546話 ほんの少しでも長く
「レイ、この辺りで降りてくれ」
俺がそう声を掛けたのは、氷龍の背中に乗って空を飛び、すっかりと陽が上った昼頃のことだった。光の魔術で限界まで強化した視力により、前方の遥か遠くに小さく町が見え始めたところだ。
あそこは、ダスターガラーの町である。もう随分と前のことになるが、奴隷であったエリーゼとイルムガルトの二人に出会った町だ。俺達はたった半日ほどで、ここまで戻って来たということである。
その途中にはザーマクガラーの町もあったわけだが、立ち寄らずに通り過ぎることとした。特に用事もなかったからな。
一応シャルロットには顔見知りはいたわけで、立ち寄りたいのか聞いたのだが、少女は首を横に振ったのだった。この子にとってもあまりいい思い出があるわけではないし、あの町の者とも既に別れは済ませたからな。
ダスターガラーの町には、クリスティーネとシャルロットを助けようとした際に協力してもらった、ナターリヤという女性がいる。俺達が無事に少女達を助けた報告や、あれから町がどうなったのか聞いておこうと、この町には立ち寄ることにしたのだ。
『うむ、わかったぞ!』
俺の声に応え、氷龍が高度を下げていく。背中に乗る俺達に随分と配慮してくれたようで、着地時の振動もそれほど感じなかった。
そうして地上へと降り立ったところで、俺達は氷龍の背中から地上へと足を付ける。最後に首の縄を外した俺が飛び降りれば、レイはその場で体を伏せて見せた。
『それでは皆……今度こそ、本当にお別れじゃ』
頭の中に響く声には、隠しきれぬ寂しさがあった。これで、俺達を送るというレイの役目も終わりだ。それが終わった以上、この氷龍の少女は生まれた山へと変える必要がある。
だがレイの声を受け、俺は別れとは別の言葉を掛ける。
「なぁレイ、明日の朝まで、ここで俺達と一緒にいないか?」
『む?』
疑問の声を漏らし、氷龍が大きな頭を傾げて見せる。
『じゃがジーク達は、今日中に向こうの町へと行くのではないのか?』
そう言って、レイがダスターガラーの町へと首を向ける。
確かに、俺も当初はこの子の言う通り、今日中に町へと向かうつもりだった。先程強化した視力で見る限り、ゆっくり歩いても夕方前には町につくことが出来るだろう。普通に考えれば、こんなところで野宿などする必要はない。
『これ以上一緒にいては、別れ辛くなるじゃろう? 我に王国とやらの気候は合わぬはずじゃ。ずっとついて行くわけにはいかぬ』
「わかってるよ。だから、明日の朝までだ」
王国の、特に王都はそれなりに暖かい。これから夏に向かうことで、気温はどんどんと上昇していく。そんなところまで氷龍であるレイを連れていけば生きてはいけない、とまでは言わないものの、体調くらいは崩すだろう。
だから、明日の朝までだ。もしかするとこれが最後になるかもしれないのだから、少しでも一緒にいてやりたい。
「それにレイ、今から帰ったとしても、帝都に着く頃には夜になるだろう? そこからさらにレイの棲み処まで行けとなると、夜通し飛ぶことになるんだ。それよりは、明日の朝にここを発った方が、その日一日で帰れるだろう?」
ここまで来るのに、既に半日ほど経過している。俺達に配慮して速度を落としていたと考えても、帝都に戻るころには日は落ちているはずだ。そこからさらに北西の山を目指せば、朝を迎えることになる。
それよりは、明日の朝まで待ってから帰る方が、この子の負担も少ないだろう。もちろん氷龍であるレイであれば、道中で休んだところで襲われる心配などないだろうが、それでもまだこの子は子供なわけで、俺は心配になるのだ。
俺の言葉に、氷龍は『ふむ』と小さく言葉を漏らし、考え込むように少し頭を下げる。
それからすぐにこちらを見返し、龍の姿のままわかり辛く表情を変えた。
『うむ、ではそうするか!』
頭に響く声には、明確に喜色が混じっていた。レイは俺達と別れたくて別れるわけではないのだ。一緒に居られる時間が長くなるのであれば、それを選ぶだろうと思っていた。
それから風雪が巻き起こり、氷龍が少女へと姿を変える。その様子を見ながら、俺は他の少女達へと顔を向けた。
「勝手に決めてしまったが、皆、今日はここで野宿でもいいか?」
「もちろんいいよ! レイちゃん、いっぱい遊ぼうね!」
「ま、おかげで随分と旅程を短縮できたからね。今日くらいは野宿でもいいわ」
いち早く賛同を示すクリスティーネの隣で、イルムガルトが肩を竦めて見せる。他の皆も、俺の決定に賛同を示してくれるようだ。
それから少女達は日没まで何をして遊ぼうかと、楽しそうに話を始める。その声を聞きながら、俺は天幕の用意へと取り掛かるのだった。
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