549話 氷龍の少女と特別な
ダスターガラーの町まで歩いて半日弱ほどの雪原で、俺達は氷龍の少女と向き合っていた。日の出と共に起床し、軽い朝食を済ませ、出立準備を整えたところだ。
これからレイは、俺達と別れ昨日発ったばかりの帝都、そこから氷龍の生息域まで一人帰ることとなるのだ。
旅支度を済ませた俺達の前に立つ氷龍の少女は、普段通りの軽装である。俺達と違って、この子に荷物など必要ないからな。
唯一つ、以前と異なるのは首にかけている爵位証の存在だろう。白銀に煌めく金属板が、陽の光を反射し輝いている。
「レイ、元気で暮らせよ」
軽く腰を落とし、氷色の髪を優しく撫でつける。対して少女は嫌がることもなく、むしろ頭を押し付けるようにぐりぐりと動かして見せた。
「我は氷龍ぞ! 元気でない時などないわ!」
「そういうものか?」
いくら氷龍と言っても、体調を崩す日くらいはありそうなものだが。だが確かに、雪山で共に暮らした時も、城の東棟に滞在した時も、レイが具合悪そうにしていた時などなかった。精々、食べ過ぎで苦しそうにしていた時くらいだろうか。
龍が伏せっている姿は想像できないものの、野生動物というのは得てして弱っている姿を見せないものなので、意外と体調の悪い日とかもありそうだ。まぁ氷龍であれば寒さにはめっぽう強いだろうし、風邪を引く心配はないだろう。
あとは外敵の心配だな。以前のように、別の龍に襲われなければ良いのだが。
それも、今のレイは身体強化が使えるわけで、例え相手が成龍であったとしても追い払うことが出来るとは思うが。
「またね、レイちゃん! 絶対にまた、会いに来るからね!」
「うむ! ……クリスや、ちょっと苦しいぞ」
半龍の少女が氷龍の少女を抱え上げ、思いきり抱き締める。レイも嫌がってはいなかったが、クリスティーネの豊満な胸に顔を埋められ、抗議するようにぱしぱしと軽く叩いて見せた。
それから無事に解放されたレイは、シャルロットへと向き直る。
「シャルも、気を付けるのじゃぞ?」
「はい。レイさんも、お元気で」
小柄な少女達が、互いの体を抱きしめ合う。
クリスティーネとシャルロットの二人は、レイとは雪山からの付き合いだからな。他の少女達やエリザヴェータを含めても、特に距離が近いと言える。
それから氷龍の少女は、フィリーネ達残りの少女達へと向き直る。
「皆も、元気でな! 皆の話を聞いたり、共に遊ぶのは楽しかったぞ!」
「フィーも楽しかったの。また、クーちゃんと三人で飛行勝負をするの」
「氷龍の背中に乗って空を飛ぶなんて、貴重な経験をさせてもらったわ」
「誰かさんは、顔を青くしたり赤くしたりしてたけどね?」
「誰のことよ、エリー?」
揶揄うような口調のエリーゼへと、アメリアがジト目を向ける。レイの背中に乗っている間、アメリアは小さく悲鳴を上げたり、何やら落ち着かない様子を見せたりと忙しかったからな。
後から気が付いたが、レイの背中から降りたアメリアは腰が抜けたのか、地面にぺたりと尻を付けていた。まだ地面には雪が残っているのだ、きっと冷たかったことだろう。
少女達と相対するレイは、晴れやかな表情を見せている。昨日たっぷりと遊んだことで、ちゃんと別れる心の準備が出来たのだろう。理由の一端には、俺と昨夜話をしたこともあるかもしれないな。
「それでは皆、また会おう!」
そう言って、少女は俺達に背を向け掛けていく。ある程度離れたところで、氷龍の姿へと戻るのだろう。そう思ったのだが。
「おっと、忘れておった!」
何やら氷龍の少女は思い出したように声を上げ、踵を返してこちらへと引き返してくる。この子に忘れ物などないはずだが、どうしたのだろうかと俺は首を捻る。
そうしてレイは俺の前で足を止め、こちらを上目で見上げた。
「どうした、レイ?」
「ジークや、少し屈んでくれ!」
そう言って少女は俺の方へと両手を伸ばし、その場で軽く飛び跳ねて見せる。一体なんだというのか。
俺は疑問に思いながらも、少女の言う事に従い軽く膝を曲げた。
すると氷龍の少女は、俺の顔へと両手を添えた。そうして、自らの方へと引き寄せる。今更この子が俺に危害を加えることなど考えられず、俺は少女のなすがまま、レイの方へと顔を寄せた。
それと同時、氷龍の少女は踵を上げ、その場で背伸びをして見せる。
すると、どうなるのか。
「――っ?!」
「えっ?!」
「なっ?!」
レイはほんの少しの時間で、すぐに体を離した。
だが、確かに俺の唇には、それと同種の柔らかい感触を覚えた。
「うむ、これでよし! それではな!」
そう言って、氷龍の少女はどこか満足げに頷いて見せた。
あまりにも予想外のことに、呆気に取られる俺達へと構わず、氷龍の少女は再び俺達から離れていく。レイは十分に離れたところで風雪に巻かれ、その姿を氷龍へと転じた。
そのまま大きな翼を一振りすれば、龍の巨体は不思議と宙へと浮かび上がる。
少しの間、俺達の事を見下ろしていたレイは、やがて一気に高度を増し、北の空へと羽ばたいていく。
先程の行為には、一体どんな意味があったのだろうか。
頭の中に疑問を浮かべながら、俺は口元へと指を当てた。
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