528話 お城と食事会2
「ほら、レイ。好きにしていいぞ」
腰を屈め、俺は氷龍の少女を解放してやる。
皇帝の挨拶が終わるとすぐに、大広間には喧騒が戻ってきた。食事会に参加している人々は再び会話に戻り、テーブルに並べられた食事へと手を付け始めていた。これからは、レイに好きにさせてやっても良いだろう。
「おぉ、ようやく食べられるのじゃな!」
床に足を付けたレイはぱっと顔を明るくさせ、手近なテーブルへと駆け寄った。俺はそんな氷龍の少女の後を、ゆっくりとついて行く。
レイは一応、俺達が教えるまでもなく母である氷龍に人の姿での食事の仕方を教わっていたようで、食器などは普通に使える。
もちろん貴族の食事マナーなんかは俺と同じく知らないのだが、今日参加しているのはほとんどが騎士達だ。立食形式と言うこともあるし、正体が氷龍であることは広く知られている。食事の仕方で因縁を付けられるようなことはないだろう。
とは言え、こういった場が初めてなのは間違いない。俺だって慣れているわけではないが、今日のところはレイに付いていた方が良いだろうな。
俺の歩みに合わせ、クリスティーネ達も場所を移動する。わざわざ別行動を取る必要もないからな、同じテーブルで食事を楽しめばよいだろう。
レイが近づいたためか、元からそこのテーブルにいた人達は、蜘蛛の子を散らすように別のテーブルへと場所を移す。レイに興味自体はあるようなのだが、氷龍の近くで平然と食事をするほど、肝は座っていないらしい。まぁ、その気持ちはわからなくもないな。
そんな人々の様子をレイは気にした様子もなく、期待に満ちた表情で料理へと手を伸ばした。その様子を気に掛けながら、俺も食事を手に取る。
「おぉ! 見たこともない料理ばかりじゃ!」
「本当だね! どれから食べようかなぁ」
龍の翼を持つ少女達が、揃って瞳を輝かせる。そうしてクリスティーネは取り皿を手に取り、ものすごい速さで料理を確保し始めた。見る見るうちに、皿の上に料理が積み上げられて行く。
このテーブルには俺達しかいないのだから、そんなに必死になる必要もないだろうに。まぁ、止める理由もないので好きにさせてやろう。
それからしばらく、俺達は軽く料理の感想など交わしながら、豪勢な料理に舌鼓を打った。その間にも周囲の人達からは頻繁に視線が飛んでくるのだが、話しかけてくる者は今のところいない。俺から話しかけるつもりもないので、今のところ放っておいている。
そんな俺達の元に、一人の少女が近寄ってきた。見れば、先程まで壇上にいたエリザヴェータだ。少女もパーティ用に、薄桃色の可愛らしいドレスを身に付けている。
「皆様、お楽しみいただけていますか?」
「あぁ、エルザ。楽しませてもらってるよ。いいドレスだな、可愛いぞ」
「えへへ、ありがとうございます!」
俺の言葉にエリザヴェータは笑顔を浮かべ、ドレスの両端を摘まんで広げて見せる。
そんな少女に対し、俺は疑問を投げかける。
「それで、わざわざ俺達のところに来るなんて、どうしたんだ?」
ただ顔を見に来ただけ、なんてことはないだろう。俺達とエリザヴェータは、毎日顔を合わせているのだ。話をしようと思えば、いつだってできる。
エリザヴェータの立場からすれば、こういう場ではいろいろな人に挨拶などもするのだろう。それなのに俺達の元へと来たということは、何か用があるはずだ。
「その、お父様が皆様とお話したいと言うことで……」
「んん、エーちゃんのお父さんって言うと、皇帝さんのことなの?」
首を傾げるフィリーネに対し、エリザヴェータが一つ頷きを返す。
きっと、レイと話をしたいのだろうな。先刻、氷龍の姿を見せた時も、特に話をしたというわけではないからな。レイだけだと意思疎通に困ることを考え、俺達も呼んだのだろう。
「でも、まだ食べてるのに!」
料理の乗った皿を手にしながら、クリスティーネが悲痛な声を上げる。まだ俺の小腹が満たされた程度なのだ、この少女にとっては全然食べ足りないのだろう。
とは言え、皇帝を待たせるわけにもいかない。
「話が終われば、また食べられるだろうさ。ほら、レイも」
「むぅ、仕方ないのう」
氷龍の少女へと片手を差し出せば、レイは名残惜しそうな目をテーブルへと向けながら俺の手を取った。
そうして俺達はエリザヴェータの先導の元、大広間の奥へと向かう。姫であるエリザヴェータがいるからか、それとも氷龍であるレイのおかげか、俺達の行く手は自然と人の波が割れていった。
そうして苦も無く、大広間の奥へと辿り着く。壇上のやや端寄りでは、立食中の皇帝の姿があった。てっきり、皇族と言うのはこういう場でも座って食事をするイメージだったので、少々意外である。
迷うことなくそちらへと向かうエリザヴェータの後を、俺達も追っていった。
「お父様、お連れしました」
「あぁ、ありがとう、エリザヴェータ」
皇帝は娘へと礼を言うと、俺達へと向き直る。こうして呼ばれてきたからには、俺達から何か声を掛けるべきなのだろうか。いや、下手に声を掛けて不敬になっても困る。聞かれたことに応えるだけにした方が良さそうだな。
それに、皇帝が興味があるのはレイだろう。俺は氷龍の少女の手を軽く引いた。
「ほら、レイ」
「むぅ、何の用じゃ?」
レイが皇帝を見上げ、小首を傾げて見せる。この子の言葉使いは今更だ、咎められるようなことはあるまい。
皇帝は目の前に立つ氷龍の少女を見下ろし、軽く唇の端を持ち上げた。
「あぁ、先程の礼を言っていなかったと思ってな。感謝するぞ、随分と貴重な体験をさせてもらった」
先程と言うのは、レイが氷龍の姿を見せた時のことだろう。確かに、いくら皇帝と言っても、氷龍に触れ、その背に乗るなどまず出来ない体験だ。
「私も! とっても楽しかったです!」
「何じゃ、あの程度でよければ何時でも良いぞ!」
エリザヴェータの言葉に、レイが軽い口調で返す。実際、レイ自身はただそこにいただけなので、特に疲れるようなことはない。エリザヴェータから頼まれれば、何度でも同じことをしてやるだろう。
とは言え、何度も繰り返せばレイだって嫌気がさす日が来るだろうが。例えそんな日が来たとしても、レイならば素直にそう伝えることだろう。
「話はそれだけかのう? 我はまだ食事を続けたいのじゃが」
そう口にしながら、レイはそわそわと元来た方向を振り返る。俺としても、不敬を働く前に皇帝の元から去りたいのだが、さすがにそんなことは口にできない。
当の皇帝はと言うと、レイの発言に気を悪くした様子もなく、言葉を続けた。
「もう少しだけ待ってくれるか? 折角の機会だ、出来れば話をしたい。それに――」
そこで皇帝は一度言葉を切り、真っ直ぐに俺を見つめた。
「――お前達にも、言っておきたいことがある」
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