541話 爵位の授与式
授与式の時間が来たということで、迎えに来た騎士の後ろを歩き大広間へと向かう。大広間への扉が騎士の手で開かれ、俺達は会場へと足を踏み入れた。
前日振りに訪れる大広間は、昨日とは様変わりしていた。
食事会の時にはずらりと食事の載せられたテーブルが並んでいたものだが、今はすべてが取り払われ、広い空間が広がっている。こうやって見ると、前回よりも部屋が広く見えるな。
昨日は会場中に人が入り乱れていたものだが、今は事前に予想していたよりも少ない人数が、左右に分かれて整列している。警備であろう騎士姿の男達と、それから貴族と思しき者達だ。
俺としては、授与式すら落ち着かないので、出来れば内々に爵位だけ貰いたかったのだが。規則ですので、という言葉で出席せざるを得なくなった。
それでも、俺の気持ちは汲んでくれたのだろう、これでも略式で済ませてくれているらしい。
「それじゃジーク、レイちゃん、行ってらっしゃい」
「フィー達、しっかり見ておくの」
そんな言葉を残し、少女達は一塊となって人の列の方へと移動する。彼女達は見学のため、ここからは俺とレイとは別行動だ。彼女達がいなくなると、一気に心細くなるな。
深呼吸をする俺とは裏腹に、氷龍の少女は全く緊張した様子はない。ただ興味深そうに、会場の左右へと目線を振っている。
俺達の正面、大広間の奥で一段高くなっている場所には、昨日と同じく皇帝の姿があった。あの時は壇上にも料理が並べられ、皇帝も俺達と同じく立食していたが、今日は皇帝らしく豪奢な服に身を包み、見るからに高級そうな椅子に腰を下ろしている。
その壇から少し手前には、正装に身を包んだヴィクトルの姿があった。事前に聞いた段取りでは、彼から爵位証を受け取るということだ。
「それでは、今回の授爵者は前へ」
「ほら、レイ、行くぞ」
「む? おぉ!」
静まり返った広間に響くヴィクトルの言葉に、俺は氷龍の少女へと小さく声を掛ける。俺の言葉に周囲を見渡していた氷龍の少女は声を上げ、俺と共にヴィクトルの方へと歩み寄る。
そうして、男の手前で足を止めた。後は向こうに任せておけばよい。
俺達がヴィクトルの前まで来たことを確認し、皇帝が椅子から腰を上げる。
「これより、爵位の授与式を執り行う」
皇帝の声が響き渡る。こうやって聞くと、よく通る威厳のある声をしているな。そう言う教育なんかもあるのだろうか
「この度、古代魔術具にして禁忌の魔術具でもある『影の王国』により、帝国は壊滅的な打撃を受けるはずだった。だが、皆の尽力のおかげで、被害は最小限に抑えられた」
皇帝は一度言葉を切り、参加者の姿を見渡した。その目が再び、俺とレイの姿を捉える。
「その中でもジークハルト・ザイフリート、それからレイの両名は、帝国に属する身ではないにもかかわらず、此度の騒動の解決に多大なる貢献をしてくれた。その栄誉を称え、両名にはここに名誉男爵位を授けるものとする」
皇帝の言葉と共に、ヴィクトルが俺達の方へと歩み寄る。その手には、底の浅い箱が携えられていた。箱の中には赤い布が敷かれ、その上には二つの金属板が置かれている。
ヴィクトルは俺達の前で足を止めると、恭し気にこちらへと箱を差し出した。
「こちらをお受け取りください」
この金属板が、爵位証という話だ。俺とレイは事前に話を聞いていた通り、ヴィクトルの差し出す箱から金属板を受け取った。そうして俺は、手に取った爵位証を眺める。
掌と同じ大きさくらいの、薄い金属板だ。白銀色の金属板は照明の光を眩しいほどに反射し、中々に綺麗である。
片面には、雪の結晶を模したような絵柄が刻まれていた。ヴィクトルの話では、これが帝国の国章らしい。そう言えば、城に掲げられている旗にも同じ模様が描かれていたな。
反対側には爵位と俺の名前が刻まれている。特殊な魔術がかけられているらしく、偽造なども不可能だそうだ。
上部には穴が空けられ、金属製の鎖が通されている。普段は首に掛けられるようにという配慮だろう。もっとも、俺は背負い袋の中から出すことなどほとんどないのだろうが。
ちなみに、俺の爵位証の鎖は至って普通の金属だが、レイのものには伸縮の魔術が掛けられているそうだ。そうでなければ、龍の姿に戻った時に不都合がある。
金属の鎖程度で龍の首が締まるとは思えないが、間違いなく切れて紛失するだろうからな。レイが爵位証を失くさないためにも、必要な措置である。
「ほら、レイ」
爵位証を首に掛けながら、氷龍の少女へと小さく声を掛ける。レイは受け取った爵位証が気になるようで、証明の光に照らされるそれにしげしげと興味深げな視線を向けていた。
「ん? おぉ、そうじゃったな!」
こちらを見上げたレイへと爵位証を首にかけるよう示してやれば、少女は教えられた手順を思い出したようで俺に倣った。その途端、参加者達から拍手が送られる。これで、爵位の授与は完了だ。
氷龍の少女は突然の拍手に驚いたようで、びくりと体を震わせた。反射的に伸ばされた手を、俺は落ち着かせるべき手に取る。
こうして、俺は帝国に於いて名誉男爵となった。
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