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530話 お城と食事会4

 皇帝の元を後にした俺達は、再び先程のテーブルへと戻り、食事を楽しんでいた。並べられた料理はどれも絶品の一言で、特にクリスティーネなどは新しい料理を口にするたびに華やいだ声を上げていた。


「おぉ! あっちにも食べたことのない料理が!」


 不意にレイがそんなことを口にし、隣のテーブルへと突撃する。そのテーブルにいた者達は、近寄るレイから少し距離を取った。そこまで恐れられてはいないように見えるが、やはりどう関わって良いものかわからないのだろう。

 俺は氷龍の少女の後を追いかけようかと一歩踏み出しかけたが、そこに声が掛けられた。


「ジーク、こっちの料理も美味しいよ!」


 そう口にするクリスティーネは満面の笑みだ。興奮からか、それとも酒を口にしているからか、少し頬が紅潮して見える。


「そうか、なら少し頂くかな」


 足を止めてそう返す。この距離からでも、レイの様子は良く見えるのだ。わざわざレイに話しかける者などいないだろうし、ここから見守っておけば十分だろう。

 そう考え、クリスティーネの勧めた料理に手を付けるのだが、しばらくしてレイへと三人の男が近寄っていた。その目線から、料理ではなく少女が目的であることがわかる。


 何をするつもりかと目を細くさせていると、男達は何やらレイへと話しかけている様子だ。何を言っているのかまでは聞こえないが、その声に顔を上げ、レイが何か言葉を返しているのが見える。

 これはさすがに見過ごせないかと、俺は氷龍の少女の方へ一歩踏み出したのだが、今度はクリスティーネとは別方向から声を掛けられた。


「ちょっと、過保護なんじゃない?」


 話しかけてきたのはイルムガルトだ。どこか、少し呆れたように溜息を吐いて見せる。


「イルマ……だが、何かあったら……」


「レイは今後も、ここの人達と関わることになるんでしょう? その時には私達もいないんだし、少しは知らない人と話すことにも慣れたほうがいいんじゃない?」


「それは……確かにそうだな」


 レイは名誉男爵の爵位を貰ったため、今後もこの城へと足を運ぶこともあるだろう。そうなれば、エリザヴェータ以外の人とも話をする機会は自ずとやってくる。

 俺はあの子の傍にずっといるわけではないのだ。今後の事を考えれば、今のうちに俺達抜きで人と関わる機会を設けたほうがいい。


「ちょっとはあの子を信じて、肩の力を抜いたらどうなの? しばらくは私が見ておくから」


「……わかった、そうさせてもらうよ」


 イルムガルトの言葉に、俺は小さく息を吐きだした。

 レイはあれで、それなりに人の常識と言うものをわかっている。自分から喧嘩を吹っ掛けるような子でもないし、しばらくは自由にさせても大丈夫だろう。


 その場をイルムガルトへと任せ、俺は他の少女達の様子へと目を移す。そこで、何やら手元のグラスを難しそうな顔で見つめるアメリアが目に入った。


「どうかしたか、アメリア?」


「あら、ジーク……それが……」


「アミーが手に取ったのがお酒だったの」


 アメリアがこちらを見上げ、眉尻を下げて見せる。飲み物は大広間を回る侍女が配ってくれているのだが、アメリアは誤って酒のグラスを手に取ってしまったようだ。


「別に問題はないだろう? 折角の機会だ、飲んでみたらどうだ?」


 アメリアもエリーゼもギリギリだが一応、酒を飲んでも良い年齢だ。今まで飲んだことがないと言うので敬遠していたようだが、この機会に飲んでみるというのも悪くはないだろう。

 そんな俺の言葉に、アメリアは渋い顔をして首を振った。


「ちょっと飲んでみたんだけど、苦手なのよね」


「確かに、初心者にそいつは少しキツイかもな」


 アメリアが手にしているのは、広く飲まれてはいるが酒精の高い酒だった。初めて酒を飲むにしても、これは少し難易度が高いだろう。もっと、果実水に近いようなものの方が良さそうだ。

 俺は近くの侍女を呼び止め、酒精の低い果実酒を二つ手に取る。そうしてアメリアの持ったグラスを受け取り、二人へと新しいグラスを手渡した。


「これなら二人でも飲めると思うぞ」


 そう言いながら、俺はアメリアから受け取ったグラスに口を付ける。ううむ、さすがは城で出される酒だな、時折町の宿屋なんかで飲む酒よりも断然に美味い。

 そんな風に思っていると、何故だか驚いたようにこちらを見つめるアメリアの様子に気が付いた。


「ジーク、それ、さっき私が……」


「あぁ、アメリアが飲んだ酒だな。それがどうかしたか?」


「……う、ううん、何でもない!」


 赤毛の少女は激しく頭を振ると、どこか誤魔化すように手元のグラスへと口を付けた。まだそんなに飲んでいないはずなのだが、すでにその頬は赤みを帯びている。

 そうして軽く酒を口にした少女は、再びその紅の瞳を丸くさせた。


「――! 本当ね、さっきのと全然違うわ」


「あんまり果実水と変わらないね?」


 どうやら二人ともお気に召したらしい。特に抵抗もない様子で、くぴくぴと似た動作で酒を口にし始めた。

 それから俺は、一度目線をレイの方へと戻す。氷龍の少女は先程のテーブルから動いていないようで、その傍にはレイへと話しかけていた男達の姿もあった。


 遠目でいまいちよくわからないが、それなりに話が盛り上がっているようだ。時折、こちらへと向く視線が気になる。風の魔術を使用すれば聞き取れるだろうが、さすがにそこまでするのはどうだろうか。

 そこへ、話の内容が気になったのか、イルムガルトが近寄っていく。俺の代わりにレイを見ておくと言っていたので、気にしてくれているのだろう。


 イルムガルトに話しかけられた男達は、どこか慌てたように首を振っていた。それからしばらく、彼女達は何やら言葉を交わしていた。その間にも、時折俺達の方へと視線が振られる。

 やがて一人の男ががっくりとした様子で肩を落とし、他の男達が慰めるようにその肩を叩いた。男達はその場を立ち去り、イルムガルトがレイを連れてこちらへと戻ってくる。


「何を話していたんだ?」


 俺の言葉に、イルムガルトは少し悩むような素振りを見せた。

 そこへ、氷龍の少女がこちらを見上げる。


「ジーク達の事を聞かれたのじゃ! ……いや、どちらかと言うとクリス達のことじゃろうか?」


「クリス達の?」


「別に、大した話じゃないわ。気にしなくてもいいわよ」


 そう言って、肩を竦めて見せる。少々気になるものの、イルムガルトがそう言うからには、何か問題があったわけではないのだろう。それならば、敢えて深く問う必要もあるまい。

 先程と変わらぬ様子で食事を始めるレイを見ながら、俺は酒の入ったグラスへと口を付けた。

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