593話 王都への帰り道1
火兎族の里を発った俺達は、順調に王都へ向けての旅路を進めていた。途中、悪天候で足止めを受けたりしたものの、王都まであと三日といったところだ。
そうして俺達は今日、王都北西にある小さな町に立ち寄っていた。いつものように大部屋を一つとり、夕食と入浴を済ませて後は寝るだけとなったところだ。
「ジーク、今日は何のお話をしよっか?」
宿で借りた寝間着に着替えた半龍の少女が、布団に腰を下ろした状態で小首を傾げて見せる。風呂に入ったばかりのため、その長い銀髪はしっとりと輝いていた。頬も淡く上気しており、旅の間とは異なる装いは無防備に見え、直視するのは少し憚られる。
今のように眠る前の時間というのは、いろいろと他愛のない話をするのが常である。大体は翌日の予定なんかを話し合うことが多いのだが、時には魔術の効率的な扱い方のような学術的な話をしたり、単なる世間話なんかをすることもある。
話題はその日の気分によって変わるのだが、今日は俺から話したいことがあった。
「今日は、王都についてからの話をしようと思うんだ」
「そっか、もう少しだもんね?」
俺の言葉に、クリスティーネが納得したような頷きを見せた。
俺達はこれまで、王都に変えることを目指して旅を続けてきたが、その後のことについては特に話をしてこなかった。王都に着くまであとほんの数日、そろそろ次のことについて話をしても良い頃だろう。
そんな俺達の会話に、フィリーネに後ろから抱き抱えられたシャルロットがイルムガルトへと顔を向けた。
「私達はともかくとして、イルマさんは……」
「故郷に戻るために、手立てを探すことになるわね」
青髪の女が少女の言葉を引き継いだ。
元々、イルムガルトは故郷へと帰ることを目的としていた。そんな中で俺達と出会い、王都までで構わないので送ってくれと言っていた。王都に辿り着いたら俺達とは別れ、一人故郷を目指す予定だったのだ。
「ねぇ、ジーク……」
クリスティーネが俺の方へと、何やら言いたげな視線を向け、俺の膝へと片手を添えた。少女が何を言いたいのか、俺には大体予想が付いた。
俺はクリスティーネへと、一つ頷きを返す。
「あぁ、皆が良ければ、イルマを故郷まで送って行こうと思うんだが、どうだ?」
そう問いかけてみれば、クリスティーネとシャルロットが笑顔を作った。
「うん、それがいいと思う!」
「イルマさんおひとりでは、危ない目に合うかもしれませんし……」
いい考えだと、クリスティーネは両手を合わせる。シャルロットは、純粋に一人で故郷へ向かうことになった際のイルムガルトの身を心配しているようだ。
それから俺は、他の二人へと目線を向ける。
「フィナとアメリアはどうだ?」
「フィーも、ジーくんが決めたのならそれでいいの」
「もちろん、私もそれでいいわ。私はそんなに、行きたいところがあるわけじゃないし」
シャルロットを抱き締めたフィリーネが、少女の透き通った髪へと顎を乗せる。布団の上にうつ伏せになったアメリアは、枕に頭を乗せたまま顔をこちらへと向けた。
二人の返答に俺は一つ頷きを返し、再びイルムガルトへと目を向けた。
「と、言う事だ。イルマ、良ければ送らせてくれないか?」
そんな俺の言葉に、イルムガルトは困惑した表情を浮かべた。
「それは、もちろん私は助かるんだけど……お礼とか、あまり出来ないわよ? 故郷に帰れば、少しくらいならできると思うけど」
「別に、見返りを求めてるわけじゃないさ。単に、俺達がそうしたいだけだ」
イルムガルトの言葉に、俺は肩を竦めて見せる。
知り合った頃ならともかくとして、俺達とイルムガルトの付き合いもそれなりの長さになったのだ。そんな相手を、王都で一人にしてしまうというのは心配である。もちろん、上手くいけば故郷まで辿り着けるだろうが、それも絶対ではないのだ。
それよりは、俺達が一緒に故郷まで向かう方が確実だろう。イルムガルトの故郷であれば、家族を始めとした身近な相手もいるのだ。それ以上旅をすることもなく、安全に暮らせることだろう。
俺としても、そこまでイルムガルトを送り届けることが出来て初めて、肩の荷が下りる。王都で別れてしまえば、どうしたってその後が気になるだろうからな。
それに、イルムガルトの故郷は王都の西にあると聞いている。そちらの方は、まだ俺が足を運んだこともないところだ。どんな町があるのか気になるし、一度くらいは足を運んでみたい。
特にクリスティーネには、いろいろなところを巡ることを約束しているからな。イルムガルトの故郷の近くであれば、海だって見られるかもしれない。
「そう……悪いわね、助かるわ」
俺の言葉に、イルムガルトがほっとしたように息を吐きだす。彼女にしても、王都についてからどうするかは気掛かりだったのだろう。
その様子を見ながら、俺は「それで」と言葉を続ける。
「イルマの故郷って、どこにあるんだ?」
「あなた、どこにあるかも知らないで私を送ることを決めたの?」
首を捻る俺の言葉に、イルムガルトが呆れたような溜息を吐きだした。それに対し、俺は素直に頷きを返す。
どこが故郷だろうが、イルムガルトを送ることに変わりはないからな。少なくとも、王国内であることは知っているのだ。多少遠いとしても、ある程度の距離感は想像がつく。
何せ、俺達は帝国帰りだからな。なんなら、隣国程度であれば向かっても構わないくらいだ。
「王国の西にある、結構大きい町って聞いてるの」
「海の傍って聞いたわね」
「お魚が美味しいんだよね?」
「町の名前は、確かメーアベルクでしたよね?」
少女達の口から、次々にイルムガルトの故郷に関する情報が出てくる。どうやら彼女達は、町についての話をいくらか聞いているようだ。
別に、俺がイルムガルトと話をしていないわけではないが、やはり女性同士ということで、話をする機会は俺よりも余程多いのだろう。
少女達の言葉に、青髪の女は「えぇ」と頷きを見せる。
「全部合ってるわ。王国の西にあるメーアベルクって町で、海に面しているの。ジークハルト、地図はあるわよね?」
「あぁ、ちょっと待ってくれ」
俺は背負い袋から王国の地図を取り出し、布団の上へと広げて見せる。
イルムガルトはその上へと軽く身を乗り出し、指先を彷徨わせる。やがて目的の場所を見つけたようで、地図上の一箇所を指し示した。
「ここね。ここが私の故郷よ」
「なるほどな」
そこは、王国の西端に当たる部分だった。海沿いに描かれた町に、『メーアベルク』という名前が記されている。王都からだと少し南寄り、それなりの距離があるな。
「どう、遠いでしょ?」
「距離はあるが、問題はないな」
「うんうん! えへへ、海が見られるの、楽しみだなぁ!」
「湖とも、また違うんですよね?」
クリスティーネとシャルロットが笑顔で言葉を交わし合う。ここにいる者の中では、実際に海を見たことがあるのはイルムガルトだけだからな。
俺としても、目にするのが楽しみである。
「ねぇジーク、王都に着いた翌日には、西に向かうことになるのかしら?」
枕に体を預けたまま、アメリアが首を捻って見せる。
それに対して、俺は軽く首を横に振って見せた。
「いや、王都には数日程滞在しようと思っている。久しぶりだし、体も休めたいからな。構わないか、イルマ?」
王都に戻ってくるのも、もう随分と久しぶりのことだ。旅の疲れもあることだし、何日かは王都を見て回ってみたい。何か変わったところもあるかもしれないしな。
俺の問いに、イルムガルトはすぐに首を縦に振って見せた。
「えぇ、もちろんよ。私としては、送ってもらえるだけありがたいんだから」
イルムガルトが了承してくれたことで、今後の予定は決まった。王都に付いたら羽を休めて、次の旅に備えて英気を養おう。十分に休んだら、今度は西へと向けて旅に出るのだ。
これで当面の話は終わりかと思ったところで、白翼の少女が俺の方へと身を乗り出した。
「それならジーくん、王都でデートするの!」
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