562話 火兎族の里とお手伝い5
「おーい、兄ちゃん達!」
そんな風に声を掛けられたのは、俺達が今まさに火兎族の里から外へと出ようとした時だった。
聞き覚えのある声に足を止めて振り返ってみれば、こちらに駆け寄ってくるカイの姿があった。その右手には何やら、手作りだと思われる木剣を持っている。
「おはよう、カイ。何か用か?」
軽く膝を曲げて赤毛の少年に応対すれば、カイは何やら紅の瞳に期待を籠めたようにキラキラした目で俺を見上げる。
「兄ちゃん達、外に行くのか?」
「うん! 昨日、カイくん達がいたところまで、木材を取りに行くんだ!」
「それなら、俺もついて行く!」
少年の言葉に、俺達は思わず顔を見合わせた。断るほどの理由もないが、本当に連れて行っても良いものか、少し悩む。
カイの方へとシャルロットが一歩近寄り、目線の高さを合わせた。
「また、昨日みたいに怒られちゃいませんか?」
「兄ちゃんと一緒なら平気だよ!」
確かに俺達が一緒であれば安全だろうが、それで怒られないとは思えない。本人がそれで後悔しないというのであれば、俺から言う事もないのだが。
そもそもこの子の性格から言って、里の外に出るのを禁止させたところで、勝手に出て行ってしまうだろう。この子の親は苦労していそうだな。
「フィー達、遊びに行くわけじゃないの。お仕事なの」
フィリーネが膝を曲げ、少年の額をつんつんと指で突いて見せる。対して少年はそれを防ぐように、自らの額を両手で守った。
「わかってるよ! なぁ、いいだろ兄ちゃん!」
「ジーク、どうしよっか?」
「……まぁ、構わないだろ」
クリスティーネに問われ、俺は小さく息を吐きだした。
この年頃の子にとっては、些細なことも遊びの一種なのだろう。それこそ、里の外に出ること自体が探検なのだ。俺にもそんな時期があったので、少年の気持ちはよくわかる。
それに、こういう子供というのは大人の真似をしたり、仕事の手伝いとかもしたくなるものである。木材の積み込みくらいであれば、手伝いもしてくれそうだ。
それに放っておいたところで、この子はこっそりと俺達の後をついてきそうなのだ。その場合でもすぐに気付けるだろうが、だったら初めから近くにいてもらった方が安全である。
「よし、カイ、ついて来てもいいぞ。ただし、俺達から離れないようにな」
「そうこなくっちゃな!」
こうして俺達はカイを加えて、火兎族の里を後にした。
木材の加工場を目指して歩き始めてしばらく、カイは随分とご機嫌な様子だ。鼻歌交じりに、手に持つ木剣を振り回している。
「いい剣だな、カイ?」
「これか? いいだろ、父ちゃんが作ってくれたんだ!」
そう言って、少年は自慢げな様子で俺に剣を見せてくれた。
「へぇ、見せてもらってもいいか?」
そう声を掛ければ、カイは素直に俺の方へと木剣を差し出す。俺は片手で荷車を押したまま、もう片方の手で木剣を受け取る。そうして、近くでそれをよく見る。
なるほど、悪くない剣だ。全体的にしっかりとした造りで、丁寧に仕上げられている。俺には少々握りは細く短いが、カイにとっては丁度良いだろう。遊びとして振るにはなかなか良さそうだ。
礼を言って剣を返せば、カイは再び得意げに振り始める。
そこでふと、カイは俺の方を見上げた。
「そうだ兄ちゃん、剣を教えてくれよ!」
「剣を? なんだ、カイは剣術を覚えたいのか?」
俺の問いに、少年は勢いよく首を縦に振って見せる。
火兎族を含めた獣人族というのは、身体能力に秀でた種族だ。近接戦闘の伸びしろで言えば、人族よりも上である。
そのため剣術を覚えればそれなりに戦えるようになるのだろうが、アメリアやエリーゼを見る限りでは体術の方が相性が良さそうである。まぁ、アメリアもナイフは使うんだけどな。
他の火兎族に教えを乞うのであれば、体術を教えてもらう方が良いのではないだろうか。何故、わざわざ俺から剣を習いたいのか。
「前に兄ちゃんに剣を見せてもらっただろ? あれ、格好良かったから!」
そう言って、カイは無邪気に笑って見せた。
そんな風に言われると悪い気はしないな。ここに滞在する短い時間にはなるが、剣術を教えてやっても良いかもしれない。
「俺、結構練習してるんだぜ! もしかしたら、シャル姉ちゃんより強いかも!」
「むっ! そんなことはありません!」
カイの言葉に、シャルロットが珍しくむっとした様子で反論する。それから両手を腰に当てて、傍らの少年を見下ろした。
「私はジークさんに剣術を教えてもらっていますからね! 言わば、ジークさんの一番弟子です! カイさんに負けるはずがありません!」
珍しい態度だが、普段は俺達年上ばかりを相手しているからな。なるほど、年下を相手にするとこういうところもあるのか。
いつもは年齢よりも大人びて見えるが、こうやって見るとまだまだ子供らしいところがあるんだな。そういうところも可愛らしいと思う。
そんなシャルロットの言葉に、カイは対抗するように胸を張って見せる。
「ふふん、やってみなくちゃわかんないぜ!」
「やってみなくてもわかります! 私の方が強いです!」
「ならシャル姉ちゃん、勝負しようぜ! 勝った方が兄ちゃんの一番弟子を名乗れるんだ!」
「望むところです!」
二人はむむっとばかりに互いの額を突きつけ合う。内容だけ聞けば険悪な雰囲気だが、見た目は微笑ましいものである。
別に喧嘩をしているわけではないし、競い合うのは実力の向上には効果的だ。試しに戦わせてみるというのも、悪くはないだろう。
もっとも、戦ってみたところでシャルロットが勝利するであろうことは疑う余地がない。
歳の差もさることながら、俺にみっちり剣術を教えられたシャルロットと、身体能力に優れた火兎族とは言え独学で齧っただけのカイでは埋められない差があるだろう。
「よし、それじゃ早速勝負だ!」
「受けて立ちます!」
そう言って、氷精の少女は背負い袋から訓練用の木剣を取り出す。まさかこの場で模擬戦をするつもりなのか。
仕方なく、俺はその透き通った髪の上へと軽く手を乗せた。
「二人とも、せめて加工所に着いてからにしてくれ。あそこなら広さもあるから」
木材自体は崖に空けた穴の中に積まれていたが、穴の外の岩壁に囲まれた範囲は、訓練を行うためにそれなりの広さを確保している。あそこであれば、模擬戦も十分に可能なはずだ。
「あっ……す、すみません!」
俺の言葉に、シャルトットは先程の勢いもどこへやら、頬を赤く染め恥ずかしそうに俯いた。
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