527話 お城と食事会1
侍女頭により案内された食事会の会場を前に、俺は思わず大きく息を吐きだした。
広々とした大広間を、いくつもの豪奢な照明の魔術具が明々と照らしている。大理石の床の上、整然と並べられたテーブルの上には様々な料理が乗せられていた。
食事会が始まるまではそれほど時間がないのだろう、俺達が来た時には既に大勢の姿があった。その光景を眺め、俺は思わず眉根を寄せた。
「……女性が随分と少ないな」
城で行われる食事会であれば、参加者は男女半々だと思っていたのだが、実際にはほとんどが男性だった。女性の姿は、全体の一、二割程度である。
しかし、よく考えてみればこの食事会は、先の禁忌の魔術具に纏わる騒動で働いた騎士達を労うために開かれているのだ。もちろん中には女性騎士も存在するのだろうが、その数は少ない。
一応、騎士ではない一般貴族と思われる参加者もいないことはないのだが、やはり多くは騎士と思われる男性だ。
それも、歳若いものが多い。おそらく、年嵩の騎士達は氷龍の鱗を得るために城を離れているため、若手が残っているという事なのだろう。
この中にクリスティーネ達がいると、かなり目立つことになる。ただ女性というだけではなく、皆人目を引く容姿をしているのだ、注目は避けられない。実際、俺達が会場へ足を踏み入れた瞬間から、周囲の男達から少なくない視線が飛んできた。
まぁ、氷龍であるレイが一緒にいる以上、目立つことはわかっていたことだ。それでも、レイ以外の少女達へとそれなりの数の興味深げな視線が向けられていた。
「皆、あんまり俺から離れないようにな……ナンパされたいなら、好きにしてもいいが」
クリスティーネ達がそう言ったことに興味を持っているようには見えないが、騎士に見初められたいみたいな願望があるのなら、好きにさせてやろう。そう言ったことまで、俺に口出しする権利はない。
だが俺のそんな言葉に、左右の少女達は強く腕を抱きしめ返した。
「んふふ、他の男の人になんて興味ないの」
「わかった! なるべく近くにいるね! ……あ、でも料理は取りに行きたいなぁ」
クリスティーネの目線がテーブルの料理へと向かう。そこまで心配しなくても、少し離れるくらいであれば問題ないと思うが。
そう考える俺の事をレイが不思議そうに見上げ、軽く首を傾げて見せる。
「のうジークや、なんぱとはなんじゃ?」
「……レイは知らなくてもいいぞ」
そう言って、軽く髪を一撫でする。
レイにそう言った話は早いと思うし、そもそも氷龍であるレイをナンパしようと思う猛者などいないだろう。この世界のどこかにはそんな変わり者もいるかもしれないが、そんなものが帝国の騎士団に入れるとは思えない。
「ふむ、そうか……まぁ良い、それよりも食事じゃ!」
俺の言葉によくわからないといった表情をしていたレイだったが、気を取り直したように前方を向いた。そのまま、テーブルの方へと駆け出そうと足を踏み出す。
「ちょっと待て、レイ」
そんな氷龍の少女を、俺は既のところで捕まえた。
「むぅ、何じゃ、ジークや」
小柄な体躯を抱え上げてみれば、レイは不満そうな顔をしながらも、俺の首へとその細腕を回した。
そんな少女を、俺は軽く抱え直す。
「まだ始まってないみたいだからな。もう少しだけ待ってくれ」
そう言いながら、周囲へと目を向けてみる。
大広間の人々は互いに談笑しているものの、その手に料理はない。食事会は、まだ始まっていないのだろう。もうすぐ、何らかの合図があるはずだ。
別に氷龍であるレイが一人食事を始めたところで、それを咎められる者などいないだろう。だが、折角レイが人に歩み寄ろうとしているというのに、そんな無作法を晒して心象を悪くしたくはない。
幸い、レイは聞き分けの良い子で、頭も良い。俺の言葉に「むぅ、ジークがそう言うのなら」と物欲しそうな顔で料理を眺めるものの、俺に抱き着いたまま離れなかった。
そんな少女を軽く宥めていると、波が引くように喧騒が静かになっていく。その様子を眺めて見れば、人々の注意が一方向に向いていることがわかる。
その視線を追いかけてみれば、大広間の奥、一段高くなっている場所に皇帝の姿があった。その近くには、エリザヴェータの姿もある。ついでに第三皇子の姿もあったが、それについてはどうでもいいな。
「皆の者、今日は良く集まってくれた」
壇上の皇帝が、覚醒の魔術具を使用し声を響かせる。
その様子を見て、腕の中の少女が指を指す。
「おぉ、先程のエルザの父じゃ」
「レイ、静かにな」
氷龍の少女に顔を寄せ、小さく声を掛ける。幸い、レイは周囲の様子に合わせて声を抑えていたので、数名の男が振り返るだけで済んだ。
その間にも、皇帝は話を続ける。
「先日、この城で禁忌の魔術具に纏わる騒動が起きた。幸いにも、諸君の尽力のおかげで被害は最小限に抑えられた……思いがけぬ協力者もいたからな」
そう言って、皇帝は俺の事を真っ直ぐに見つめた。とは言え、言及しているのは俺ではなくレイのことだろうな。
皇帝の視線を追い、周囲の視線が一斉にこちらへと向く。落ち着かないので、あまりこちらに注目を向けないで欲しい。
「今回は皆の働きに感謝し、ささやかながら場を用意させてもらった。存分に楽しんでくれ!」
皇帝が言い切ると同時、大広間の人々が一斉に拍手を打ち鳴らす。俺も氷龍の少女を抱えたまま周りに合わせ、レイも不思議そうな顔をしながらも皆の真似をした。
てっきり長々と話すものだと思っていたのだが、意外にあっさりと挨拶を終えるのだな。
こうして、食事会が始まった。
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