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554話 火兎族の里への帰還2

 岩壁の内側へと入った俺は、中の様子へと目を向ける。そこには、以前俺が土魔術で岩壁をくり抜いた、居住空間が広がっていた。

 荒れた様子はなく、定期的に人の手が入っているのであろうことが伺えた。


「少し、物が増えてますね」


「向こうには作業場があるの」


 そう言ってフィリーネが指差す先へと俺も目を向ける。

 そちらには以前にはなかった、木製のテーブルと椅子が置かれていた。その奥の壁際には斧が立てかけられ、傍には薪の束が積み上げられている。


 どうやらここは今、伐採場として使用されているようだ。そう言えば、岩壁の外の木がいくらか切られているようだったな。

 それらを思い返してから、俺は正面へと目を戻した。


 そこには、三人の火兎族の少年がいた。何れも見覚えのある顔だ。俺達が一時的にここで暮らしていた時に、一緒に生活していた子達である。

 一人はいかにも元気が有り余っている様子の少年、名前はカイと言ったはずだ。先程、岩壁の上に顔を出したのも、この少年である。


 その後ろに控えている気弱そうな少年がクルト、少しぼんやりとした少年がウードだ。何れも火兎族の特徴である赤毛に大きな耳、それから尻尾を有していた。


「久しぶりだな、カイ。こんなところで何してたんだ?」


「人族の兄ちゃんじゃんか! 久しぶり!」


「ジークハルトだ」


「そうそう、ジークハルトの兄ちゃん!」


 そう言って、カイはニカッと笑って見せた。相変わらず、俺達相手にも物怖じしない少年だな。後ろの二人とは大違いである。


「オークから逃げてきたんだよ!」


 どうやらカイ達は森で遊んでいたところ、先程俺達の倒したオーク達に遭遇したらしい。それで、里よりもこちらの方が近かったらしく、逃げ込んだようだ。ここはもしもの時の避難所としても、機能しているらしい。

 ただ、逃げ込んだはいいものの、オーク達がしつこく壁の外にいたため、どうしようかと困っていたところだったと言う。そこへ、俺達が丁度良くやって来たというわけだ。


「外で遊ぶのは危ないんじゃないか?」


「オークなんかに俺達が追いつかれるはずがないだろ? あ~あ、剣があれば、やっつけてやれたのにな!」


「カイ、木刀じゃ無理だよ……」


 自信満々といった様子で剣を振る動作を見せるカイへと、諫めるようにクルトが声を掛ける。

 子供とは言え、火兎族の足は速い。カイ達が全力で逃げれば、オークに追いつかれることはないだろう。ただ、剣があったところで、この子達がオークを仕留めるのはまず無理だろうな。


「それより、兄ちゃん達こそどうしたんだ? なんか用があるとかで、帰ったんじゃなかったっけ?」


 そう言って、カイが首を傾げて見える。それから少し不満そうな顔で「折角、剣を教えてもらおうと思ったんだけどな」と言葉を続けた。

 どうやらこの子達は、俺達が火兎族の里を後にした理由については聞かされていないようだ。ま、クリスティーネ達が捕まったのを追いかけたなんて、あまり子供に聞かせるような話ではないからな。


 それからカイは、不思議そうな表情で俺達の顔を見渡した。


「兄ちゃんと、アメリア姉ちゃんだろ? それから龍の姉ちゃんと鳥の姉ちゃんと、ちっこい姉ちゃんとー」


 少年は俺達を一人一人指差しながら、確認をしていく。

 それに対してクリスティーネが笑顔で片手を振り、フィリーネは軽く膝を曲げて少年の頬をつついた。


「クリスティーネだよ、久しぶり!」


「フィーはフィーなの」


「シャルロットですよ。元気そうで良かったです」


「そうだそうだ! クリス姉ちゃんとフィー姉ちゃんと、それからシャル姉ちゃんだ!」


 三人の名乗りに、カイがぱっと顔を明るくさせた。一応ちゃんと、クリスティーネ達のことも覚えていたようだ。

 それからイルムガルトの顔を一瞥したものの、すぐに興味をなくしたように視線を逸らす。その向かう先はエリーゼだ。


「姉ちゃん誰だ? 同じ火兎なのに、俺、姉ちゃん見たことないぞ?」


 どうやらカイは、火兎族であるにもかかわらず見覚えのないエリーゼを不思議がっているようだ。

 無理もない、エリーゼが奴隷狩りに攫われたのは五年も前の話なのだ。その頃のカイと面識があったとしても、一目見ただけでは思い出せないだろう。


 エリーゼはそんなカイ達の方へと歩み寄り、軽く膝を曲げて目線の高さを合わせた。それから、自分の顔を指差して見せる。


「ほら、カイくん。私だよ、エリーゼだよ? 昔、一緒に遊んだよね?」


「う~ん……そうだったっけ? ウード、覚えてるか?」


 期待を込めたエリーゼの声に、カイは悩むように首を傾げて見せた。名前を言われても覚えていないらしい。

 問われたウードも思い出せないらしく、緩やかに首を横に振って見せた。


「そんなぁ……」


 少年達の回答に、エリーゼはがっくりと項垂れて見せた。結構ショックを受けているらしい。まぁ、気持ちはわからなくもないな。

 そんな赤毛の少女の方へと、クルトが一歩近づいた。


「僕は覚えてますよ。アメリアお姉さん達の友達の、エリーゼお姉さんですよね?」


 少年の声に、エリーゼはぱっと表情を一転させた。


「クルトくん、えらいぞ!」


 そう言って、よしよしと少年の頭を撫でる。突然頭を撫でられることになったクルトは、恥ずかしそうに顔を赤くさせた。


「で、でもエリーゼお姉さんって、五年前に亡くなったって聞きましたけど……」


「えっ、嘘?! 私、死んだことになってるの?!」


 大層驚いた様子で、エリーゼがアメリアの方を振り返る。どうやら初耳だったらしい。

 アメリアはと言うと、何やら気まずそうに顔を逸らした。


「その、一部ではそう言う話になってるわね……」


 火兎族の里は、ほぼ全員が顔見知りのようなものなのだろう。そんな中で突然、年頃の若い娘が姿を消すことになったのだ。

 大人達はともかくとして、子供達には亡くなったと伝える方が、余計な混乱を生まなかったのだろうな。


「姉ちゃん、幽霊なのか?」


「そんなわけないでしょ!」


 カイの頭へと、エリーゼは軽く手刀を落とす。古くからの知り合いだけあって、気安い間柄のようだ。もっとも、カイ本人は覚えていないようだが。


「訳あって里の外に出ていたエリーゼに会えたから、里まで送り届けに来たんだよ」


「ふ~ん」


 俺の言葉に、カイは両手を頭の後ろで組んで見せた。あまり興味はなさそうだな。


「それで、今から里まで行くんだが……カイ達も一緒に行かないか?」


 このまま子供達を放っておくわけにはいかない。日没も近いし、俺達と一緒に里へと戻るのが安全だ。


「そうだな、そろそろ帰るか!」


 快諾したカイ達を連れ、俺達は火兎族の隠れ里へと向かう。少し森が切り拓かれたようで、以前よりも道らしくなっていた。

 そうして歩くことしばらく、陽が赤く染まるころになって、俺達は火兎族の里へと辿り着いた。

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