543話 氷龍の少女と帝国のこれから
ひとまず大切な話が終わったということで、俺達を包む空気が弛緩した様子を見せる。大事な話ということで神妙な様子を見せていたレイも、嬉々として茶菓子へと手を伸ばした。
先程よりも緩んだ表情を見せるヴィクトルが、紅茶を片手に俺達の表情を見渡す。
「皆様は、もう少しで帝都を発つというお話でしたよね?」
「あぁ、出立は三日後の予定だ」
「んふふ、ようやく王国に帰れるの」
フィリーネが嬉しそうな様子を見せる。彼女には少々、帝国の気候は寒すぎるようだったからな。これから気温も高くなっていくことだし、過ごしやすくなるだろう。
「悪いな、もう少しだけ世話になる」
「いえいえ、どうぞお好きなだけ滞在してください! もっといてくださっても良いのですよ?」
エリザヴェータの言葉に苦笑を返す。ここでの暮らしは実に充実したものではあったが、いつまでも少女の好意に甘えるわけにはいかない。冒険者としての活動もしたいし、エリーゼやイルムガルトを王国へ連れ帰ってあげなければ。
「ところで」
咳ばらいを一つして、ヴィクトルが口を挟む。その目線は、氷龍の少女へと注がれていた。
「レイさんはこれからどうするので?」
「む? 我か?」
ヴィクトルの言葉に、レイは新しい茶菓子へと伸ばしていた手を止める。
「そうだな。レイは俺達が帰った後は、どうするんだ?」
この氷龍の少女が、ずっと俺達と一緒にいるというのは不可能だ。今はこうやって俺達と一緒の時間を過ごしているが、この子の本質は氷龍なのだ。何時までも人と一緒に暮らすことは出来ない。
俺達とは良い関係を築けているし、連れて行きたい気持ちもあるが、王国の気候は氷龍には合わないだろうしな。これから先、王国は夏に向かうのだし、レイは帝国の雪山で暮らすほうが幸せだろう。
ヴィクトルは少し緊張した様子で、レイの事を見つめている。彼としては俺達の同行よりも、余程レイの方が気にかかるのだろう。
俺の言葉に、氷龍の少女は「ふむ」と小さく言葉を漏らした。
「ジーク達が帰るのであれば、我も山へと帰るとするか。そろそろ、冒険者達もいなくなった頃じゃろうて」
レイは元々、氷龍の鱗を求めて山へとやって来た冒険者達から身を隠すために、帝都へとやって来たのだった。そこでたまたま、俺達と再会したというわけだ。
あれから結構な日数が経過している。冒険者達が氷龍の鱗を手に入れることが出来たかは定かではないが、そろそろ手持ちの食料も尽きるころだろう。
そうなれば冒険者達は引き上げ、一度帝都へと戻ってくるはずだ。帝都に戻れば、エリザヴェータ達が氷像から元へと戻ったことが彼らにも伝わる。レイのことも、一部の者達には知らされるだろう。
エリザヴェータ達の氷化が解除されているのならば、冒険者達が氷龍の討伐をする必要もない。レイが山へと戻っても、この子の身は安全なはずだ。
「レイさん、また来てくださいますか?」
「うむ、遊びに来るぞ! これがあれば、またここに入れるのじゃろう?」
エリザヴェータの言葉に、レイは胸元の金属板を摘まみ上げる。少女が首からかけているのは、昨日貰ったばかりの爵位証だ。この子はこういったものを貰う経験がなかったようなので、いたく気に入っている様子だった。
俺からも出来れば何か送ってやりたいところだが、山へと龍の姿で持ち帰るのは大変だろうからな。前回、レイの棲み処にいろいろと残してきたので、それで我慢してもらおう。
「えぇ、いつでもお越しください。歓迎致します。ただ……レイさんには一つ、お願いがございまして……」
「お願い、ですか?」
少し言い難そうに口にしたヴィクトルに対し、シャルロットが首を傾げて見せる。それに対し、ヴィクトルは「えぇ」と頷きを見せた。
「その、レイさんが次にいらした時には、氷龍の鱗を少々分けて頂きたく……」
男の言葉に、俺は小さく息を吐きだした。やはりこういう話になったか。言葉が通じ、人に好意的な氷龍の少女だ。帝国が利用することを思いつかないわけがない。
ただ、ヴィクトルの様子を見る限りでは、彼としてもそこまでこの話を進めたかったわけではないらしい。帝国側としても、色々と話し合った結果なのだろうな。
「むぅ……のう、ジークや」
氷龍の少女はヴィクトルの言葉には応えず、代わりに俺の顔を見上げた。その表情は、困ったように眉尻を下げている。どうやら、俺に判断を委ねているようだ。
さて、こうなることについては既に俺は、ある程度予想をしていた。
「ま、レイがいいというなら、鱗くらいなら分けてやってもいいと思うぞ」
今までの帝国側のレイに対する態度を見る限りでは、ある程度信用しても良いだろう。少なくとも、今のところはレイの事を害することはない。
それならば、レイがここに滞在する見返りとして、多少の素材を提供するのは構わないと思う。これが牙とか角とかであればレイだって拒むだろうが、鱗の数枚であれば時間経過で元に戻るのだ。
俺の答えに、氷龍の少女はぱっと顔を明るくさせた。
「おぉ! 我としても、鱗くらいであれば構わんぞ! ……ただ、痛いのは御免じゃ」
「もちろん、レイさんのご負担にならないよう、最大限に配慮致します」
「ならばよし!」
小さく付け足したレイの言葉にヴィクトルが返せば、氷龍の少女は再び笑顔を浮かべた。これでひとまず、帝国側からの要求も一段落と言ったところか。
ただ、話の流れとして丁度良いので、彼には言っておかなければならないことがある。
「ヴィクトル、一ついいだろうか?」
「えぇ、もちろんです」
「俺達に与える、褒美の話があっただろう?」
あれは、禁忌の魔術具に関する騒動が解決した、その直後のことだ。俺達が事態を解決させたことを知ったヴィクトルとエリザヴェータから、そのお礼をしたいという話を貰っている。
その場ではどういった礼を貰うかについては思いつかなかったので、また後日ということにしたのだ。そして昨日、爵位の授与式を待つ間に、どういった褒美をもらうかについて話し合ったのだった。
「もちろん覚えておりますとも。お決まりになりましたか?」
「あぁ」
ヴィクトルの言葉に、俺は一つ頷きを返す。
「俺達への褒美は不要だ。その分、レイの事を頼む」
「それは……もちろんでございますが」
少し困惑した様子を見せるヴィクトルへと、俺は軽く首を振って見せる。
「それでも頼む。決してこの子を裏切らないでくれ。それから……そうだな。人同士の争いにも、巻き込まないと誓ってくれ」
言いながら、氷龍の少女の頭へと片手を乗せる。
もしも帝国がレイを戦力として扱ってしまえば、国家間の戦力差が大変なことになるだろう。龍を従えた国になど、勝てるわけがないのだ。新たな争いを生まないためにも、この子を戦いの切欠にしては欲しくない。
それに何よりも、俺はこの子に人を殺してほしくないのだ。今のレイは、人を手に掛ければ少なからず気にしてしまうだろう。
レイは頭に乗せられた俺の手を両手で握って見せる。
「うむ! 我としても、人同士の争いには手を貸す気はないぞ! ……ただ、そうじゃな。この町が魔物に襲われるようなことがあれば、手を貸してやっても良いが」
「そうだな、それくらいはいいだろう」
ないとは思うが、また帝都が禁忌の魔術具の脅威に晒されるような事態になれば、レイが手を貸しても良いだろう。出来ることなら、そんな事態は未然に防いでもらいたいものだが。
俺とレイの言葉に、ヴィクトルは「もちろんでございます」と言葉を返す。
「出来る限り、レイさんのお力はお借りしないように致しますので」
そう言って、優雅な礼を見せる。
こうして、俺達と帝国側との話し合いも、ようやくすべてが終わるのだった。
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