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55話 剣術大会 開催前2

「探したぞ、ジークハルト!」


 そんな声と共に呼び止められたのは、剣術大会への出場手続きを行った翌日のことだ。その日の稼ぎを得るためにも、そして剣技の訓練をするためにも、俺達はこの日も冒険者ギルドを訪れていた。

 いつものように依頼掲示板で依頼を眺めていると、後ろから声が掛けられた。どこかで聞いたことのある声だ。それもそのはず、振り返った俺の前にいたのは、俺をギルドから追い出したギルドマスター、ヴォルフだった。


 王都で活動する以上、いつかは出会うだろうと思っていた。それでも正直、出来れば会いたくはない相手だった。あの頃の俺は初級剣技と初級魔術しか使えないために、ヴォルフにギルドを追放されたのだ。恨んでいるとまでは言わないが、苦い思いをしたのは忘れていない。

 とは言え、呼び止められておいて無視をするわけにもいかないだろう。俺は出来るだけ平然を装うと、ヴォルフへと話しかけた。


「ヴォルフか、久しぶりだな」


「あぁ、まあな」


 俺を見返すヴォルフの目は厳しいものだ。横柄に両腕を汲んでこちらを見下している。その立ち振る舞いからも、機嫌が悪いのか何やら苛立っている様子が伺える。久しぶりに会ったというのに、そんな風に見られる理由がない。少なくとも、俺の方には心当たりがなかった。


「ジーク、知り合い?」


「あぁ、以前にちょっとな」


 クリスティーネと小声で言葉を交わす。クリスティーネも、突然現れたヴォルフの態度を訝しんでいるようだ。あまり友好的とは言えない態度に、少し金の瞳を鋭くしている。


「それで、何か用か?」


 俺とヴォルフとの縁は、ギルドを追放したことで切れたはずだ。今更、俺に一体何の用があるというのだろうか。

 先程、ヴォルフは「探した」と言っていた。つまり、少なくとも俺に何らかの用事があるということだろう。その用事が何なのかは、俺には見当もつかなかった。

 頼みたいことがある、ということもないだろう。冒険者の依頼関係の話であればギルドメンバーに頼めばいいし、わざわざ俺に頼む理由がない。


 だが待て、俺にではなく、クリスティーネかシャルロットが目的ということは考えられないだろうか。二人とも街では普通の人族のように振舞っているが、クリスティーネは街の外では翼と尾を出しているし、シャルロットだって、捕らえられた人攫い達から氷精族という情報が洩れている可能性もある。

 それを考えると、珍しい種族である二人をギルドに勧誘しに来たとも考えられる。二人がその話を受けるとも思えないが、何を言い出すのか警戒した方がいいだろう。

 そうして身構える俺に対し、ヴォルフは要件を口にした。


「お前が頼むというのであれば、またギルドに入れてやらないでもない」


「……は?」


 ヴォルフの話に、俺は目を丸くする。一体どういう風の吹き回しだろうか。

 今更ギルドに戻って来いと言われても、正直困る。もちろん、ギルドを追放となった直後であれば喜んで戻っただろうが、あれから随分と状況が変わった。

 別にギルドには所属しなくても、冒険者としてはやっていける。ギルドを追放となったのは苦い思い出ではあるが、結果的にはそのお陰でクリスティーネとシャルロットにも出会うことが出来た。結果だけ見れば、ギルドを辞めてよかっただろう。


「いや、いいよ、今更」


 俺はヴォルフの提案を蹴ることにした。ギルドに所属することはメリットもあるが、同時にデメリットもある。少々、身動きが取り辛くなるのだ。クリスティーネの希望が世界を見て回ることである以上、俺自身も出来るだけ身軽でいたいと思っている。

 それに、もしもギルドに所属するとしても、以前のギルドに戻ることはないだろう。わざわざ戻りたいとまでは思わないし、ヴォルフがこういう以上、何か裏がありそうだ。

 そういった思いで返した答えに、ヴォルフは驚きを露わにする。


「何故だ?! この俺がいいと言っているんだぞ!」


「何故って言われても、理由がないからだが……そっちこそ、俺に拘る理由はないだろう?」


 それとも、何か理由でもあるのだろうか。俺が言外にそう言う意味を込めて問いかければ、ヴォルフは目に見えて狼狽えだした。やはり、何が理由があるようだ。


「そ、それは……こっちにも事情があるんだ!」


「事情ねぇ……」


 ヴォルフの方に何か理由があるようだが、本人は言うつもりはないようである。それでもここまでのやり取りから、ヴォルフが用があるのはクリスティーネやシャルロットではなく、俺であることは間違いないようだ。その理由に見当はつかないものの、二人に危害が及ばないのであれば気にする必要もないだろう。


「とにかく、俺に戻る気はない」


 それだけで会話を打ち切るようにヴォルフへと背を向ける。ギルドに所属するか否かは、本人が決めることだ。俺にその気がなければ、俺をギルドに入れることなどヴォルフにはできない。

 それで話は終わりだと思っていたのだが、なおもヴォルフは俺の背に言葉を投げかける。


「そ、そうだ! お前、剣術大会に出るんだろう?」


「出るが、それがどうした?」


 まだ話があるのだろうか。俺は仕方なく、首だけで振り返りヴォルフへと返す。

 すると、ヴォルフはなおも敵対的な顔つきのままで言葉を続けた。


「組み合わせ表は見たか?」


「いや、まだだが」


「順調に勝ち進めば、俺とお前は三回戦で当たることになるんだ」


 そうだったのか。どうせ誰が相手だろうとやることは変わらないと、特に気にしたことはなかった。

 以前の、ギルドを追放されたころの初級剣技しか使えなかった俺では、ヴォルフには勝つことはできなかっただろう。しかし、俺は今なら中級剣技と属性剣技が使用できる。剣術大会では魔術は使えないが、無属性の中級剣技しか使えないヴォルフ相手であれば、十分に勝機があるのではないだろうか。

 俺がそんな風に考えていると、ヴォルフが口の端を少し持ち上げた。


「そこでの勝負に俺が勝ったら、お前が再びギルドに入るって言うのはどうだ?」


「はあ?」


 いきなり何を言い出すというのか。剣術大会の勝敗と、俺がギルドに所属するかということは、まったく別の話だろう。


「断る」


「逃げるのか? 負けるのが怖いんだろう?」


「安い挑発だな。そもそも、その話を受けるメリットがない」


「くっ、それはそうだが……」


 負けた場合、ヴォルフのギルドに入れというが、それでは俺が勝ったらどうするというのか。生憎と、俺からヴォルフに要求したいことなどない。

 大方、ヴォルフは自分が負けないとでも考えているのだろう。おそらく、ヴォルフの頭の中では、俺はまだ初級剣技しか使えないと思っているはずだ。実際には中級剣技が使えるわけで、戦っても負けるつもりはない。


「だが、そうだな……」


 この勝負を受けることに、俺のメリットはない。それでも、敢えて一つ条件を付けるとするなら、知りたいことがある。ここまでヴォルフが俺に固執する、その理由だ。


「俺が勝負に勝ったとしても負けたとしても、俺をギルドに戻そうとした理由を教えるっていうのはどうだ?」


「……何?」


「ヴォルフ、自分は負けないと思ってるんだろう? まさか俺をギルドに戻しても、その理由を教えないつもりか?」


「……いいだろう。今の言葉、忘れるなよ」


 そう言って、ヴォルフはこちらを忌々しげに睨んだ後、背を向けて大股で立ち去ってしまった。

 俺は大きく溜息を吐く。ひとまず、これでいいはずだ。これなら、俺が勝負に勝っても負けても、ヴォルフが俺をギルドに戻そうとした理由を聞くことが出来る。

 あの様子では、今回の勝負を受けなかったとしても、また何らかの理由を付けて俺をギルドへと戻そうとしそうだった。それなら後々の事を考えると、今回その理由を聞いておいた方がいいだろう。理由さえわかれば、俺の取るべき行動もわかるはずだ。


「えっと、ジークさん、大丈夫ですか?」


「ジーク、ギルドに入るの?」


「あぁ、大丈夫だ。ギルドに入るかどうかは、勝負の結果次第だな。まぁ、どうなったとしても、クリスとシャルとのパーティは解消しないけどな」


 何にしても、二人の方が優先度は高い。

 ギルドに所属すると言っても、何も一生ということはないだろう。不要だと思えば、しばらくしてまた抜けてしまえばいい。

 理由次第では、一時的にギルドに入ってやってもよかったのだ。もっとも、ヴォルフが頑なに理由を言わなかったことから、あまり良い事情ではないのだろうが。


 そう言えば、ヴォルフの君臨するギルド『英雄の剣』は、Sランクギルド『頂へ至る翼』と合併したのではなかっただろうか。それなら、ヴォルフに権限はないはずなのだが、あの口振りでは、まだ合併はしていないのだろう。

 そのあたりの事情を聞きそびれたな、と思いながらも、俺は再び依頼掲示板へと向き合うのだった。

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