587話 死闘の後に
がやがやと、喧騒が四方から聞こえてくる。不安や焦燥と言った雰囲気はなく、何れも希望に満ちた明るい笑い声ばかりだ。
それも当然の話ではある。火兎族の里を襲う、ヴァルヴェルヴィルクという魔獣の脅威が退けられたのだ。火兎族達としてはこのまま里で死を迎えるか、それとも慣れない人の住む町に助けを求めるしかなかったところなのだから。
そんな騒がしさを耳にしながら、俺は何をしているのかと言えば、里を救った英雄として祀り上げられている、なんてことはない。
俺は少女達と共に、広げられた敷き布の上に横になり、ただただ体を休めていた。
森で一度、村で一度、合わせて二度も魔獣と戦ったため、疲れたというのが理由の一つ。何よりも辛いのは、強魔水の副作用で全身に倦怠感があることだ。
魔力が底を突いてしまったので、歩くのも辛いほどである。今日はもう、何もしたくはない。
それは、他の少女達も同様だった。魔獣を単身抑え込んでいたクリスティーネ、俺と共に魔獣へと挑んだフィリーネとアメリア、それに後から駆け付けたシャルロットも、皆、強魔水を服用していた。
そんなわけで、皆揃ってぐったりとしているというわけである。
しかも俺達は無傷というわけではなく、シャルロットを除いて体のあちこちに包帯を巻きつけた姿だった。魔力がなくなってしまったので、俺もクリスティーネも治癒術を使うことが出来なかったのだ。
火兎族の里にも治癒術の使い手が少しいるらしいが、俺達以外に怪我をした者の治療や、クリスティーネの傷を少し癒しただけで限界が来たという。仕方がないので、俺達は魔力が回復する明日になるまで、このままだというわけだ。
そんな俺達に話しかけたい様子を周囲の火兎族達は見せていたが、アメリアの父マリウスが控えるように言ってくれたおかげで、今はただ遠巻きに眺められるだけとなっている。俺としても、今はあまり動きたくないので有り難かった。
「ねぇシャルちゃん、お水出せない?」
「すみません、魔力が……」
「フィナちゃん、取ってぇ」
「手が届かないの。動けないの」
「ジークぅ……」
「すまん、俺も動けない」
普段は活発的な少女達も、今日ばかりは動くのも億劫な様子だ。今日のところはこのまま、早々に寝てしまった方が良いのではないだろうか。
そんな風にぼんやりと考えているところへ、足音が近づいて来る。
「ほら、クリス。水よ」
そう言って、イルムガルトが少女へと水筒を差し出す。彼女はエリーゼと共に傍のテーブルにいたわけだが、持ってきてあげたようだ。
そんな少女へと、クリスティーネがいつもと変わらない笑顔を見せる。
「ありがと! ついでに起こしてもらっていい?」
「もう、しょうがないわね」
少女の言葉にイルムガルトは溜息を吐くと、一度水筒を敷き布の上に置き、少女の体を抱き起こした。初めは冷たい印象を受けた女性だが、これで意外と世話焼きなところがある。
そんな風に体を支えられ、水を飲ませてもらっている半龍の少女の隣では、氷精の少女の傍で腰を落とした火兎族の少年の姿があった。
「なぁなぁシャル姉ちゃん、欲しい物とかないか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「本当か? 果物持ってこようか? クッションとかあった方がいいか?」
「お腹は空いてませんし、毛布もありますから」
これまでもカイは、模擬戦などでシャルロットに懐いている様子を見せていたが、より一層この少女の事を気にしているようだ。おそらく、自分がヴァルヴェルヴィルクの攻撃からシャルロットに庇われたことを気にしているのだろう。
当のシャルロットはというと、少し困ったように眉尻を下げながら、敷き布に寝転がったまま手の甲で軽く毛布を叩いて見せる。その動きは、普段と比べると随分緩慢なものだ。
俺達の中でも、特にシャルロットは衰弱していた。無理もない話だ、森では致命傷を受けて死にかけ、村では強魔水を服用して大規模な魔術を使用したのだ。体力も魔力も失い、今のシャルロットは生まれたての小鹿よりも弱々しいくらいである。
むしろ、同じくらい大変な目に遭ったはずのクリスティーネが、思いのほか元気そうなところが驚きである。
聞けば、クリスティーネは森で一頭目のヴァルヴェルヴィルクと戦った際、結構な重傷を負ったそうではないか。カイから翼が折られたと話には聞いていたが、実際は歩くのもやっとなほどであったという。
そんな状態で魔獣を撒き、自力で村へと戻ってこられるあたり、この娘は本当にすごいと思う。
それだけには止まらず、自らを治療し村を襲った二頭目の魔獣を単身抑えていたのだから、クリスティーネの負担は相当なものだっただろう。
魔獣を仕留めたのは俺達だが、一番の功労者はクリスティーネだ。この子がその身を張っていなければ、犠牲者は大勢出ていただろうからな。
「ふぅ……せめて明日くらいは、ゆっくり過ごしたいの」
うつ伏せになって背の白翼を広げながら、フィリーネが溜息を吐く。
「そうもいかないだろうな。訓練は休むとしても、魔獣の解体はする必要があるし、壊れた家も直さないと」
さすがに今日これだけ熾烈な争いをしたのだから、明日くらいは訓練を休んでも良いだろう。特にクリスティーネとシャルロットは、共に重傷を負ったのだ。少なくとも、明日一日は絶対安静である。
一方の俺とフィリーネ、アメリアの三人は重傷を負ったわけではなく、単なる魔力切れである。明日になれば動けるようになっているだろうし、出来ることはやらなければ。
まずは魔獣の解体が先決だろう。火兎族の里は涼しい気候にあるものの、数日も放っておけば確実に腐るからな。毛皮も高値で売れるだろうし、解体しないという選択肢はない。
森の中に残してきた方の魔獣の運搬が、少し面倒だけどな。そのあたりは、火兎族にも手伝いを頼んだ方が良さそうだ。
他にも、崩れた家屋の片付けだったり、補修だったりと、手伝えることは多いだろう。
「別に、ジークさん達は休んでくれててもいいんだけど……」
「今回の功労者なわけだしね」
眉尻を下げたエリーゼの言葉に、イルムガルトが小さく息を吐きだす。確かに彼女達の言う通り、諸々の作業を火兎族達に任せて俺達が休んでいたところで、文句など言われることはないだろう。それくらいには、俺達が成したことの意味というものはわかっている。
とは言え、単純に人が働いている間に何もしないのは落ち着かないのだ。体を動かすことは好きな方なので、余った体力は復興に当てたいと思う。
「どうしても辛いようなら、休んでいてくれてもいいけどな?」
「……んん、ジーくんが頑張るなら、フィーも頑張るの」
俺の言葉に、フィリーネはうつ伏せになったまま、両の拳を握って見せる。
俺はそんな少女を励ますように、軽くその綿のような白髪を軽く叩いた。
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