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570話 縞牙獣との邂逅2

 捻じ曲がった一対の尖角。

 森の緑に紛れられるとは思えない、白と黒の縦縞模様。

 ひょろりと伸びているようで、私の腕よりもよほど太い尾。


 血を抉る爪は鋭く尖り、四肢はよく発達していることが一目でわかる強靭さだ。体躯はジークハルトが作ってくれた像よりも大きく、顔はあれよりも余程凶悪な面構えをしている。

 あれが噂に聞く、ヴァルヴェルヴィルクに間違いないだろう。


「もう見つけちゃったの!」


「早く見つけたいとは思ってたけど……」


 いくら何でも、見つけ出すのが早すぎる。振り返ってみれば、火兎族の里が……さすがに見えないけど、まだそんなに離れてはいないはずだ。

 しかも、その向かう方向と速度が問題だった。


「村の方に向かってるの!」


 ヴァルヴェルヴィルクは真っ直ぐに、火兎族の里の方へと走っているのだ。


 そう、走っているのである。野生の獣なんか、何事もなければのっそのっそと歩くのが常だというのに、この魔物はどういうわけだか走っている。

 その速度は魔物の身体能力からすると全力ではないのだろうが、並の人が走るよりは余程早い。このままでは、ほどなく火兎族の里まで辿り着いてしまうだろう。


 一体何がこの魔物をそうさせているというのか。私は魔物と並走して飛びながら、地上へと目を凝らす。

 そして、気が付いた。


「オークを追ってるみたい!」


 ヴァルヴェルヴィルクの向かう先、オークがどたどたと不格好ながらも必死に逃げる姿がある。この巨獣は、あれを追いかけているのだろう。

 しかし、オークの走りはお世辞にも早いとは言えないものだ。この巨獣が本気であれば、オーク程度一呼吸でなぎ倒すことが出来る。では、何故そうしないのか。


「あいつ、遊んでるの!」


 フィリーネの言う通り、ヴァルヴェルヴィルクは狩りを楽しんでいるのだろう。強者としての余裕という奴だろうか。

 人にもそう言う狩りを楽しむ者達もいるが、私達冒険者はそんなことはしない。魔物と戦うときは、何時だって真剣なのだ。


「止めなきゃ!」


 とにかく、ヴァルヴェルヴィルクを里の近くから引き離すことが先決だ。遠くに誘導できれば、後日までにしっかりと準備して、改めて討伐に来ることが出来る。見つからないくらいに遠くまで行ってくれれば、戦う必要だってなくなるだろう。

 まずはこっちに気を惹かなくては。自分が攻撃されれば、嫌でもこちらに注意が向くだろう。


 私は中空でフィリーネと共に、魔力を練り上げる。

 それから狙いを定めるように、ぴっと右手を巨獣へと向けた。


「『強き光の槍リヒト・シュタルク・ランツェ』!」


「『強き風の刃ヴィント・シュタルク・クラン』!」


 同時に放たれた魔術が、空を切り裂き巨獣へと迫る。あの巨体だ、例え移動中と言えども、命中させることはそう難しいことではない。

 私達の魔術が、確実に魔物の背を捕らえた。


 だが――


「えっ?!」


 光の槍も風の刃も、魔物の体に突き刺さることなく弾かれた。当たらなかったわけではない。当たった上で尚、魔物の体の強靭さに阻まれたのだ。

 籠める魔力が少なかったのか、それとも距離があり過ぎて威力が減衰したためか。龍のような硬い鱗はないはずだが、それでも単なる皮というわけではないのだろう。


 一瞬、魔物の赤い瞳が私とフィリーネの姿を映す。けれど、それもすぐに前へと戻された。

 私達の存在には気が付いたようだが、上空にいるためか興味を示さなかったらしい。


「ど、どうしよう!」


 私は慌てて白翼の少女へと目を向けた。

 連鎖詠唱などでより強力な魔術を叩き込むべきか。いや、しかしあれを唱えるにはそれなりの集中が必要で、その場で滞空しながらならともかく、追いかけながらというのは少々難しい。


 何かいい方法はないかと考える中、フィリーネが腰の双剣を手にした。その姿に、私は目を丸くする。


「フィナちゃん、剣を使う気? 危ないよ!」


 まだ、魔物がどういう動きをするのかわからないのだ。動きを見切らないうちに接近戦を挑めば、負傷する恐れがある。

 あの体躯だ、力は相当なものだろう。如何に身体強化があったとしても、当たれば大怪我は免れない。


 そんな私に、フィリーネはゆるゆると首を横に振って見せた。


「そっちじゃないの。オークの方を仕留めるの」


「あっ、そっか! フィナちゃん賢い!」


 ヴァルヴェルヴィルクが追いかけているオークを仕留めてしまえば、巨獣もその場で足を止めることだろう。

 問題は魔物の目の前を横切ることになる点だが、全力で駆け抜ければ多分大丈夫だ。


 私はフィリーネと共に翼を畳み、オーク達目掛けて一気に降下していった。風を切る音に身を震わせながらも、矢のような速度で地上を目指す。

 そうしてオーク達の真後ろ、ヴァルヴェルヴィルクの眼前まで舞い降りた。


 その途端、全身の毛が総毛立つほどの悪寒を感じた。背後から、並々ならぬ圧力を感じる。その主はヴァルヴェルヴィルクに他ならないだろう。

 振り向けばそれだけ隙が生まれる。私はフィリーネと共に前方へと全力で飛翔し、オーク目掛けて剣を振るう。


 擦れ違い様にすべてのオークの首を撥ね飛ばし、二人して反転して上空へと舞い上がる。背後からは獣の息遣いがありありと聞こえた。

 羽ばたきと共に浮上しながら、眼下へと目を向ける。そこで見えた光景に、私は思わず瞳を凍り付かせた。


 私達のすぐ真下に、ヴァルヴェルヴィルクの顔があるのだ。彼の魔物は地上を蹴り上がったようで、私達へと追いすがっていた。

 その大きな牙がガチンと空を噛み切り、伸ばされた前脚がフィリーネの翼を掠める。僅かに白い羽が舞い散った。


 だが、獣の跳躍もそこまでで、重力に引かれて地上へと落ちていく。その姿を見送ってから、私はフィリーネと共に安堵の息を吐きだした。


「ふぅ、危なかった……フィナちゃん、大丈夫?」


「平気なの、掠っただけなの」


 私の言葉に、フィリーネは軽く体を捻って見せる。その体に負傷がないことを確認し、私はほっと安堵の吐息を吐き出した。ちょっと危なかったけど、何とかなったようだ。


「でも、これで……」


 私は再び眼下へと目を向けた。目線の先では、ヴァルヴェルヴィルクがその場で足を目、こちらを見上げている姿が見える。

 獲物であるオークが死んだのだ、これ以上、火兎族の里の方へと向かうことはないだろう。上手い事、魔物の興味も引けたみたいなので、このまま村から離れるように誘導してしまおう。


 そう考え、ゆっくりと北に向かって羽ばたこうとした時だった。

 ヴァルヴェルヴィルクは何やらふんふんと鼻先を動かしたかと思えば、再び村の方へと向けて走り始めた。

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