573話 巨獣との死闘1
「――と、大体そんな感じだ」
土魔術で作り上げた魔獣の像の前、少女達へと向き直った俺は、手にした木剣で像をコンコン、と叩いて見せる。それを受け、正面に立つ赤毛の少女は両腕を組んで息を吐きだした。
「要するに、いつも通りってことね?」
「まぁ、そうだな」
そう言って、俺は肩を竦めて見せた。
クリスティーネとフィリーネの二人を見送った俺達は、広場へと戻りヴァルヴェルヴィルクとの戦い方について話し合っていたのだ。
とは言え、決めたことと言えばそれぞれの立ち位置くらいなものである。それも、基本的には俺が魔獣の正面、一番危険な役割を担う。
その補助役をクリスティーネが担当し、フィリーネとアメリアは遊撃役。シャルロットは後方で魔術による援護だ。
つまり、普段と何ら変わらないという事だった。しかし、それも仕方のない話だ。その役割分担が、一番安定するのだからな。
もちろん、光龍鱗を使用したクリスティーネなんかは余裕で正面を任せられるだろうが、あくまで俺の補助に回ってもらう。そう言う危険な役針は、俺がやるべきなのだ。
「戦わずに済めばいいのですが……」
シャルロットが小さく言葉を溢す。
魔物と正面から戦うのは、あくまで次善の策である。基本的には、魔獣を罠にかけて安全圏から仕留める方法を狙うのだ。何も、わざわざ危険を冒す必要などない。
「よし、もう一度確認しておくか。俺が出来るだけその場で抑え込むから、シャルは魔術で動きを封じてくれ。アメリア達はその間に攻撃を加えるんだ。出来れば首か目を――」
ふんふんと頷く少女達の様子を眺めていた俺は、一度言葉を切った。こちらへと近付く羽音を捉えたからだ。
見上げてみれば、白翼の少女がこちらに向かって羽ばたいている。何やら急いでいる様子で、あっという間に俺の傍へと降り立った。
「ジーくん、大変なの!」
「何があった、フィナ? クリスはどうした?」
随分と速いお戻りである。まだ二人が飛び立ってから、ほとんど時間は経過していない。本気で飛び回っていたわけではないだろうし、大した距離まで離れてはいなかっただろう。
何よりも、ここにいないクリスティーネが気掛かりだ。フィリーネの焦りようからも、何か問題が起こったことが窺える。
白翼の少女は息を整えながら、縋るような瞳で俺を見上げた。
「里の近くまで、ヴァルなんとかが来てるの!」
「なにっ、そんなに近いのか?」
「すぐそこなの! クーちゃんが一人で時間を稼いでるの!」
フィリーネが魔獣を見つけて戻ってきたということは、本当に里から目と鼻の先なのだろう。そこまで近いのであれば、いつ魔物が里の中まで入ってきたとしてもおかしくはない。早急な討伐が必要だ。
クリスティーネが一人で対応しているというのも心配だ。あの娘は何事にも全力だからな、無茶をしていなければ良いのだが。
とにかく、こうしてはいられない。
「皆、予定外だが今すぐ出るぞ!」
俺の言葉に、シャルロットとアメリアが頷きを返す。
罠を準備することは出来なくなってしまうが、仕方がない。今はヴァルヴェルヴィルクを討伐するか、少なくとも里から引き離すことが先決だ。
そうして少女達を連れて村の出口へと向かおうとする俺の背に、声が掛けられた。
「なぁ兄ちゃん、ついて行ってもいいか?」
「ダメに決まってるだろ? 遊びじゃないんだ」
軽い口調でそんなことを言うカイを叱責する。
今回相手をするのは龍ほどではない、というかそもそも龍を引き合いに出すのがまずおかしいのだが、それでも凶悪な魔物には間違いないのだ。そんな危険な場所に、足手まといの子供など連れていく余裕などない。
俺の答えにカイは不満そうな顔をしてみせる。それから、氷精の少女へと目を向けた。
「いいじゃんか! シャル姉ちゃんは連れていくんだろ?」
「シャルの魔術は一流だからな。この子は立派な戦力だ」
そう言いながら、俺は軽く少女の頭へと手を乗せた。
俺達の中で、大規模な魔術を使えるのは俺とシャルロットだけである。厳密にはクリスティーネとフィリーネもある程度は器用にこなせるのだが、二人はどちらかと言えば剣を用いた近接戦闘の方が得意だ。その持ち味は出来れば生かしたい。
前述した通り、俺が魔物の正面を担当するとなれば、純粋に魔術で戦えるのはシャルロットだけとなる。この子はこう見えて、俺達の中でも魔力は一番多いからな。
魔物の注意がシャルロットに向いた場合が怖いが、そこは俺が頑張ればいいし、最低限でも自分の身は護れる程度に鍛えているからな。少なくとも、カイと違って足を引っ張るようなことはない。
そんな風にコンコンと釘を刺してやると、カイは不満そうに唇を尖らせた。
「でもさー」
「こら、カイくん。ジークさんを困らせちゃダメだよ?」
エリーゼがカイを後ろから抱き留める。それを受け、少年は下から少女を見上げた。
「エリーゼ姉ちゃん」
「カイくんは、私達と一緒にお留守番しようね。ジークさん、この子は私が見てるから、早くクリスちゃんのところに行ってあげて?」
「あぁ、任せる。それから、止められなかった場合は里まで魔物が来ることになる。そうなった時のために、村人を避難させておいてくれないか?」
挑む以上は負けるつもりなどないが、相手は初めて戦う魔物。文献の情報しか知らないために、その力は未知数だ。負けるなどと考えてはいないものの、突破されてしまう恐れはある。
いくら身体強化があるとはいえ、全速力で、四足で駆ける巨獣に追いつくのは至難の業だろう。一度背を向けられてしまえば、村に来ることを阻むのは難しい。
そうなった時のために、村人達には避難をしてもらっていた方がいい。丁度、洞窟傍の木材加工所という避難所に打って付けの場所もあるのだ。最悪でも、洞窟内に逃げ込んでしまえば、魔獣は追っては来れないだろう。
そうした俺の説明に、エリーゼとイルムガルトは頷きを返した。
「わかったわ。とは言え、どこまで言う事を聞いてくれるかはわからないけど……」
そう口にするイルムガルトは、少し悩ましげな表情だ。俺としても、村人ではない俺達の言葉に、どこまで従ってくれるかはわからない。
そんな言葉に、エリーゼは明るく口を開いた。
「大丈夫だよ! ジークさん達、みんなには信頼されてるし!」
どうやらエリーゼが言うには、村人達は奴隷狩りの手から救い出した俺達に信頼を置いてくれているらしい。その俺達が言う事ならと、恐らく従ってくれるはずだということだ。
村の傍に凶悪な魔獣がいること自体は、村の大人達は既に知っていることだしな。俺達とは別に偵察なんかも向かわせるかもしれないが、魔物の存在が伝われば、ここから避難してくれることだろう。
「それじゃ私達、みんなに知らせてくるね! アミー達も気を付けてね!」
「頼むぞ。それじゃフィナ、案内してくれ」
「任せるの!」
それから俺達はエリーゼ達と別れ、フィリーネの案内で火兎族の里の北へと向かい始めた。
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