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552話 もう少し

 パチパチと爆ぜる焚火の熱を感じながら、俺は片手に持った木製の杯を呷る。やや熱めの茶が喉を通り、俺は自然と息を吐きだした。

 夜のために外気は多少冷たくなったが、以前と比べればかなり暖かい方だ。それも当然である、何故なら俺達は、ようやく王国へと帰ってこられたのだから。


 ダスターガラーの町でナターリヤに顔を見せた翌日、俺達はすぐにその町を発った。南へと歩を進め、やがて国境となる川沿いの町へと辿り着く。

 折角、爵位証を貰ったのだからと、川を渡る際に見張りの騎士達へ見せようかと思ったのだが、結局いつも通り冒険者ライセンスで事が足りた。そうして川を渡り、王国へと帰ってきたというわけだ。


 そこからまた少し歩き、今はシュネーベルクの町から半日ほど手前で、野営をしているところである。帝国にいる間にすっかり慣れてしまった、周囲を防壁で覆った安全確保状態だ。

 王国に帰ってきたからと言って、劇的に何かが変わったわけではない。戻ってきたことを実感するのは、町についてからになるだろうな。


 そんな風にこれまでの事を思い返していると、ふと視界の端にいる赤毛の少女の様子が気になった。


「どうかしたか、エリーゼ?」


 俺の声に、エリーゼはぴくりと大きな耳を揺らして見せた。エリーゼは何やら考え込むような様子で、焚火の火を見つめていたのだ。


「ううん、何でもないよ。ただ、ちょっと、緊張しちゃって」


 そう言って、少し困ったように眉尻を下げて見せた。その内心は、推して測れるというものだ。

 何しろ、エリーゼにとっては実に五年振りの故郷なのである。アメリアとの会話を聞き齧る限りでも、両親や友人たちの名前なんかは良く挙がっていた。そんな人たちに明日、ようやく会えるともなれば、落ち着かない気持ちにもなるだろう。


 そこで少女は何やら思いついた様子で「そうだ!」と表情を変えた。


「ねぇジークさん、ジークさん達って、私達を送ったらすぐに帰っちゃわないよね?」


 そう口にする少女は、少し不安そうな様子だ。俺達と別れることを惜しんでくれているらしい。そう言えば、その当たりの予定については、まだ話し合っていなかったな。


「そうだな、許可が出るなら何日か滞在していきたいな」


 アメリアとエリーゼを送り届けて、はいさようならと言うのは余りにも薄情だろう。出来れば何日か泊めて頂き、これまでのことなんかをじっくりと話したりしたいところだ。

 ただ、火兎族の里には宿がないはずだからな。泊まるとなれば、どこかに厄介になる必要がある。まぁ、最悪野宿でも構わないのだが。


 それから、火兎族の里は赤い鎖を操る男の襲撃によって、半壊状態だったはずだ。あれからそれなりに時間も経過したので、多少復旧はしているだろう。それでも、何か復興の手伝いなんかも出来るかもしれない。


「許可が出ないはずないでしょ? ジーク達は里の恩人なんだから」


 そう口にしながら、アメリアが杯に口を付ける。

 確かに俺達は火兎族の里を襲った賊達を捕らえ、彼らを助け出した。シュネーベルクの町へと戻り、奴隷市場で売られるのを待っていた火兎族達も救い出した。


 そう言った実績を考えれば、いくら人族嫌いの火兎族とは言え、早々邪険にされるようなことはないだろう。


「ベティーナさんとロジーナさん、お元気でしょうか?」


「えへへ、また会えるのが楽しみだね!」


 小首を傾げたシャルロットへと、クリスティーネが笑顔を向ける。

 ベティーナとロジーナと言うのはアメリアの友人で、彼女と同じ火兎族の少女達だ。俺達が初めて火兎族の里を訪れた際、奴隷狩りの手から逃れて隠れていたところに遭遇したのだった。


 それから短い時間ではあるが、一緒に暮らしたこともある。まぁ、一緒に暮らしたとは言っても、帝国で隠れ住んでいた時のように洞窟暮らしだったのだが。

 今は解放された火兎族と一緒に、里で平和に暮らしていることだろう。元気にしているだろうか。


「んふふ、今回はゆっくり出来そうなの」


「前はバタバタしていたからなぁ……」


 元々、クリスティーネとフィリーネに施された、赤い鎖の刻印をどうにかするために火兎族の里を訪れたのだが、そこで丁度奴隷狩り達の襲撃に遭ったのだった。

 そこから洞窟へと逃れて、手掛かりを探しに里へと戻ったところで再襲撃に遭い、クリスティーネとシャルロット、それにフィリーネが捕らえられることとなった。


 アメリアとベティーナと共に奴隷狩り達の拠点を突き止め、フィリーネを救い出すことには成功したものの、クリスティーネとシャルロットは連れ出された後だった。

 助け出した火兎族達を里へと連れ帰ったものの、二人を救い出すためにすぐにそこを発ったからな。それからはずっと、帝国へと向けて北進を続けたのだった。


 俺達が火兎族の里に居た時間など、合計したところで一日にも満たないのではないだろうか。そう言う意味で、この子たちが普段どうやって暮らしていたのか、少し興味があるところだ。


「ねぇエリーゼ、火兎族の里ってことは、みんな二人みたいな耳と尻尾があるものなの?」


「そうだよ?」


「それは……ちょっと壮観ね」


 エリーゼの言葉に、イルムガルトが少し楽しそうに口元を緩めた。

 当時はあまりじっくりと見る心の余裕はなかったが、思い返してみれば火兎族の集まった景色というのは、なかなか面白い物だった。冒険者という職業柄、異種族を見る機会はそれなりにあるものの、人族以外の種族が一堂に会しているところを目にする機会はないからな。


「家はどうなってるかしら? 直ってるといいんだけど……」


「そっか、潰れちゃったんだっけ?」


 奴隷狩り達の襲撃を受け、火兎族の里の家は半数ほどが全壊、残る半分も半壊状態だった。エリーゼの家はわからないが、アメリアの家は完全に倒壊していたからな。大きな家だっただけに、直すのも一苦労だろう。


「それでも、生きていれば何とかなるもんだ」


 俺はそう言って、肩を竦めて見せた。

 俺達なんて、天幕を利用した旅生活だからな。それと比較すれば、例え簡易的なテントで暮らすにしたって寝泊まりは十分だろう。もちろん、立派な家があるに越したことはないのだが。


「そうよね……エリーだって、生きてたからまた会えたわけだし」


「うんうん、そうだよね! やっと帰れるのかぁ……楽しみだなぁ」


 そう言って赤毛の少女は焚火の炎を見つめ、小さく笑みを浮かべて見せた。

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