545話 氷の龍の背に乗って
帝都の街並みを抜け、外門を潜り抜けた俺達は、薄っすらと積もった雪原を南へと歩き始めた。気温はまだまだ冷たいものだが、少し暖かくなり始めた影響だろう、降り積もる雪の高さも少し低くなったように見える。
そうして帝都から少し離れたところで、俺は傍らの少女へと声を掛ける。
「それでレイ、どのあたりまでついてくるんだ?」
話しかける相手は氷龍の少女だ。この子だけは、俺達とは別れて帝都の北西にある氷龍の棲み処へと帰ることになっている。
もちろん、帝都から見える場所で氷龍の姿に戻るわけにはいかないが、ある程度の距離まで離れれば、その時が俺達との別れになるはずなのだ。
そんな俺の言葉に、レイは「ふむ」と声を返す。
「少し考えたのじゃがな? ジーク達はここから、別の国まで旅をするのじゃろう?」
「あぁ、そうだな」
俺達はこれから王国へと帰るのだ。もちろん、王都まで直接行くわけではなく、その途中でいくつもの町を経由することになる。その中には、アメリアとエリーゼの故郷である、火兎族の里も含まれる。
それらすべてを通って王都に帰れるのは、数十日ほど後のことになるだろう。かなりの長旅になるな。
そう考える俺を、レイが氷の瞳で見上げてきた。
「それなら、我が途中まで送ってやろうではないか!」
そう言って、両手と翼を広げて見せた。
その言葉に、俺は思わずその場で足を止めた。
「送るって……つまり、氷龍の背中に乗れってことか?」
俺の問いに、レイは笑みと共に頷きを返した。それを受け、俺は口元へと片手を当てる。
なるほど、悪くない提案ではある。氷龍の移動速度というのは、俺達人とは比べるのもおこがましいほどだ。
徒歩ではなくレイに乗って移動が出来れば、旅程が大幅に短縮できるだろう。氷龍を襲う魔物など存在しないので、移動中の安全も保障されている。
「でもいいのか? 反対方向だぞ?」
俺達の進路と氷龍の棲み処は真逆の方向だ。レイにとっては、完全なる回り道である。
そんな俺の言葉に、氷龍の少女は軽く首を振って見せた。
「なに、精々一日、二日程度じゃろう? 急いで戻る理由もないのじゃ、そのくらい構わぬ」
確かに、氷龍の少女は俺達人のように時間に追われる生き方などしていない。というか、単純に暇なのだろう。
それなら、レイの言う事に甘えてもいいかもしれない。
「のう、いいじゃろう?」
そう言う氷龍の少女は、少し不安そうな表情で俺の袖口を摘まんで見せた。その様子を見て、俺はこの子の内心を察する。
この氷龍の少女は、俺達と別れたくないのだろう。いや、別れなければならないことは、この子もわかっている。ただ、出来るだけ一緒にいたいだけなのだ。
氷龍の姿で俺達を乗せて空を飛べば、その間だけはまだ一緒に居られることが出来る。別れの時間を、先延ばしに出来るのだ。
例えそうしたとしても、別れの時は必ずやってくる。だが、それでも、とこの子が考える気持ちは、俺にもわかった。
「よし、わかった。それならレイ、頼む――」
「ジーク、ちょっと待って!」
呼びかける声に振り向けば、そこにはアメリアの姿があった。何故だか、その表情は少し青褪めて見える。
「どうかしたか、アメリア?」
「まさか、レイの背中に乗っていくつもり?」
「そのつもりだが……」
「無理よ、落ちちゃうわ!」
アメリアが悲痛な叫びをあげ、己の体を抱きしめる。この娘が怖がる気持ちも、わからなくはない。
そんな少女の傍へと、半龍の少女が近寄った。
「大丈夫だよ、アメリアちゃん。私達、前にも乗ったことあるから!」
「フィーは初めてでも平気なの」
「あなた達は飛べるからでしょ!」
クリスティーネとフィリーネの二人は、己の翼で空が飛べるからな。万が一、龍の背中から落ちたとしても、まず大丈夫だ。
そこへ、どこか揶揄うような表情でエリーゼが身を寄せた。
「なぁにアミー、怖いの?」
「怖いわよ!」
少女の言葉に、同じ赤毛を持つ少女は恥ずかしげもなく言い切った。それから、自らの味方探すように左右へと目線を振った。
その緋色の瞳が、蒼鱗の女を捕える。
「イ、イルマはどうなのよ!」
どうやら標的をイルムガルトへと定めたようだ。とは言え、それは自然な流れである。
クリスティーネとフィリーネは論外として、俺とシャルロットは既に経験済み。当のエリーゼが気にしていないとなれば、後はイルムガルトしか残っていないのだ。
だがそのイルムガルトも、アメリアの言葉に小さく溜息を吐いて見せた。
「私だって怖くないってわけじゃないけど、ジークハルト達が大丈夫というなら大丈夫なんでしょう。野宿が少なくなるなら、それはそれで助かるし」
「そ、それはそうだけど……」
女の言葉に少女は言葉を詰まらせる。これでレイの背中に乗って移動するのに反対しているのは、アメリアだけということだ。
出来れば了承してほしいところなのだが、嫌がるアメリアを無理矢理乗せるというのはさすがに憚られる。さて、なんと説得したものか。
その時、何かを思いついたようにエリーゼが両の掌を打ち鳴らした。
「そうだ! それならアミーは、ジークさんに抱えてもらえばいいじゃない!」
「……えっ?」
全く予想外だったのだろう、エリーゼの言葉にアメリアが瞳を丸くした。それからエリーゼは俺の方へと目線を向ける。
「ねぇジークさん、レイちゃんに乗せてもらうときって、みんなでくっつくことになるよね?」
「そうだな、先頭の者がレイの首に回した縄を持つことになる。後の者はその後ろに並んで、前の者の腹側に腕を回すんだ。じゃないと危ないからな。ただ、先頭はシャルで、その後ろは俺になるだろうからな。アメリア、俺の後ろでもいいか?」
俺にしがみつくことでアメリアが安心できるのであれば、そのくらいなんてことはない。ただ、どちらかというと空の飛べるクリスティーネかフィリーネに抱えてもらう方が、安心できるのではないだろうか。
「そ、そう……それなら、まぁ……」
アメリアは何故だか少し頬を染め、小さく頷きを見せた。それでアメリアが納得できるのであれば、それでいいだろう。
そう思ったところで、白翼の少女が待ったをかけた。
「ちょっと待つの! ジーくんに抱き着くのはフィーなの!」
「フィナ、目的が変わってないか? それに、フィナとクリスは最後尾だぞ」
俺の言葉に、フィリーネは「そんな!」と悲痛な言葉を漏らす。仕方がないのだ、もしもの事を考えるのであれば、空の飛べる二人には後ろから前の者の様子を見ていてもらう必要があるからな。
それから俺達は帝都から十分に離れたとを確認し、レイに氷龍の姿へと戻ってもらう。首に手綱代わりの縄を巻きつけ、皆で背中へと乗り込んだ。
俺の前でシャルロットが両手で縄を握り締め、俺は片手を縄へ、空いたもう片方の手でシャルロットの体を抱き抱える。
それから俺の後ろからは、少し遠慮がちにアメリアの腕が回された。
「アメリア、もっとしっかりくっついてくれ」
「わ、わかってる!」
抱き着かれる感触が少し強くなった。以前、レイの背中に乗った時は後ろがクリスティーネだったが、あの時よりは背中に柔らかな感触を感じないな。
『皆、準備は良いな? それでは行くぞ!』
脳裏へとレイの声が響く。
それから氷龍は翼を動かし、徐々に地上から離れていった。
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