567話 火兎族の里と迫る異変3
「皆様、先程は里の者を救って頂いたそうで、ありがとうございます」
そう言って、マリウスは座るなり俺達へと頭を下げて見せた。どうやら、俺とクリスティーネが火兎族に治癒術を施したことは、既に耳に入っているらしい。
俺が軽く片手を上げて応えるところへ、アメリアが父親の方へと身を乗り出した。
「父さん、何があったの? 魔物が出たって聞いてるけど……」
「あぁ、実は今、ちょっと困ったことになっていてな」
そう言って、マリウスは詳しい話を聞かせてくれた。
異変が起こったのは、今から十日ほど前のことだという。里に魔物が来ないよう、近場の安全は確保しているはずが、魔物が姿を見せるようになったそうだ。それも、日に日にその数を増しているらしい。
不審に思ったマリウスは、里の男衆に森の調査を命じたそうだ。そして、森の奥地に見たことのない魔物がいることが分かったという。
どうやらその魔物のせいで、森の生態系が乱れているようだ。追われた魔物が、火兎族の里の方に押し寄せているというわけである。道理で、木材加工所の近くにオークが現れたわけだ。
「先程の者達も、その魔物にやられたらしい。幸いというべきか、近くにオークがいたようで、魔物の注意がそちらに向かっている間に逃げてきたと」
火兎族達はこれまでにも何度か、その魔物の様子を窺いに向かっているそうだ。だが今回も十分に気を付けていたそうだが、魔物の勘が良いのか見つかってしまった。
魔物に襲われ負傷したものの、そこへオークが現れた。魔物はオークを獲物とみなしたのかそちらへと襲い掛かり、火兎族達はその間に逃れてきたそうだ。
「どんな魔物なんだ?」
「家程にも大きな、四足で駆ける強力な魔物です。大きな二本の角を持ち、長い尻尾があるそうで」
ううむ、大型の魔物であることは間違いなさそうだが、いまいち特定が出来ないな。少なくともフォレストスネイクではなさそうだが、獣型の魔物などいくらでもいる。
ケルトノープあたりだろうか。いや、あの魔物は確かに大きいが比較的温厚な方だし、蹄なので火兎族達を引き裂いたような爪を持っているわけでもない。
だとするとライバロクスか。いや、あいつは確か三本角だったはずだ。それに大きさも家程には大きくない。もちろん良く育った個体という可能性はあるのだが。
考え込む俺の前で、マリウスは思い出したように口を開いた。
「それから、特徴として白と黒の縞模様の体毛という――」
「ちょっと待て、白と黒の縞模様だって?」
俺は思わずマリウスの言葉を遮った。彼の語った特徴に該当する魔物として、思い当たる節が一つあった。だが、もし俺の予想が当たっていたとすると大変なことだ。
眉を寄せる俺の袖が、クリスティーネによって引かれる。
「ジーク、何の魔物かわかったの?」
「あぁ、もしかするとヴァルヴェルヴィルクかも知れない」
「えっと、それはどんな魔物ですか?」
俺の告げた魔物の名前に、シャルロットが小首を傾げて見せる。他の皆にしても、どうやら聞き覚えはないようだ。
それも仕方がない話である。彼の魔物は冒険者の間ではそこそこ名の知れたものだが、一般的にはそこまで有名というわけではないからな。
俺は少女達に「ちょっと待ってくれ」と告げ、長椅子から腰を上げた。そうして、建てっぱなしにしている天幕へと向かう。旅の間は毎日片づけている天幕だが、ここに滞在するうちはずっと使うことになるので、そのままにしているのだ。
そうして天幕の中に置いている背負い袋から、一冊の本を持ち皆の元へと戻る。持ってきたのは、魔物について書かれた本だ。
椅子に腰を落とし、パラパラと中身を捲る。そうして、目的のページを見つけ出したところで、皆に見えるようにと広げてテーブルの上に置いた。
「こいつがヴァルヴェルヴィルク、別名縞牙獣だ」
そう言って俺が指差す先には、白と黒の縦縞模様の魔獣が綺麗に描かれていた。皆はその姿をよく見ようと、テーブルへと身を乗り出す。
「肉食の魔物で巨体でありながら動きは俊敏、残虐な性格で動くものには何でも襲い掛かるらしい。強靭な爪と牙を持ち、岩も軽々と噛み砕くそうだ」
俺の説明に、フィリーネが難しそうな顔で眉根を寄せた。
「んー、強そうなの」
「この魔物、家くらい大きいんでしょ? そんなのが近くにいるなんて……」
不安そうな表情で、エリーゼが言葉を溢す。挿絵の魔物は見るからに凶悪そうな面構えで、こんな魔物が里の近くに巣食っているとなれば、心配にもなるだろう。
本の内容を見たマリウスが、一つ頷きを見せた。
「私も直接この目で見たわけではありませんが、この魔物で間違いないでしょう」
「どうするの、父さん?」
「狩るのは無理だろうからな……立ち去るのを祈るか、危険を冒して遠くに誘導する他にない。それも無理であれば、この里を捨てて人族の住む町へと移ることになるだろう。今は、里の有力者達でどうするのかを話し合っているところだ。結論が出るよりも前に、魔物が来なければいいんだが……」
アメリアに問われ、マリウスが溜息交じりに言葉を漏らした。
俺も実際に見たことはないものの、ヴァルヴェルヴィルクと言う魔物については耳にしたことがある。もしも都市の近くで目撃されたなら、騎士団総出で討伐へと当たらなければならない魔物だ。
火兎族達は屈強な種族ではあるものの、その数はそこまで多くはない。戦えるものとなれば、さらに限られてくるだろう。
そんな彼らがヴァルヴェルヴィルクに挑んだところで、討伐することは叶わないのは明白だ。成り行きに任せるか、犠牲を覚悟で遠ざけるくらいしか打つ手はないだろう。そうでなければ、里を捨てて町に移り住むくらいか。
ただ、今までは人族になりすまし、物の売り買いくらいでしか関わりのない町へと移るのは、そう簡単なことではない。移り住むと言っても、住む場所も頼りもないのだ。町に移って生きて行けるのか、保証はない。
それくらいであれば、この里で最後まで抗おうという意見まであるそうだ。
もちろん、俺としては黙ってそれを見過ごすようなことは出来ない。
「なら、俺達で討伐に行こう」
折角、奴隷狩りから助け出した火兎族達を見殺しにするわけにはいかないし、何よりアメリアとエリーゼの故郷なのだ。俺達が力を貸さない理由はないな。
「うん、それがいいよね!」
「毛皮が高く売れそうなの」
クリスティーネとフィリーネも、俺の意見に賛同を示してくれる。実際、ヴァルヴェルヴィルクの毛皮は高く売れることだろう。もっとも、戦うとなれば素材の状態への配慮はあまり出来そうにないが。
そんな俺達の言葉を受け、マリウスは眉尻を下げて見せた。
「しかし、恩人である皆様方にこれ以上ご迷惑をかけるわけには……」
「気にするな、アメリアとエリーゼのためだ」
「ジーク……ありがとう」
俺の言葉を受け、アメリアが安堵したような表情を見せる。
その隣に腰掛けるベティーナが、本の挿絵を睨みつけながら眉根を寄せた。
「でも大丈夫なのか? こいつ、強いんだろう?」
「強力な魔物ではあるな。だがまぁ、龍よりはマシだろう」
ヴァルヴェルヴィルクはAランク相当の魔物として知られているため、いざ戦うとなっても苦戦を強いられるのは間違いない。それでも、黒龍と比較すればまだマシな方だ。
あの時は氷龍であるレイが正面切って戦ってくれたため、俺達はほとんど被害を受けるようなことはなかった。今回は俺達だけで魔物に挑む必要があるので、あの時よりも苦戦はするだろう。それでも、龍と戦うよりかはいくらか楽なはずだ。
そんな俺の言葉に、ロジーナは驚愕の表情を見せた。
「そりゃぁ、龍と比べればマシでしょうけどぉ……その口ぶりだと、龍と戦ったことがあるのかしらぁ?」
「さてな」
少女の言葉に、俺ははぐらかすように肩を竦めて見せた。
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