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586話 火兎族の里の防衛2

「こいつ、しぶとすぎるの!」


 ヴァルヴェルヴィルクへと双撃を浴びせかけ、反転上昇しながらフィリーネが叫びを漏らす。その意見には、俺も全く同意したい。

 いったいどれだけの剣戟を浴びせかけたのだろうか。ヴァルヴェルヴィルクの巨体には、クリスティーネが付けたものも合わせれば相当な数の裂傷が刻まれている。


 だというのに、ヴァルヴェルヴィルクの動きには一向に陰りが見えない。依然として、万全な時と同じような俊敏な動きを見せていた。


「さっきみたいに、目を狙えれば……っと!」


 言いながら、アメリアが自分に向けて振り下ろされた魔獣の前脚を後方宙返りで躱す。すかさず俺は魔獣へと長剣を叩きつけ、注意を引き付けた。

 俺が魔物の注意を引く傍ら、二人は何度かヴァルヴェルヴィルクの目を潰そうと試みている。しかし、何れも寸前で魔獣が顔を振り、その捻じ曲がった角で二人の体を掠めていた。


 森の中で戦ったように、魔獣の目から体内を焼ければ早いのだが。しかしあの時はシャルロットが犠牲になり、フィリーネが注意を引きつけていたからできた芸当だ。もう一度あれを再現するとなると、フィリーネの身が危うくなる。

 せめて、クリスティーネかシャルロットがいてくれれば、もう少し楽に戦えるのだが。どうしても、三人だけでは手数が足りないのだった。


 そう考えた時だった。

 ふと、空を舞う白翼の少女が何かに気が付いたように、視線を魔獣から逸らした。


「えっ、シーちゃん?!」


「何?!」


 フィリーネの声に、魔獣の前脚を跳ね除けながら視線の方向を追う。

 見てみれば、確かにそこには氷精の少女の姿があった。まだ体調が万全ではないのだろう、力なく建物に体を預けた姿だ。


 すぐに魔獣の追撃が迫り、俺は視線を正面へと戻す。その巨大な尖爪を弾きながら、俺は今目にした光景を思い返す。

 何をしに、などとは言わない。シャルロットのことだ、俺達の力になるために、不調を押して来たのだろう。胸元で両手を組んだ姿は、魔力を練り上げているのだ。


 もし、またシャルロットが狙われるようなことになれば、きっと彼女は助からない。それは、少女自身もわかっているのだろう。不用意に手は出さず、一撃に全てを賭けるつもりだ。

 今はただ、魔力を練り上げて機会を待っているのだ。ならば、その機会を作ればいい。


「フィナ、浮かせられるか?!」


「やってみるの!」


「アメリア、奴が落ちたら頭を叩いてくれ!」


「わかったわ!」


 俺の言葉に、二人が魔力を練り上げるのに集中する。その間は、俺一人で魔獣の猛攻を凌がなければならない。

 左右から振られる前脚へと、手に持つ長剣を合わせていく。膂力は上回っているはずだが、体重差でどうしても僅かに押されてしまう。


 それでも、魔獣を抑える役割はしっかりと果たした。


「ジーくん、行くの!」


 叫ぶと同時、白翼の少女が一気に加速する。

 地上に向けて急降下をしたフィリーネは、地表擦れ擦れで反転すると、ヴァルヴェルヴィルクの腹側へと回る。一瞬のことに、巨体の魔獣は少女に下を取られたことにも気が付かない。


 そのままフィリーネは、器用に体を風の魔術で浮かせたまま、魔獣の腹へと手にした双剣を向けた。


「『旋風双昇剣』!」


 少女の声に合わせ、烈風が吹き荒れる。

 それは少女の構えた剣を起点に、巨大な竜巻を巻き起こした。近くにいる俺には微風程度しか感じないほどの、極めて局所的な上昇気流だ。


 ヴァルヴェルヴィルクの巨体が、爆発を浴びたように上空へと飛び上がった。あの巨体を噴き上げるとは、いったいどれほどの強風だろうか。

 如何に強靭な体を誇る魔獣と言えど、地に足が付かなければ身動きは出来ない。錐揉みをするヴァルヴェルヴィルクは中空で藻掻くように四肢を動かすが、成す術はなかった。


 とは言え、これではただ魔獣を上空へと打ち上げただけである。直接的な負傷を与えたわけではない。

 翼を持たない人であれば、ただ落下しただけでも即死するであろう高さだが、相手は魔獣だ。これだけの高さがあったところで、ひらりと着地をしてしまうだろう。現に、ヴァルヴェルヴィルクは中空で身を捻り、四肢で地に下りる体勢を取った。


 だがもちろん、フィリーネは魔獣をただ上空へと打ち上げただけではない。

 これは、一時的に魔物の動きを止めるための処置である。空中にその身を浮かせられれば、ヴァルヴェルヴィルクはどのような攻撃も避けることは出来ない。


 キン、と空気が俄かに凍てつく。

 原因は明白だ。

 声は聞こえないが、シャルロットが魔術を行使したのだ。


 俺が見上げる視界の中、魔獣のさらに上で魔力が凝縮する。それらは見る見る膨れ上がり、巨大な氷塊となった。

 それも、ただの氷塊ではない。現れたのは巨大な氷の大剣だ。それも五つ、全てが魔獣を串刺しにしようとするように、その切っ先を魔獣へと向けている。


 視界の端、氷精の少女が大きく両手を振り下ろす姿が見える。その動きを合図に、上空の氷剣が勢い良く落下した。

 五本の氷剣のうち、四本が魔獣の四肢へとそれぞれ突き刺さる。残る一本は胴体だ。


 氷剣に押され、ヴァルヴェルヴィルクは流星のように地上へ向けて墜落する。

 その巨体が地に衝突すると同時、氷剣はますます深々と突き刺さり、傷口からは勢いよく鮮血が吹き上がった。


 さしもの魔獣もこれには堪えたようで、重低の絶叫を上げる。

 それでも動こうというのか、魔獣は少し震えた四足でその場に立ち上がろうとしていた。


 その時には既に、赤毛の少女が動き出していた。

 持ち前の脚力で高く高く跳び上がったアメリアは、その身をくるくると猛烈な勢いで回転させている。その片足からは炎が噴き出し、回転に合わせて綺麗な紅の円を描いている。


 その小柄な体躯が、魔獣の顔を目掛けて回降する。


「『弧月炎蹴撃』!」


 掛け声とともに、少女の炎を纏った蹴撃が、魔獣の鼻先へと叩きつけられた。

 重く鈍い音が響くと共に、魔獣の体が再び地面へと沈む。強烈な一撃に脳が揺さぶられたのだろう、魔獣は完全に目を回していた。


 巨獣は完全に沈黙したが、時間が経てば目を覚ます。それよりも先に、その息の根を止める。

 少女達が動いている間に、俺は俺で魔力を溜めていた。既に魔力は溜まり切り、手にした長剣からは虹色の輝きが溢れている。


 狙いは首、そこを目掛けて駆け寄りながら、俺は長剣を上段に構えた。溢れる魔力が渦となり、濃密な虹色の光を生み出す。


「『極大全象剣』!」


 作り出すのは虹色に輝く幅広の光剣。目も眩むほどに輝くそれは、凝縮された魔力の塊だ。

 その破壊の権化を、俺は魔獣の首へと振り下ろした。

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