577話 巨獣との死闘3
「シャル!」
「はい! 『荘厳なる巨人の一撃』!」
俺の掛け声に合わせ、後方に位置取る氷精の少女が魔術を発動させる。最初に俺と協力して生み出したものよりは小さな、それでも十分に大きな巨人の氷腕が生み出され、ヴァルヴェルヴィルクの顔面を強かに殴りつけた。
衝撃に魔獣の牙が弾け飛び、振り下ろそうとしていた前脚が宙を泳ぐ。
俺へと叩きつけようとしていたそれは、軌道をやや上方へと修正された。風を切り裂き迫る巨腕に対し、俺は身を低くしてやり過ごす。
その途上で剣を振り抜けば、また一つ、魔獣の指を引き裂いた。
俺達はこれまで、ヴァルヴェルヴィルクに対して優位に戦闘を進められていた。俺が魔獣の正面で動き回り、その注意を引く。魔獣の膂力には多少押されながらも、傷を負うことなくその場に縛り付けることが出来た。
その間に、フィリーネとアメリアにより僅かながらも確実に裂傷が積み重ねられ、魔獣の動きは微細ではあるが徐々に陰りが見えてきた。
シャルロットによる援護も的確で、先程のようにヴァルヴェルヴィルクへと打撃を加えたり、その動きを阻害したりと立ち回ってくれている。
「『烈風剣』!」
落下の勢いを乗せたフィリーネの剣が、魔獣の皮を裂き肉を断つ。
「『炎刃剣』!」
アメリアの短剣から伸ばされた炎の刀身が、魔獣の後ろ脚を焼き焦がす。
その身を削られ、ヴァルヴェルヴィルクが咆哮を上げる。その巨躯には着実に傷が刻まれており、流血の量も増している。
「『風炎の裂衝剣』!」
魔獣の注意が二人へと向きかければ、その隙を埋めるように俺が苛烈な攻撃を見舞う。唸る魔力が渦となり、魔獣の前脚を深々と抉った。
今の一撃はかなりの効果があったようで、魔獣の片足がガクリと折れる。あと一息と言ったところか。身動きさえ封じてしまえば、仕留めることは容易い。
今こそ畳みかける時だ。
俺は剣を握り直し、魔獣へと駆け出す。
その時だった。
「兄ちゃん!」
場違いな声に、思わず俺は声の聞こえた右手側へと目を向ける。
そこには、火兎族の里に残してきたはずの少年、カイの姿があった。カイは何やら急いでこの場へ来たようで、息を乱しながら片手を傍の木に当てている。
一体何をしに来た、などと当然の疑問が浮かぶが、悠長に問いかけるような時間などない。俺に声が聞こえたということは、当然、魔獣にもその声は届いているのだ。
ヴァルヴェルヴィルクの濁った双眸が、火兎族の少年の姿をはっきりと捉えた。
「逃げろ!」
俺が声を掛けるのと、魔獣が動き出すのとは同時だった。先程の弱った姿を感じさせない、俊敏な動きで魔獣が少年へと駆け出す。
自分へと向かってくる巨獣の姿を見たカイが、びくりと体を竦ませたのが分かった。怯えているのか、その場から一歩として動きを見せない。いや、動けたところで、この魔獣から逃げることなど出来ないだろう。
「くっ、『風刃剣』!」
ヴァルヴェルヴィルクへと追い縋りながら、俺は魔獣の後ろ脚へと剣を振るう。だが、走りながらでは十全な力は発揮できない。俺の放った剣戟は、魔獣の後ろ脚に僅かに傷付ける結果に終わった。
その時、魔獣の進行方向、カイとの間に小柄な影が割り込んだ。シャルロットが少年を守るように立ちはだかり、その両手をヴァルヴェルヴィルクへと向ける。
「『大氷壁』!」
氷精の少女が魔獣の猛進を止めんと、魔術による防壁を生み出す。並の魔物が相手であれば、用意に押し止めることが出来る堅牢な氷壁だ。
だが、ヴァルヴェルヴィルクは並の魔物ではない。
魔獣は一つ咆哮を上げると、その頭を低く構えた。そうして氷壁に触れると同時、捻じ曲がった角を突き上げる。
ただの一撃で、分厚い氷壁は粉々に砕け散った。
既に両者の距離は僅かばかり。魔獣の足は速く、俺の全力でも徐々に距離を離される。妨害のために魔術を放つが光槍は強靭な皮膚に弾かれ、土壁は軽々と蹴り砕かれた。
己の魔術を突破されたシャルロットは、そのことに戸惑いを見せず、次なる行動へと移った。背後で立ち尽くすカイを抱き締め、その場で小さく体を丸める。最早、逃走は叶わないと悟っているのだろう。
「『護氷球』!」
屈み込んだ二人を守るように、氷球が包み込む。卵に似た見た目のそれは、少女がその身を守るための魔術の一つだ。
外界を拒絶すると同時、ついに魔獣が二人の元へと辿り着く。
その強靭な前脚が、二人へと容赦なく振り下ろされる。
ガラスの割れるような音と共に、氷球が細かな破片へとその身を転じる。
氷球の中からは、小さな影が中空へと放り出された。
その小柄な体は、赤い線を描いた。
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