57話 剣術大会 一、二回戦
冒険者ギルドの職員による案内で、俺は円形競技場の広場へと進んでいく。下から見る競技場の様子は圧巻の一言だ。周囲をぐるりと、大勢の観客が階段状の席に腰かけてこちらを見下ろしている。昨年も同じように剣術大会に出場したが、やはりこういう場は慣れないものだ。
競技場の中は、いくつもの円で仕切られていた。直径二十歩弱程の空間が形作られ、参加者はその中で一対一の戦いをするのだ。円から出る、降参するなどで勝敗が決まることとなる。
また、それぞれの円には一人ずつ、冒険者ギルドの職員が審判役として付いていた。制限時間以内に勝負がつかない場合は、それまでの攻防を元に審判役の人によって勝敗が決められるのだ。
そうして、俺は一つの円の中へと入った。対峙するのは、俺よりもいくらか年若い黒髪の少年だ。俺と同じく冒険者ギルドから借り受けた剣を握り、防具で身を包んでいる。
そろそろ気を引き締めないといけない。この人数の中から俺を探し出すことが出来たかどうかは定かではないが、クリスティーネとシャルロットも見ているかもしれないのだ。無様な試合は見せられない。
「まずはあんたを倒して、俺様の華々しい冒険者デビューを飾るぜ!」
俺の目の前に立つ少年が、やや幼さの残る声でそう言い放つ。随分と威勢がいいものの、申し訳ないがあまり強そうには見えない。おそらく、冒険者になったばかりなのだろう。 自分の腕に自信があると見えるが、実際の実力はどれほどのものか。感じる雰囲気は素人に毛が生えたくらいのものだが、俺にわからないほどに実力を隠している可能性もある。油断は禁物だ。
「初め!」
「はぁぁぁぁぁっ!」
開始の合図と同時に、少年がこちらへと走り込んでくる。少なくとも、威勢だけはいいようだ。俺は相手の出方を見るためにも、その場で動かず相手を待ち構える。
「くらえっ! 『速撃剣』!」
少年がいきなり初級剣技を駆使して、こちらへと斬り込んでくる。しかし、それは悪手だと言えよう。初級剣技はそれだけで決め手になるようなものではないため、通常の剣戟と合わせて使用するのが効果的なのだ。
少年の使用した『速撃剣』は剣の速さを増す攻撃であり、普通に使用すれば避け辛い攻撃なのだが、大振りになっているせいで剣筋が見え見えだ。
その速度は一般人にしては早いのだろうか、俺のような冒険者にとって対処するには何の問題もないものだった。
「遅い!」
斜めに振り被った剣の軌道を見切り、返す刀を振り上げる。身体強化した俺の剣は少年の剣を容易く弾き返し、その手から剣を撥ね飛ばしていた。
中空へと飛ばされた剣はくるくると回りながら放物線を描き、重力に引かれるままに落下する。そのまま、刃先を潰された剣は地へと突き刺さるようなこともなく、ただ虚しく音を立てて転がった。
俺の目の前で少年は、何が起こったのかわからないというような顔で固まっている。
「……え?」
「勝負あり、だな」
俺は悠々と少年へと剣を突きつける。それだけで、冒険者ギルド職員から試合を止められ、勝敗を告げられる。勝負は当然、俺の勝利である。
ギルド職員に連れられ、少年が未だ呆然とした表情のままで控室へと立ち去っていく。俺は続けて試合があるそうなので、その場で待機だ。そのまま、去って行く少年の背を見送る。
可愛そうなことをしたかとも思うのだが、正直、予想以上に少年が弱すぎた。まさか一合で決まってしまうとは思わなかったのだ。もう少し打ち合うか、こちらも初級剣技を使用することになるかと思っていたのだが、ほぼ身体強化のみで試合が決まってしまった。
結果だけ見れば楽に勝ち進めたので良いのだが、少年の心を折ってしまっていないか心配だ。おそらく冒険者になったばかりだと思われる少年だ、出来ればこのことに挫けず励んでほしい。
それからすぐに二回戦が行われることとなった。やって来たのは、俺より少しだけ年上に見える茶髪の青年だ。先程の少年のような挑発的な発言などすることもなく、礼儀正しくこちらへと一礼を見せてきた。
俺としても、わざわざ相手を挑発するつもりなどありはしない。相手の礼に応えるように、軽く頭を下げる。
そうして、冒険者ギルド職員の合図で試合が始まった。
青年は先程の少年のように全力で駆け寄ってくるのではなく、ややゆったりとした足取りで近付いてくる。対する俺も、相手の動きを一つとして見逃さないように注意をしながら歩み寄っていった。
彼我の距離が剣の間合いになった時、どちらからともなく剣を振り被った。ガツンという衝撃と共に、俺の剣と青年の剣とが交差する。そこから押し込むようにと力を籠めるが、互いの力量は拮抗しているようで、それ以上剣を押し込めない。
互いに距離を取り、正眼に剣を構える。そこから先は打ち合いだ。腕、肩、胴を狙い剣を振るうが、相手の剣に阻まれ届かない。逆に、相手の振るう剣を俺は危なげなく捌く。
しばらくの膠着状態は、青年によって破られた。
「『刺突剣』!」
隙とも言えない合間を縫って、鋭い突きが放たれた。一直線に俺へと迫る剣速は見事の一言で、俺に回避するほどの時間を与えていない。
「『速撃剣』!」
俺は後ろへと半歩引き、生まれた猶予を以て迫る剣を初級剣技で叩き落とす。地に叩き伏せた相手の剣が地面へと刺さり、大きく土を巻き上げた。
さらに、相手の体勢が前のめりになったところへ、左の蹴りを胴へと入れる。防具に阻まれたものの、青年は勢いに圧されるように後ろへと退く。
俺は追撃するように青年へと踏み込み、大上段から剣を振り下ろした。
「『重撃剣』!」
「くっ」
相手は辛うじて俺の剣を、水平に構えた剣の腹で受け止めた。それでも衝撃を受け止めきることは出来なかったようで、一歩、二歩と後退る。
俺は更なる追撃をしようと踏み出しかけたが、危険を感じてその場に踏み止まる。
「『裂衝剣』!」
青年が斜め下から振り上げた剛剣が、俺の目の前を通り過ぎた。その剣風に押されたように、俺の前髪が小さく揺れる。
青年が使用したのは中級剣技の一つだ。威力も速度も申し分なく、まともに受けたのであればそれだけで勝負は決まるだろう一撃だ。
それでも、俺はその起死回生の一撃に気付き、凌いで見せた。対して、青年は剣を振り切った体制のまま無防備だ。
改めて俺は青年へと一歩踏み込み、身体強化を十分に乗せた剣を振り下ろす。
「『重撃剣』!」
狙い澄ました一撃が、正確に青年の首へと迫る。そのまま振り抜くことなく、俺は剣が青年の首に当たる直前でピタリと止めた。一瞬、両者の動きが止まる。
「……俺の負けだ」
青年はそう言って剣を手放した。冒険者ギルド職員の勝敗を告げる声と共に、俺は剣を引き、小さく息を吐いた。互いに距離を取ると、どちらからともなく礼をする。
そうして青年は俺に背を向け、その場から立ち去って行った。俺はその姿を何とはなしに見送った。
正直、俺とあの青年との間に力の差はほとんどなかっただろう。それでも、中級剣技も属性剣も使用することなく初級剣技のみで勝利できたのは、俺の努力の成果だ。こうして結果が目に見えると、自分が強くなったという実感が湧いてくる。
さて、次はいよいよヴォルフとの試合だ。時間はもう少しあるようで、俺はその場で軽く首を回した。
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