58話 剣術大会 三回戦
俺が待つ競技場に用意された円の一つに、その男は堂々とした足取りでやって来た。頭を剃り上げた、体格の良い男だ。俺をギルドから追放した、『英雄の剣』のギルドマスター、ヴォルフである。
ヴォルフは俺の方へ向き直ると、己の余裕を見せるかのように唇の端を吊り上げた。
「逃げずに来たことだけは褒めてやろう」
ヴォルフは横柄にそう言い放つ。自分が負けることなど、まったく想定していないのだろう。
「ヴォルフ、お前、大方俺には負けないとでも思ってるんだろう?」
そう問いかければ、ヴォルフはこちらを馬鹿にするような笑みを浮かべた」
「そりゃそうだろう。魔術なしなら、初級剣技しか使えないお前に俺が負けるわけがない」
そう言うヴォルフは、己の余裕を反映したような自然体を見せる。やはり、ヴォルフは俺が中級剣技はもちろん、各種属性剣も使えることを知らないらしい。こちらの手札がばれていない今ならば、十分に勝機はあるだろう。
もうすぐ勝負が始まる。その前に、聞いておくことがあった。
「それで、ヴォルフ。覚えているか? 俺にギルドに戻るように言った理由を教えてくれるんだろう?」
俺の言葉に、ヴォルフは剣を構えて見せる。
「勝負の後でな。お前こそ、覚えているんだろうな? 俺が勝ったら、ギルドに戻ってもらうからな」
「わかっているさ」
別に、約束を反故にしようだなんて思っていない。単に、ヴォルフが頑なに秘密にする、その理由を知りたいだけだ。もし俺が負けたのなら、ヴォルフの言う通り俺は潔くギルドに戻るつもりだった。
そうした考えを一度振り払い、俺は剣を構える。今はとにかく、ヴォルフに勝つことだけを考えよう。
剣を構える両者を見て、冒険者ギルドの職員が片手を上へと上げる。
「初め!」
「その言葉、忘れるなよ!」
開始の合図と同時に、ヴォルフが俺へと走り込んでくる。その勢いは鋭く、確かな実力を窺えた。
「『重剛剣』!」
その勢いのままに、ヴォルフが勢い良く剣を振り下ろす。まともに剣を受けては腕の骨が折れるであろう、中級剣技での一撃だ。
俺はその攻撃を後ろに下がることで回避する。ヴォルフの剣が地面へと振り下ろされ、大きく土を抉った。
さらに、俺が下がったことで生まれた距離を、ヴォルフは前へと出ることで埋める。
「『裂衝剣』!」
下から掬い上げるように、斜めに振り上げられた剣が俺へと迫る。俺はさらに後ろへ下がるものの、迫る剣を避けきれない。仕方なく身体強化をした剣で受け止め、勢いに圧されるようにとっとっと後退った。
ヴォルフの剣は剛の剣だ。力だけでいれば、間違いなく俺よりも強いだろう。まともに打ち合っては勝ち目がないのは明白である。それでも、その剣は大振りのために付け入る隙がある。
追撃するように振られた剣を、俺は受け流すように捌いていく。力では敵わないが、剣の技術なら俺も負けてはいない。そうしてヴォルフの大雑把な剣をいなし、生まれた僅かな隙へと剣を振るう。
「ここだ、『絶氷剣』!」
「何っ?!」
俺は氷を纏った剣を大上段から振り下ろす。ヴォルフはその一撃を己の剣で受け止めるが、俺の剣技はそれだけでは止まらない。剣の軌跡を追うように、氷の礫がヴォルフの身を襲った。
礫はそれほどの大きさではないが、確かにヴォルフの肩を打ち、その頬に僅かな傷をつけた。
ヴォルフはたまらないといった様子で剣を横薙ぎに振るい、俺から距離を取る。
「てめぇ、いつの間に属性剣なんぞ……」
相手が怯んでいる今こそが好機だ。俺は距離を取ったヴォルフへと、その距離を縮めるように前へと踏み込む。
「まだだ! 『烈風剣』!」
「ぐっ」
踏み込みの勢いを乗せた剣を下から掬い上げる形で振るえば、ヴォルフはそれを手に持つ剣で受けるほかない。両者の剣が衝突した瞬間、俺の剣技によって発生した強風がヴォルフの身を襲った。
その結果、ヴォルフは剣を手放さないまでも上へと弾かれ、その胴体を無防備に晒す。体勢も大きく崩れ、現れたのは決定的な隙だ。
「『残光剣』!」
俺は裂帛の気合と共に、全力でヴォルフの胴体へと剣を振るった。潰された刃はヴォルフの身に纏う防具と衝突し、確かな手応えを伝えてくる。
ヴォルフはその身を激しく折りながら、衝撃に後退したものの踏み止まって見せた。防具越しとはいえ、かなりのダメージを与えたはずである。骨には響いているだろうし、内臓にも衝撃は伝わっていることだろう。
それでもヴォルフは諦めていないようで、その瞳に炎を宿している。
「小賢しい、たかが初級剣技だろうが! 『烈衝剣』!」
再び振るわれた中級剣技に対し、俺は下がるのではなく立ち向かうことを選択する。
「『烈衝剣』!」
俺が繰りだしたのは、ヴォルフと同じ中級剣技だ。俺が横薙ぎに振るった剣が、ヴォルフの剣と衝突する。それらは轟音を立て、互いに反発した。揺らぐ剣をしっかりと握り直し、後ろに引かれる体を大地を踏みしめて堪える。
「馬鹿な! 中級剣技だと?!」
驚きに目を見張るヴォルフは未だ、剣を弾かれ体勢が整っていない。そこを攻めて立てるように、俺は再び前へと踏み込んだ。
狙いは右肩、剣を持つ腕だ。そこに向け、思い切り剣を振り下ろす。
「終わりだ! 『重剛剣』!」
俺の剣が唸りを上げてヴォルフへと襲い掛かる。対するヴォルフは咄嗟に剣を盾にするように掲げたが、それは無意味に終わる。
俺の剣はヴォルフの剣を根元から砕き、その勢いを毛ほども落とさずにその肩へとめり込んだ。その一撃はヴォルフの防具を割り砕き、間違いなく骨を砕いた感触を伝えてきた。
ヴォルフは呻き声をあげてその場に崩れ落ちる。その姿を確認し、ギルド職員が終了の合図を出した。
俺は深く息を吐きだす。無事、ヴォルフを相手に勝利を飾ることが出来た。それから、自分の掌に視線を落とす。こうしてヴォルフに勝利できたことを思えば、やはり自分の成長というものが実感できる。
ギルド職員の手配により、すぐに別の職員たちの手によってヴォルフが運ばれていく。明らかな重傷なので、治癒士による治癒が施されるのだろう。俺にも怪我がないかを確認されたが、結果的には一太刀として浴びていないので問題ないと答えておいた。
そうして、運ばれていくヴォルフの姿を見送る。結局、俺をギルドに戻そうとした理由を聞きそびれてしまった。あの怪我では、さすがに俺の質問への受け答えなどできないだろう。
出来れば聞きたかったのだが、これからも自分からヴォルフを探しに行きたいとは思えない。もし、再び俺をギルドに戻そうと来るのであれば、その時聞けばいいだろう。
俺はその考えをひとまず脇へと置き、次の四回戦に臨むのだった。
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