525話 食事会に向けて1
三方向の壁が見えなくなるほど、色とりどりのドレスがずらりと並んでいる。ここは、城の本棟にある部屋の一つだ。レイが氷龍の姿を披露した後、続いて食事会の準備に移ることとなったのだ。
あの時、レイの背中から降りたエリザヴェータの父親、つまりはこの国の皇帝なのだけど、騎士達に怒られて大きな体を小さくしていた姿が印象的だった。皇帝と言うのはもっと偉そうな人なのかな、と思っていたばかりに、意外とおちゃめなおじさんなんだな、と思ったのは内緒だ。
それで食事会の準備なのだが、私達は当初、普段の格好で向かうつもりだった。参加するのはほとんど騎士と言う事なので、そこまで服装についてとやかく言われるようなことはないはずだ。
だが、そこにエリザヴェータが待ったをかけたのだ。
「そんな、皆さん折角お綺麗なのに、勿体ないです! ドレスならこちらで用意しますから!」
そんな風に、城のドレスを貸し出すことを提案したのだった。
私だって冒険者の前に女の子だ。旅をするのは好きだけど、お休みの日にはちょっとお洒落とかしてみたいし、機会があるのなら綺麗なドレスだって着てみたい。
そんな私の気持ちが顔に出ていたのだろう、ジークハルトは少し苦笑を漏らし、「いいんじゃないか、折角のパーティだからな」と勧めてくれたのだった。
彼がそう言うのならばと、私達はエリザヴェータの言葉に甘えさせてもらうことにした。
ちなみに当のジークハルトも、当初は断ろうとしていたのだが、正装を貸し出すというエリザヴェータの勢いに押し切られていた。
彼は服装にあまり拘りが無いようで、それ自体は私も別に気にならないのだが、今回は普段見られない彼の姿が見られるということで、ちょっと楽しみにしている。
それから貸衣装は城の本棟にあるということで、東棟で着替えるエリザヴェータと別れ、私達は侍女の案内で本当の一室へと案内されたのだった。隣の部屋でも、今頃ジークハルトが服を選んでいる頃だろう。
さて、そんなわけでドレスを選ばなければならないのだけど、侍女達の手により次々に衣装が運ばれてくるものだから、私達は呆気に取られてしまった。色やデザインの異なるドレスを一度に見せられてしまっては、どうしたって目移りしてしまう。
そんな中でも、特にレイは興奮している様子だ。
「おぉ! この中のどれを選んでも良いのか!」
そう言って小さな体で両手を広げ、くるりと回って見せる。ここのドレスは全て貸し出し用のものということなので、好きなものを選んでよいのだ。
実際には、体格の問題で着られないようなものもあるんだけど。
「でもレーちゃん、異種族加工されてないのは着れないの」
「あっ、そっか、そうだよね。この内のどれかには付与されてるかな?」
ここにある服は、いわゆる人族用のドレスばかりなようだ。私やフィリーネなんかは魔術で翼や尻尾を隠すことが出来るが、レイは今の半龍族そっくりな姿からは変えられないと聞いている。
背中の翼が邪魔でドレスは着られないし、尻尾のせいで捲り上がってしまうだろう。本人は恥ずかしいとか思わなそうだが、食事会の場で下着姿を披露させるわけにはいかない。
そんな私達の会話が聞こえたのか、ドレスを持ってきてくれた年配の侍女――この城の侍女頭らしい――が笑みを向けてくる。
「ご安心ください。こちらのドレスはすべて異種族加工がされております」
いくつかはそうだと思っていたのだが、どうやら全てに異種族加工が付与されているらしい。決して安価な加工ではなかったはずだが、全部とはいったいいくらになるのだろうか。
だが、考えてみれば異種族である私達や氷龍であるレイもいるのだ。城勤めの侍女ともあろうものが、着られないドレスを持ってくるはずがない。
この場にいる侍女達だって、レイが氷龍だということは知っているはずだ。それでも普通に接してくれるので、私としては有難く思う。
きっと、そう言う人をエリザヴェータが選んでくれたのだろう。いや、こういった配慮はヴィクトルの領分だろうか。
「これとかどう、アミー?」
声に振り向いて見れば、アメリアの前でエリーゼがドレスを広げていた。淡い桃色のドレスにはたっぷりとリボンがあしらわれており、随分と可愛らしい。
「可愛いとは思うけど、ちょっとリボンが多すぎない? シャルならともかく、私には似合わないと思うんだけど……」
「そんなことないってば! 前の寝間着だって、ジークさんに褒めてもらったんでしょ?」
「そ、それは……」
エリーゼの言葉に、アメリアは顔を赤らめた。寝間着と言うと、ジークハルトと一緒に眠った時の話なのだろうか。ちょっと気になる。後で詳しく教えてもらおう。
そこから数歩離れたところでは、イルムガルトが無言でドレスを検分していた。その表情はどこか嬉しそうで、基本的には冷めた印象の女性だが、やはりドレスを選ぶのは楽しいらしい。
「おぉ! シャルよ、これはどうじゃろうか!」
「えっと、レイさん、私達にはちょっと、胸元が……」
少し離れたところでは、シャルロットがレイと一緒に、少し小さめのドレスを選んでいる。どうやらレイの選んだドレスは、胸元にかなりの余裕があるらしい。
二人とも、お胸のサイズは未だ発展途上と言ったところだ。あのドレスを着るとずり落ちてしまうだろう。そう言えば、レイはこの先歳を取ると、人の姿にも変化があるのだろうか。
「ふふん、フィーはこれにするの!」
傍らのフィリーネの得意げな声に、私はそちらへと目を向ける。見れば、白翼の少女は一枚の黒いドレスを手に取っていた。
「フィナちゃん、それ、露出多すぎない? 背中丸見えになっちゃうよ?」
フィリーネの持つドレスは、随分と布面積の少ない物だった。動きやすそうではあるものの、少々肌面積が大きすぎやしないか。
そんな私の言葉に、フィリーネはちょっと悪い顔をして見せた。
「んふふ、これでジーくんにフィーの魅力をアピールするの!」
どうやらこの少女は、ドレス選びでもジークハルトの事を意識しているらしい。その気持ちは私にもわかるのだが、多少露出が増えた程度では、彼の意識が向くとも思えない。ジークハルトなら、そっと上着をかけることだろう。
「寒くないかな?」
「会場には暖房の魔術具もありますし、何よりドレスには温度調節が付与されておりますので、大丈夫ですよ」
侍女頭が説明してくれた。どうやらドレスへの付与は異種族加工だけではないらしい。
このドレス達、ひょっとすると一枚だけでもとんでもなく高価なんじゃないだろうか。どうしよう、食べるのに夢中になって汚さないように気を付けないと。
「フィナちゃんがいいならいいんだけど……でも、食事会には他の騎士さんも参加するんだよね? 見られちゃうよ?」
「むむっ」
私の言葉に、フィリーネはぴたりと動きを止めた。そうして、悩むように眉間に皴を寄せる。
私だってジークハルトに着飾った姿を見せたいが、あまり他の人達に肌を晒すのは、ちょっと考え物だ。それは、フィリーネにしても同じ気持ちらしい。
「……もう少し、考えるの」
そう言って、手に持つドレスを元の位置に戻すのだった。
その後は私もフィリーネ達と話しながら、どのドレスを着ていくか選ぶのだが、決まるまではたっぷりと時間が経ってしまった。
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