ギルドに行って、依頼を探すつもりだ」
特別な場合を除いて依頼は早い者勝ちである。
冒険者ギルドは一日中開いているため、基本的にはいつ訪れてもいいのだが、新しい依頼が貼り出されるのはほとんど朝の早い時間帯だ。
報酬の良い依頼は優先的に受注されるため、残されるのはあまり旨味のない依頼ばかりになる。そのため、より条件の良い依頼を受けようと思えば早い時間の方がいい。
「ふ~ん……ねぇ、ジーク。冒険者って、私でもなれるの?」
「そりゃあなれるが……まさか、冒険者になるつもりか?」
クリスティーネの言葉に俺は目を丸くする。
なれるかと問われれば、簡単になれる。冒険者ギルドで手続きを済ませれば、その瞬間から冒険者だ。
しかし、それで冒険者としてやっていけるかと言われると別の話である。
冒険者と言うのは、依頼を達成したり素材を売却することで金銭を得ている。
そんな中で採取専門の冒険者というのもいないわけではないが、ほとんどの冒険者は魔物の討伐を行うことになる。冒険者には、戦う力が必要不可欠なのだ。
そのため、冒険者になるのであれば、最低限の戦闘力が必要になる。
「そもそも、クリスは戦えるのか?」
「もちろん! これでも結構強いんだから!」
そう言って、腰に吊り下げた剣をぱしぱしと叩いて見せる。
その様子からは、どう見ても強そうには見えないのだが、本当に大丈夫なのだろうか。少なくとも、オーク二体を相手にしては逃げるしかない実力のはずである。
まぁ、その時は空腹で魔力切れという状態ではあったようだが。
「冒険者をやっている俺が言うのもなんだが、あんまりお勧めしないぞ? 危険も多いからな」
俺は好きでやっているからいいのだが、他人にはあまり勧められない職業だ。怪我で引退していく冒険者を見送った数など、一人や二人などではない。クリスティーネのような少女には、もっと適した職業があるだろう。
そんな俺の思いとは裏腹に、クリスティーネは何やら冒険者というものに興味津々のようだ。瞳を輝かせ、少し前のめりの体勢になっている。
「冒険者になれば、依頼であちこちに行けるんでしょう? 私、いろいろな景色を見てみたいの!」
「まぁ、それは否定しないな」
俺自身はまだ実力不足だという思いからあまり遠くへ行くような依頼は受けていないが、世界には灼炎が踊る火山地帯や氷雪吹き荒ぶ雪原地帯、さらには各地に存在するというダンジョンなど、様々な人類未踏の地が存在する。
そのような地を冒険するのも、俺の夢の一つだった。
しかし、こうも乗り気だと余計に心配が募る。このまま放っておくと、クリスティーネは間違いなく一人で、冒険者ギルドへ冒険者ライセンスを取得しに行くだろう。
冒険者ギルドでも初めに注意は受けるだろうが、そんなもの意にも介さずライセンスを取得する様子が目に浮かぶようだ。
仕方がない。
少女が嫌でなければという前提だが、当面はこの少女の面倒を見る覚悟を決めよう。
そうしないと、ある日冒険者ギルドで半龍族の少女が死んだという話でも聞こうものなら、自分の性格からして一生後悔するに決まっている。
どうせ俺自身一人なのだし、少女と二人で行動するのは俺にとってもきっと利点があるだろう。少なくとも、クリスティーネが一人でも大丈夫だと思えるようになるまでは、一緒にいようと思う。
「……クリスティーネの気持ちはわかった。それなら俺とパーティを組んで、明日一緒に冒険者ギルドに行こう」
「本当?! ありがとう! 実を言うと、一人じゃ不安だったんだっ! 何かお礼が出来たらいいんだけど……」
期待に目を輝かせた少女が、華が開いたような笑顔を見せてくれる。それから、考え込むように顎先に指をあてた。
さて、礼か。
特に金銭面で要求するようなつもりはない。それよりも、簡単にできることで頼みたいことなら一つあった。
「それなら、翼に触らせてくれないか? 尻尾でもいいんだが」
今まで、俺は他種族と関わるようなことがあまりなかった。だが、前々から興味はあったのだ。
折角知り合えたのだし、あの見事な銀の翼や尻尾の感触を楽しんでみたいと思う。鱗がひんやりとしていて気持ちが良さそうだ。いや、血が通っているのだから、案外温かいのだろうか。
だが、俺の言葉のもたらした効力は絶大だった。
「えっ、尻尾に?!」
クリスティーネは大層驚いた様子で、バッと両手で尻を隠すような仕草を取る。心なしか、少し顔が赤くなっているように見える。
何か妙なことを言っただろうかと、俺は首を傾げるばかりだ。
「な、何かまずかったか?」
「尻尾を触るのは、その……まだ、胸の方がいいかなぁ……」
「尻尾より胸の方がマシなのか?! 半龍族の倫理観ってどうなってるんだ?!」
文化の違いなどはあるのだろうと思っていたが、こういう部分で違いがあるとは思わなかった。てっきり、そのあたりは人間族と変わらないとばかり思っていたのだ。やはり、軽々しく体に触れさせてくれなどとは言わないほうがいいな。
少女の言葉に従って、まさかこれ幸いと胸を触るわけにもいかない。俺は決して変態ではない。紳士なのだ。
この後、人間族と半龍族の違い、それから他人、特に男に胸を触らせるとはどういうことなのかを懇々と説明するのだった。