574話 巨獣との死闘2
「見えたの!」
そう白翼の少女が口にしたのは、火兎族の里を離れて幾ばくも無いうちだった。少女の言う通り、俺達の向かう前方からは、周囲の木々をなぎ倒しながらこちらへと迫る、白と黒、二色に彩られた縦縞模様の魔獣の姿があった。
予想よりも遥かに早い遭遇だ。本当に、火兎族の里から目と鼻の先ではないか。何としてでも、この場で止めなければ。
「クリスはどこだ?!」
「見えないの!」
俺の声に、上空からフィリーネが応える。
ヴァルヴェルヴィルクの周囲には、魔物の足止めを単独で試みていたはずの少女の姿はなかった。木々に隠れて見えないだけかと思ったのだが、フィリーネから見えないということは、この場に彼女はいないという事なのだろう。
一体、どこに行ったのだろうか。あの娘は、自分がやるべきことを投げ出すような娘ではない。仮に、自分では止められないことが分かったのだとすれば、それを俺達に知らせに来るはずだ。
単に魔獣に振り切られ、追いかけているだけであればよいのだが。それなら、俺達が魔獣を足止めしている間に、追いついてくるだろう。
しかし、もしも彼女の身に、何かがあったのだとすれば。
嫌な予感が、背筋を走る。
今すぐにでも、クリスティーネを探しに行きたい。
しかし、ヴァルヴェルヴィルクを放っておくわけにはいかない。
ここで魔獣を通してしまえば、火兎族の里では多くの者が犠牲になってしまうだろう。
歯を噛み締め、俺はその場で足を止める。今は魔獣の進行を止めるのが先決だ。さっさと片付けて、クリスティーネを探しに行こう。
「止めるぞ、シャル!」
「はい!」
傍らに立つ氷精の少女と手を握り合い、迫る魔獣へと向けて突き出す。
「『現界に属する氷の眷属よ 万物悉く凍て尽くす魔の力よ』」
二つの声が旋律を奏でる。
既にフィリーネとアメリアは次なる攻勢の準備に取り掛かり、魔獣の直線上から逸れ剣とナイフを抜いている。
「『我がジークハルトと』」
「『シャルロットの名の元に』」
溢れる魔力が風となり、怯えたように木々が騒めく。
前方の俺達に気が付いたのか、ヴァルヴェルヴィルクが一つ咆哮を上げた。ビリビリ言う圧力が、俺達の肌を刺激する。
「『唱和せよ 顕現せよ 彼の者を偉大なる猛き拳で打ち破らん』!」
ヴァルヴェルヴィルクの移動速度は、その巨体故にかなりのもので、近付くに連れその大きさがありありとわかる。それを目の前にして緊張したのか、握ったシャルロットの手が微かに震えた。
安心させるように強すぎない程度に握ってやれば、応えるように握り返された。
「『偉大なる巨人の双拳』!」
魔術名を叫ぶと同時、地面から氷塊が姿を見せる。生み出されたのは、巨大な一対の氷で出来た腕だ。右手と左手の指と指とを組む形で生み出された二つの拳は、魔獣の顎先を突き抜ける形で現れた。
突然現れた氷腕に、魔獣は反応することさえできない。魔獣を突き上げる形で生み出されたそれに、正面から突っ込んだ。
轟音と共に、魔獣の巨体が僅かに宙へと浮かぶ。その衝撃は、堅牢に作ったはずの氷腕が半ばから折れるほどである。それと同じだけの威力が、魔獣にも伝わっていることだろう。
魔獣は一度地面を転がったが、すぐにその場に起き上がって見せた。元より、一撃で倒せるなどとは思っていない。それでも、ヴァルヴェルヴィルクの突進を止めることには成功した。
「シャル、これ以上は近寄るんじゃないぞ!」
氷精の少女へと声を掛け、俺は巨獣へと向けて駆け出す。最初の一撃は成功だ、後は接近戦と魔術による援護の連携で仕留める。
正面から迫る俺を獲物と見定めたのか、ヴァルヴェルヴィルクが身を低くしてこちらへと迫る。俺に注目を向けることも、狙い通りだ。その間に、フィリーネとアメリアは魔獣の側面へと回っている。
やがて俺の眼前まで至ったヴァルヴェルヴィルクが、その逞しい前脚を叩きつけてくる。後退するわけにはいかない俺は、それを両手に握った長剣で真っ向から受け止めた。
ガツンという重い衝撃と共に、足裏が後ろへと滑る。全力の身体強化をもってしても、単純な力では敵わないようだ。
だが、力の差は僅かだ。この程度であれば、問題なく立ち回ることが出来る。
一瞬、虹龍鱗を使用すればもっと楽に立ち回れるだろうという考えが頭を過ぎる。龍鱗を身に纏った状態であれば、魔獣に力で優ることすら可能だろう。
しかし、あれはまともに使えるようになってから、まだ日が浅い。現状、ある程度俺が魔獣に対抗でき、あとの三人からの援護が期待できるのであれば、使用する必要もないだろう。
俺が魔獣の前脚を受け止めている間に、フィリーネとアメリアが左右より襲い掛かる。上空より飛来した白翼の少女が、擦れ違い様に剣を振るう。身を低くして近寄った赤毛の少女が、魔獣の後ろ脚へとナイフを突き立てた。
大して深い傷ではないものの、やはり痛みは感じるのだろう。魔獣は咆哮を上げ、上空のフィリーネへとその濁った赤い目を向ける。
ならばとばかりに、俺は手近な魔獣の前脚へと長剣を叩きつけた。良い手応えと共に鮮血が噴出し、欠けた爪が宙へと舞った。
再び唸り声を上げ、魔物が俺へと顔を向ける。その視線を受け、俺は両手の剣を握り直し、一つ大きく息を吐きだした。
戦いはまだ、始まったばかりだ。
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