569話 縞牙獣との邂逅1
「それじゃジーク、行ってくるね!」
火兎族の里の北側にある外門で、私はジークハルト達と向き直った。
今は早朝の訓練を済ませ、朝食から少し休憩を挟んだ後のことだ。これから私はフィリーネと共に、二人で北の森へと偵察に行くのである。
人選の理由は当然、空が飛べるからである。私とフィリーネであれば、上空から森の様子を確認することが出来る。この広大な森の中から、例の魔物を見つけ出すことも容易だろう。
それに、魔物に見つかったとしても逃げることも容易なのだ。安全に様子を観察できるので、偵察には打って付けなのである。
そうして私達が情報を持ち帰り、ジークハルト達と共に魔物を仕留める作戦を考える予定なのだ。
「クリス、フィナ、気を付けてな。くれぐれも、無理はするんじゃないぞ?」
「大丈夫、ちょっと見てくるだけだから!」
「出来るだけ早く帰ってくるの」
そう言って、フィリーネは両手でジークハルトの片手を握った。ハッとした私は、彼の反対の手をきゅっと握って見せる。ジークハルトはそんな私達に苦笑を見せながらも、手を握り返してくれた。
それから私達は二人して空へと舞い上がる。地上へと手を振れば、彼らは大きく手を振り返してくれた。それらに背を向け、私達は北へと向かう。
「さて、フィナちゃん、どっちに行こっか?」
「適当にあっちに行ってみるの。どうせ手掛かりなんてないの」
「そうだねぇ」
この広大な森の中、ヴァルヴェルヴィルクがどこにいるのかはわからない。
もちろん、魔物に遭遇したという火兎族達から、おおよその位置については教えてもらっている。だが、相手は生き物なのだ。棲み処がそこにあるのなら別だが、ひとところに留まっているわけではないだろう。
北進を続けながら、眼下の景色へと目を凝らす。地上では木が乱立しており、青々とした緑の色が一面に広がっている。
ジークハルトが作ってくれたヴァルヴェルヴィルクの像はなかなかに大きかったが、ここの木々は背が高いため、遠くからではその姿を覆い隠してしまうだろう。それなりに近くまで寄らなければ、見つけられないかもしれない。
「早く見つけて、ジーくんに褒めてもらうの」
「うんうん、それがいいよね!」
ジークハルトなら「よくやった」って褒めて、頭を撫でてくれることだろう。私達が魔物の情報を持ち帰れば、きっと彼の役に立てるはずだ。
「それで、王都に戻ったらデートしてくれるように、約束するの!」
「むむっ」
少女の言葉に、私は思わず目的も忘れてフィリーネの方を振り返った。ちょっと聞き流せない話である。
「デートって、二人きりで出掛けるってことだよね?」
「当然なの!」
そう言って、白翼の少女が顔を綻ばせる。きっと、彼と二人で出掛ける時のことを想像しているのだろう。
この娘のことは私も好きだが、だからと言って彼とのデートを見送るというのは、なかなか心穏やかではいられない。
「フィナちゃん、抜け駆けはダメだよ?」
「わかってるの。クーちゃんもシーちゃんも、ジーくんとデートすればいいの。順番なの」
なるほど、それは悪くない話である。
彼が私達の中の誰かを選んでくれる日が来るのか、それとも別の誰かと結ばれる日が来るのかはわからない。だが、そうならないうちは私達の立場は平等なのだ。
そのあたりのことはフィリーネもちゃんとわかっているようで、彼へのアピールは欠かしていなくとも、私達が彼と触れ合う事にも何も言う事はない。
この娘が私やシャルロットのことを好きなことも知っている。だからこそ、デートのような特別なことをしようとすれば、その機会を私達にも与えてくれるのだ。
「フィナちゃんは、ジークとどういうことがしたいの?」
「んん、ジーくんと一緒ならどこでもいいけど……強いて言うなら一緒に服を選んで欲しいの。それで、選んでもらった服を着て次に出掛けるのを約束してもらうの」
少女の言葉に、私は思わず感心してしまった。デート中に次のデートの約束をするとは、この娘、なかなかに強かである。
そう言う点では私は思い付きで行動するので、見習った方がいいかもしれない。
「そう言うクーちゃんはどうなの?」
「私はやっぱり食べ歩きかなぁ? 王都を離れている間に、何か新しい食べ物が流行ってるかもしれないし!」
私達が王都を発ってから一年とは言わないが、それなりの日数が経過している。あれから季節も巡り、王都の様子も多少は変化があることだろう。流行なんかも変わっているかもしれない。
もちろん、それ以外にも建物とか、新しいお店とかもあることだろう。そういったところを巡ってみるのも楽しそうだ。
そんな私の言葉に、フィリーネはあからさまに溜息を吐いて見せた。
「クーちゃん、そればっかりなの。フィーが言う事じゃないけど、もっと女の子っぽい――」
不意に、フィリーネが言葉を途切れさせる。私達の前方、少し離れた場所で木々が揺れ、小鳥達が一斉に飛び立ったのだ。
何かいる。フィリーネもそう思ったようで、私達は互いに顔を見合わせた。
「例のヴァル……なんとかなの?」
「ヴァルヴェルヴィルクだよ、フィナちゃん。でも、まだ全然飛んでないのに……」
まだ、火兎族の里から幾ばくも離れていないのだ。こんなところにヴァルヴェルヴィルクがいたとすれば大変である。何かの拍子に、魔物が村まで辿り着いてしまっても、おかしくはない。
とにかく、正体を確かめる必要がある。私はフィリーネと頷き合うと、未だ微かに木々が揺れる方向へと向かいだした。
そうして近付くに連れ、徐々に音も聞こえ始める。何か大きなものが、こちらへと迫りくる音だ。
近付いてみれば、何かが動くたびに、木々を打ち倒しているのがわかる。
やがて、私の両の瞳が、魔物の巨躯を捉えた。
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