553話 火兎族の里への帰還1
翌日、シュネーベルクの町まで辿り着いた俺達は、町へは寄らずにそこから北の森へと足を向けた。ようやっとここまで辿り着いたのだ。火兎族の隠れ里までは後半日ほど、町へと寄り道などしていては、今日中に辿り着けなくなってしまう。
そうして里へと向かう道すがら、エリーゼがしきりに辺りを見回していた。
「どうだ、エリーゼ? 思い出したか?」
「う~ん、あんまり覚えてないかも? 五年も前だし、そんなに頻繁にこっちの方まで来たことないし……」
見覚えがあるかと思ったが、少女はあまりピンときた様子がないようだ。まぁ、五年も前のことだし、取り立てて特徴のない森の中だからな。
それに、エリーゼは初めてシュネーベルクの町に行った際に、奴隷狩りに捕らえられたという話だ。それまでも多少、町の近くまで行ったことはあるようだが、そこまで回数が多くなければ、記憶にも残っていないだろう。
それから俺達は、火兎族の里とシュネーベルクの町とを隔てる山脈へと辿り着いた。この山があるからこそ、それなりの近さだというのに火兎族の里がまだ見つかっていないのだろうな。
アメリアの案内で、山に空いた洞窟まで辿り着く。この洞窟が、里と町とを繋ぐ唯一の通路である。
ここに来て、ようやくエリーゼが表情を変えた。
「そうそう、この洞窟! 懐かしいなぁ……」
森の景色は忘れてしまっても、さすがに里へと繋がる洞窟の存在は覚えていたようだ。赤毛の少女は興味深そうに、洞窟の奥を覗き込んで見せる。
それから俺達は洞窟の中へと、一列になって踏み入る。先頭をクリスティーネ、最後尾を俺が勤め、それぞれ灯りとして光球の魔術を使用した状態だ。
洞窟内に魔物が棲みついているようなこともなく、俺達は順調な足取りで向こう側へと進む。やがて出口の光が見え、俺達は無事に洞窟を抜けた。
そこで俺はふと、右手へと目線を移してみた。そちらの方向は、俺達が前回火兎族の里へと訪れた際に、ベティーナとロジーナ、それから子供達と共に一時的に避難して暮らしていた場所だ。
そこの様子を見て、俺は思わず眉根を寄せた。
そこは以前と同じように、崖際をぐるりと岩壁が囲っているのがわかる。俺が土魔術で作り上げた、外敵の侵入を防ぐ防壁だ。俺達は、あの内側で寝泊まりしていたのである。それ自体は、以前と変わらない景色だ。
ただ、今はそこに二匹のオークがいたのである。オークなんて冒険者の代表的な獲物だというのに、随分と久しぶりに目にするな。
二匹のオークは、何やら目の前の岩壁に手を当て唸っている。どうやらあれを登りたいらしいが、登れないといったところか。
このオークを見逃せば、他の火兎族が襲われるかもしれない。仕留めておくかと、一歩踏み出した時だった。
「ふふん、一番乗り!」
「負けないの!」
俺が動くよりも早く、クリスティーネとフィリーネの二人が背の翼をはためかせ、低空でオークへと駆けた。二人に気が付いたオークは二人を迎え撃つか如く並んで見せるが、ただのオークがこの二人に敵うはずがない。
擦れ違い様に剣が振られれば、綺麗にオークの首が飛ばされた。鮮やかな手際である。ううむ、やることがなかったな。
地面に倒れ込んだオークの方へと歩み寄る。折角の獲物だ、火兎族の里への手土産にしてしまおう。
「前は見なかったが、この辺りにもオークはいるんだな」
オークの死体から肉と魔石を剥ぎ取りながら、俺は火兎族の少女達へと声を掛ける。
冒険者にとってオークはなかなか旨味のある獲物ではあるが、一般人にとっては十分な脅威である。身体能力の高い火兎族達であれば遅れは取らないのかもしれないが、こんな風に近くをうろうろされると、普段の生活は危険ではないのだろうか。
そんな俺の言葉に、アメリアは首を横に振って見せた。
「いいえ、このあたりでは滅多に見ないはずよ? 近場の魔物は狩りをして、安全を確保してるはずだから」
アメリアによれば、里の近くに魔物が棲み処を作らないよう、火兎族の男衆で定期的に見回りをしているそうだ。特に里と町への洞窟の間は入念に安全を確保しているということで、こんなところでオークを見ることはまずないことらしい。
もちろん、里の更に北に広がる森にはオークだって生息しているので、それがここまで来た可能性はあるとのことだが。
「う~ん、人手が足りないのかなぁ?」
アメリアの言葉に、エリーゼが首を傾げて見せる。
しかし、襲撃当時であればいざ知らず、俺達が助け出したことで火兎族の者達は里へと戻ったはずだ。もちろん、復興に手を取られているのも原因なのだろうが、里の周囲の安全確保という大事な仕事に割く人員を減らすだろうか。
考えを巡らせながらもオークの処理を済ませ、残った死体を土魔術で掘った穴の中へと埋める。それから俺はオーク達が縋りついていた岩壁へと向き直った。
俺の身長を越える高さの防壁は、ほとんど以前と同じ見た目をしている。そこに唯一点、前回と異なるところがあった。
防壁のところどころに、小さな足場が設けられているのだ。防壁の上まで続く足場は、身体強化を使えない者でも中へと入れるようにという配慮だろう。
この大きさであれば、獣やオークなんかが中に入り込む心配もない。身軽な火兎族ならではといった処置だな。
そんなことを考えていると、赤毛の少女達が大きな耳をピクリと揺らした。
「誰か、中にいるわ」
「中に? 火兎族か?」
少女の声に、俺は防壁の上を見上げる。それから一歩遅れて、俺の耳にも壁の向こうで何かが動く音が聞こえた。
それは俺達のすぐ目の前、壁一枚挟んだ向こう側まで来たようで、段々と音の聞こえる高さが上へと上がる。多分、壁の内側にも同じような足場があり、それを登っているのだろう。
そうして――
「あっ、アメリア姉ちゃん!」
壁の上から、ひょっこりと火兎族の少年が顔を見せた。
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